番外832 遠い約束の物語
道士はカイエンの父親から捜索を依頼された人物だが、実力に関しては折り紙つきだった。それもそのはずで、カイエンに退魔の術を教えた道士の師匠であったわけだ。
カイエンはともかく、依頼という接点が無ければ離れていってしまう人物だからか、それからのユウの行動は早かった。「退魔の術を教えて頂けませんか?」と、その日の内に頭を下げに行ったのだ。
それを見たカイエンもまた「人助けができるようになりたい」と、弟子入りを希望し、こちらは両親の許可が貰えればという条件を出された。
そうしてカイエンは故郷に戻ってから修業させてもらえないかと父親や近所の道士に頼み込み……結論から言えば――二人の望みは叶ったのであった。
道士もまた妖魔との戦いで二人に才能があると見出していたのだろう。二人の動機は真っ当なものであったし、実際弟子入りした二人を見て道士は上機嫌であったそうだ。
そうして――二人の修業の日々が始まる。武術、体術、退魔術に留まらず、座学として様々な知識も師から叩き込まれた。神仙にまで至るための修業ではないがその源流ではあった。だから呼吸法や歩法等、その修業内容は多岐に渡る。
滝に打たれたり山野を走破したり、池に打ち込んだ竹の足場の上を移動しながら魔力で押し合う修業というのもあった。この辺の修業法は資料と共にゲンライとレイメイに監修してもらったので、結構本格的な内容になっている。
修業は相当きついものではあるが――カイエンとユウは苦楽を共にして修業を重ねに重ねた。
総じてユウは何事も卒なくこなし、その才を如何なく発揮する天才肌だ。手先が器用で新しい武器まで考案する等した為、師の手伝いとして魔道具作りまで任されるに至る。
カイエンはユウ程何でもできる天才肌ではないが努力を惜しまない。ユウが共にいるからというのも有るだろうが、失敗しても必ず立ち上がって修業を続ける。
「良い兄弟弟子よな」
というのがそれを見た師の評価だ。カイエンがいるからユウは奮起するし、ユウが理想的な姿を見せるからカイエンもまた努力を重ねるのであった。
ともあれ、カイエンは座学ではかなりの聡明さを発揮したし、魔力の操作も中々のもので、いずれ高等な気――恐らくは仙気の事だろう――を発するに至れば大成する。大器晩成だと師に言わしめた。
それにカイエンの適性としては、治癒術を得意とするという点があるだろう。これについてはユウにもできない芸当だった。
「この術を使って困っている人の怪我や病気を癒すとか……それを仕事にして暮らせたらいいな」
「なれるさ、エンならな。俺は――そういうのは苦手だから妖魔を退治する方でみんなを守りたいとこだな」
と、カイエンの言葉にユウも笑う。そうして同じ修業の場面を映しながら、季節が移り変わり二人の少年が共に成長していく姿が描かれる。同じ修業でも内容はより高度な技法を宿したものに変化していく。仙気を使った押し合いでは――カイエンの技はユウとも五分に渡り合うほどで、それは師の予言通りであったかも知れない。
少年のあどけなさをやや残しながらも、カイエンは聡明そうなイメージをそのままに大きくなり、ユウは体格にも恵まれた精悍な偉丈夫になった。
そうしてユウはとりあえずの修業を終えたと師匠から太鼓判を押され、得た力を役立てる為にカイエンと再会の約束を交わして山奥の秘境から下界へと降りる。
更に少しの年月を経て――カイエンもまた修業を終えて下界へと降りた。
だが――二人が人里から離れた場所で修業している間に、世間は様変わりしていた。王が代替わりし、暗君とその側近が暴政を敷いていたのだ。
幻影劇の冒頭で街中の様子を見せたが……同じ場所を映してその代わり様を観客にも見せていく。街中に流れていた二胡の音色もなく、往来する人々も何かに脅えているような様子を見せる。家々も壁の一部が崩れたり汚れたりと……異国情緒を感じさせた街並みはすっかりと荒れ果てたものになっていた。
重税により、傷んだ家や壁の補修もままならない程に民の暮らしは貧しくなり、武官達の規律が緩んで兵士達も真面目に仕事をしていないから路地裏にごろつきがたむろする。
そんな街中の様子にカイエンは驚き――そうして父親の所へ向かって世情の乱れを知る。政治が乱れて陰の気配が強まれば、ますます妖魔が力を増して跋扈するという悪循環だ。
何より王が周辺の異民族に攻撃を仕掛けた、というのがカイエンを驚かせた。ユウの安否は心配だが行方は知れない。
「残念ながらユウ殿からの連絡や情報は私にもない。力になれなくて済まないな。最近は治安も悪く、護衛に雇う連中も信用がおけない者達ばかりでな。行商もままならないのだ……」
「苦労なさったのですね。多分……私や師匠を巻き込むのをユウは嫌ったのだと思います」
老け込んだ父親の言葉にカイエンは目を閉じて静かにそう答えた。
カイエンが下界に降りた頃には既に異民族は迫害の対象になっていた。密告も横行している事も考えれば、その判断は間違いではないだろう。ユウはそういう時に自分の力でどうにかする事を選んでしまうという事も……カイエンはよく知っていた。
ユウ達の行方や安否が知れずとも、カイエンが行うべき事は山積していた。妖魔を退治し、近隣の村々の病人や怪我人を治療し……そうして時間は流れていく。
北西の地で異民族が反旗を翻し、破竹の勢いで王軍を破っている、という話をカイエンが耳にするのはそれから暫く後の事だ。それだけならばカイエンも確信を持てなかっただろうが、見た事もない武器を操り、王軍を圧倒しながら都を目指して進軍しているという。
戦地から負傷して帰ってきた兵士の言葉に、カイエンはその陣営にユウがいる事を確信し、北西の地へと旅立つのであった。
草原の民の衣服に身を包み、同族の兵士達の目を目眩しの術で誤魔化しながら、カイエンは荒涼とした原野を進み――北西の異民族が支配しているという前線の都市部へと辿り着く。門番をしていた異民族の兵士達に怪しまれるが――キョウ氏族のユウ殿に会いにカイエンが来たと伝えて欲しいと告げると、兵士達は訝しみながらも伝令に走り……そしてユウが直接門まで迎えに来る事で、二人は再会を果たしたのであった。
喜んでカイエンを迎えるユウ。再会を喜び合いながら、カイエンはユウが異民族を率いる王となったことを知る。ユウが奪った城にて、二人は言葉を交わす。
「やはりユウは凄いな……。皆を纏めて、ここまでの軍勢を揃えるとは」
「厳しい修業を乗り越えた甲斐があるというものだ。だがまあ……ここにきて苦戦を強いられていてな。王が妖魔と手を結んだらしい。高位妖魔が敵将に化けてやがった。怪我人も大勢出て、ここで体制が整うまで足止めだ」
忌々しそうにユウがかぶりを振る。
「それは……とんでもない話だな。そういう事なら、私も妖魔の討伐を手伝うし、怪我人の治療もさせてくれないか」
そこまで言った所でユウが眉根を寄せる。
「……大丈夫なのか? 俺達に協力するってことは、同胞と敵対するって事だ。お前には家族もいる。会いに来てくれた事や協力を申し出てくれるのは嬉しいが……あまり深入りしない方がいいんじゃないか?」
「それは――」
少し思案してからカイエンは言った。
「分からない。同じ人と人が戦うというのは……正直辛い話だ。俺も今の王は間違っていると思う。妖魔と結託しているのなら尚の事、倒さなければならない。王軍に妖魔が混ざっている以上それができるのは現状、ユウ達しかいないという事も」
そこまで言ったところでカイエンは言いよどみ、表情を曇らせる。
「すまない……。覚悟も何もなしに会いに来て、惑わすような事を言っている。兵士達も元はと言えば徴用された農民でしかない。私は――何も言う資格もない卑怯者だ」
「――そんな事はないさ」
そう答えるユウは穏やかな笑みを浮かべていた。
「俺は既に前に進むしかない。だが、お前は昔から変わっていない。それが嬉しい。お前は同じ人と人と言った。きっとお前にとっては俺達もお前達も同胞で、友人で、家族なんだろう。だから、もし俺達に力を貸してくれるのだとしても、友人や家族に剣を向ける必要なんかないし、このまま帰ったとしても、責めはしないさ」
「ユウ……」
「本当は――お前のような者が人の上に立つ王になるべきなんだろうがな。今はこんなご時世だ。俺みたいなやり方でないと出来ない事もある。だけれど、お前がそうするのは合っていないし、性分でもないだろ? 俺もそんなお前は見たくない」
「……済まない。だが、やはり妖魔絡みや治療関係では協力させて欲しい」
「それがお前の選択というのなら尊重するし……十分過ぎる。お前がいてくれるだけで心強い。代わりに国と国との戦は俺に任せろ。俺は、散っていった仲間の為、信じてついて来てくれる仲間の為に、あの愚かな王を討ち、妖魔も滅ぼさなきゃならない」
ユウは頷いて答え、そしてふと、遠くを見るような目になって言った。
「最近思うんだ。奴らとより上手く戦う為に、奴らの考えている事を理解しようとして、皆に血を流させている。そんな俺もまた、奴らのような外道になっているんじゃないかってな。もし……俺が奴らを倒した後に人々を苦しめるような愚かな王になっていたら……お前が俺を止めてくれないか?」
「それは――諌めてくれという話、だよな?」
少し戸惑うカイエンの様子に、ユウは小さく笑う。
「お前にしてみれば勝手な話か。俺がもし道半ばでいなくなったとしても、外道になって討伐される他ないような奴になったとしても、お前なら後の事を笑って任せられるし、平和な国を作っていける気がしてな。将来の事は分からんが、今の俺の率直な気持ちというか……。あー……。お前に久しぶりに会えて、感傷的になってるのかもな」
「確かに、らしくないな」
と、カイエンとユウは苦笑しあった。
「そう言えば――さっきから気になってたんだが、すごい鎧だな?」
カイエンは話題の転換も兼ねて「それ」に視線を向ける。牛の顔を模したような兜。通常の鎧には在るはずもない四本の腕が背中から飛び出している。――草原の王が作り上げた八卦炉で生み出した宝貝の鎧だ。
「ああ。魔道具をより力を引き出せるように改造した奴でな。残り四本の腕を使ってもきっちり戦える。それだけじゃなく、痛みや疲労も忘れさせてくれるってわけだ」
八卦炉の事情は明かせないのでこうした説明になる。魔道具を越えた逸品。試作宝貝であったが故の副作用だった、という話の筋になるわけだな。
「そうだ。魔道具と言えば、良いものがあるんだ」
と、ユウは明るい笑みを浮かべ、カイエンに光弾の宝貝を渡す。
一度きりしか使えないが仙気を溜め込んで威力を何倍にも増幅する。
仙気の扱いに長けたカイエンに誂えたような武器であり、ユウもまたカイエンなら使えるだろうと考えながら開発したという。
恐らく、自分の鎧にすら通用するとしたらこれしかないとユウは笑った。
「渡しておいてなんだが、さっきの話をした後だとお誂え向きだな。こいつなら鎧を着た俺でも止められる」
「……趣味が悪いぞ、ユウ」
「くっく。こういうのが控えてりゃ俺も襟を正せるってもんだろ? ま、護身用として取っといてくれ。お前に持っていて欲しいんだ」
「使う機会が無いに越した事はないが……。まあ、友人からの贈り物として受け取っておく」
そんな風に言って、二人は笑い合う。が……カイエンはふと胸に芽生えた嫌な予感を振り払えず、ユウの鎧に目を向けるのであった。
そうして、二人は戦場を共にする。ユウは王。カイエンは医者兼退魔師として。
ユウと合流するまでの間に怪我や病を治す術者として、カイエンは慕われていたし、医者として働くうちに、ユウの率いる将兵達からも信頼を勝ち取った。
だから――異民族だとか関係なく、王の悪政を憂う者達がユウの軍に加わる事も増えていった。そうなる下地をカイエンが整えた、とも言える。
そうしてユウはカイエンという味方を得て破竹の勢いで王軍を打ち破る。軍の戦いと妖魔との戦いを幻影劇で描きつつ、場面は進んでいく。
――変調の兆しは少しずつ表れていた。鎧はユウの精神を段々と蝕み……僅かずつ変容させていったのだ。黒いオーラのようなものが戦いを潜り抜ける度に鎧から立ち昇り――鎧の力が増せば、ユウもまた強くなる。その力に比例して残虐さも増していく。
発覚が遅れたのは時代背景ゆえ、だろう。乱世に軍を率いていたからこその苛烈さ、非情さが精神への悪影響と見分けがつかなかった。
ユウは側近の言葉にも段々と耳を傾けなくなり、不穏な気配を感じたカイエンが鎧を調べて、ようやく事態が発覚する。
しかし鎧の力に依存したユウは、カイエンの助言にさえ耳を貸さず遠ざけてしまった。
処断ではなく、遠ざけるに留まったのは友情故だろうが、だからこそ親友に裏切られたと思ったユウは、孤独になりますます残虐性を増していく事となる。
敵味方に恐れられながらも――戦場で王を滅ぼし、王とつるんでいた妖魔を滅ぼし……そこでユウの精神は――閾値を超えたというべきか、限界を迎えたというべきか。
暴君を滅ぼし、新たな王となったユウは喜びのままに哄笑を上げた。
凱旋してきたユウが次に下した命令は王都を焼き払う事だった。軍門に下らず、王を滅ぼした後まで楯突いたというのがその理由だ。
元々のユウの人柄を信じて集まってきた者達だ。
王を諌めようとする者達、あそこには友人達がいると懇願する者達もいた。
が――鎧の腕が目にも止まらぬ速度で殴り飛ばし――蹴り飛ばしては踏みつけにする。命令を聞くようにと兜の目を赤く光らせてユウが嗤う。
「カイエンから聞いている! お前がそういう選択をしてしまうのは鎧のせいだ! まず鎧を脱ぎ、冷静になってから考え直してくれ!」
と、尚も諌めようとする草原の民はカイエンとの幼少期の出来事を知る者達だ。
「――もういい」
冷たく口にしたユウが剣の柄に手をかけ――そしてその間に割って入る者があった。
「もういいだろう、ユウ。王都にも、この中にも、お前の敵なんていない。いないんだ。血を流す必要なんてないはずだ」
「カイエン――貴様」
――かくして、親友達は相見える。
笑う。ユウは笑う。カイエンの手にする光弾の魔道具を目にして。
「そうか。お前が俺を止めに来たか? 俺がお前にくれてやった魔道具で――俺を殺しに来たか?」
「違う! お前に思い出してもらう為だ! これがあれば襟を正せると言ったのはユウだろう! 私はこれを使いたくなんかないと、そう言ったはずだ!」
「戦いや――現実の非情さを知らぬが故の、青二才の世迷言よ!」
地面を蹴り砕き、ユウが暴風のように突っ込んでくる。銭剣を伸ばし護符を雨あられとばら撒いて、カイエンがそれに応戦する。激突。六本の腕が操る武器と護符と銭剣がぶつかり合って無数の火花を散らした。
カイエンは背後にいる草原の民を巻き込まないように劇場ホール側に飛び出し、ユウもまたそれに追随する。互いに飛行術を使い、凄まじい勢いで切り結ぶ。
銭剣でユウの攻撃を受け止めたはずのカイエンがそのまま薙ぎ払われたかと思えば薄れて消えて、死角から本命の一撃が救い上げるような軌道で放たれる。
「目眩し! 小賢しい術を!」
上体を逸らしながらその一撃を躱し、すぐさま雨あられとユウが反撃を見舞う。側転側転。降り注ぐ斬撃打撃を皮一枚で躱しながら銭剣を飛ばす。
ユウの放った戦輪が死角から舞い戻り、護符がそれを撃ち落とし――。無数に攻防を弾けさせながら踊る、踊る。
小兵と軽装故のヒット&アウェイ。更に間合いの内側に踏み込む事でユウに対抗しようとするカイエン。
それは一撃を受ければ致命傷になる死の舞踏。相手は英雄であり猛将のユウだ。分の悪い戦いと誰もが思っただろう。
しかし――。
「やるようになったな! 流石に師に大器と言われただけはある!」
そう。それは幾多の妖魔との戦いで研鑽したカイエンの技。当たらない。当たらない。猛烈な勢いのユウをぎりぎりの所でいなし、反撃までも繰り出す。
紙一重の攻防の中で――金属音が響いて、何かが宙を舞う。首――いや、ユウの兜だ。
カイエンは――最初から鎧の呪縛からユウを解放するために、兜だけを飛ばすことを狙っていた。
「ユウ! 話を聞いてくれ! 剣を収めて、その鎧を――」
「戯言を! もはやどちらかが命を落とすまで止まりはしない! 過去を断ち切り、我が理想とする国を作るだけの事!」
「ユウ!」
赤く輝くユウの目は、鎧の影響がこの程度では断ち切れていないという事を表している。
振り払った斬撃が土を巻き上げる衝撃波と化し、錘と呼ばれる打撃武器が地面を割り砕く。いずれも宝貝に準じる強烈な魔道具。その効果を、ユウと共に戦ってきたカイエンは知っている。
護符で攻撃を逸らし、雷撃を放ってユウに応じる。天地を揺るがすような戦いはそれを見ていた将兵達にとっては神代の戦いか。
「胸の核か。あれを壊すか――! 或いは力を枯渇させれば――!」
ユウは持久戦を許さないとばかりに矢継ぎ早に踏み込んでカイエンの力を削り取っていく。
「温いッ! その甘さが敗北を呼び込むと言っている!」
フェイントを交えて核に突きこまれた一撃を綺麗に跳ね上げて、ユウの重い膝蹴りがカイエンの脇腹に突き刺さっていた。吹き飛ぶカイエン。骨の砕ける音。もんどり打って転がる。
それでも――カイエンは止まらなかった。
「思い出せ、ユウ! お前は、あんな王達とは違うだろう!」
体勢を無理矢理立て直し、歯を食いしばりながら。懐から出した武器を構え――そして放つ。
光弾。それを見た瞬間ユウの動きと表情が、一瞬固まった。だが、無造作に拳で弾く。
光弾ではあるが――それは魔道具によるものではない。それはユウがカイエンに送った投石器による一撃。
「お――おおおおおおおっ!」
ユウが天高く咆哮する。背に負った弓を手に取り、矢を番える。穿星破神弓。ユウの持つ武具の中でも特に絶大な威力を秘める宝貝の強弓。凄まじい仙気が膨れ上がり弓が、番えられた矢が輝きを宿す。
「もう――消えろ! 俺の目の前から!」
カイエンもまた、仙気を宝貝に練り込む。弓の一撃を凌げば、次の一撃はない。それ程の大技だと知っていた。カイエンに向かって視界を埋め尽くすような白光が放たれ、カイエンもまたそれに目掛けて宝貝を解き放つ。
「目眩し!? 馬鹿な!?」
カイエンの叫び。ユウは穿星破神弓の一撃をカイエンに向かっては解き放ってはいなかった。鎧の腕が無理矢理にユウの腕を跳ね上げて――。
空を白光が斬り裂き――そしてカイエンの放った魔道具は一条の閃光となってユウの鎧を、胸の核ごと貫いていく。閃光で吹き飛ばされるように黒いオーラが散って行った。
吹き飛ぶユウは――自分でも驚いたような表情を浮かべ――それから満足そうな笑みを見せた。
「馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な、馬鹿な!」
カイエンが駆け寄る。倒れ伏したユウを抱き起こす。治癒の術を施すが、間に合わない。
「何故、何故私に向けて撃たなかった! 何故ッ!」
「撃つ、つもりだったさ。寸前の寸前まで、そうだった。けど、止まるのならここしかない、と一瞬だけ頭によぎったんだ。そうしたら、鎧が、反応して……自分、でも驚いて……るよ。だが、悪くはない。お前を、手にかけてしまうより、ずっと」
震える手をカイエンに伸ばす。その手をカイエンはしっかりと握る。
「俺はきっと、こうなるまで、止まれなかった。自分でもどうにもならない、怒りや憎しみが……俺を突き動かしていて。だから、感謝、している。お前は……約束を守ってくれた。俺みたいな奴の為に……涙を流す必要はないんだ」
「約束……そんなもの、そんなものは――」
「悪かった、な。後の事を、みんなを頼む。俺は……間違ってしまったけど、お前なら――」
そう言って、もう片方の手をカイエンの頬に伸ばし、ユウは笑う。そうして――ユウの手が力を失い、カイエンの慟哭が青空に響き渡るのであった。
そして――時は流れる。街は活気と笑顔を取り戻した。街角を子供達が笑いながら走っていき、二胡の音色が響き渡る。
カイエンは王となった。皆から認められて、戦乱の世を平定して王となったのだ。その治政は国の隅々まで行き届いていた。どのぐらいの歳月が流れたのか。カイエンは老いた王となった。
「陛下にご報告を――」
「南部での治水事業は見事な効果を見せており――」
「西部でも豊作が続いております。これも陛下のご助言があってこそ」
各地からの報告を受け、執務が落ち着いたところで、カイエン王は「少し疲れた」と、そう言って人払いをした。玉座に腰を深く下ろし、大きく息を吐く。
「……ユウ。余の作った国は、お前が見ても喜んでもらえるものだろうか? 余は――あれから走り続けてきたが、今の国の姿を見て。余の姿を見て――お前は、笑ってくれるだろうか?」
そう言って目を閉じる。約束を果たすために、苦労を重ねてきたのだ。そうして春の陽気の中で眠りに落ちたか落ちないか。
「相変わらず……真面目だな。お前は」
そんな声が聞こえた。驚いて目を開けたカイエンの視界に飛び込んできたのは、笑うユウの姿だ。
聖王の遺した手記にある。春の午睡の中で懐かしき兄弟子がよくやったと笑ってくれたと。
それを望んだ自分の弱さが生み出した幻か。それとも弱気になった自分を笑いにきてくれたかと。自嘲したそうだ。
兄弟子が誰であったかも、表では語られていない。だけれど、カイエンにそんな事を言える人物は、一人しかいないはずだ。
だからこれは――演出ではないし、弱さが生み出した幻でもないと思う。きっと――本当に有った出来事なのだ。母さんや、ネレイドの墓所で会った騎士サンダリオのように。
「ユウ。お前、なのか」
カイエンは声を震わせ立ち上がる。差し込む陽光の中にいるのは共に修業をした子供の頃のユウの姿。一歩二歩と、日向に近付いて、カイエンは自分の姿もまた、あの頃の姿に戻っている事に気付く。
「ああ。他の誰に見えるって言うんだ?」
「であれば……これは夢かな。余――僕は……ずっとユウに謝りたくて……」
「良いんだよ。謝るなら俺の方だ。辛い役目を押しつけて、後始末までさせちまった。凶把大王と戦った時もそうだった。考えなしで突っ走って……済まなかったな」
俯いて涙をこぼすカイエンの頭をユウは困ったように笑って撫でる。
「それで、さっき言ってた事だけどさ。俺が言うのもなんだけど、良い国だと思うよ、これ以上ないくらい、よくやったと思う。約束を――守ってくれた」
「……そう、かな?」
泣き笑いで、カイエンがはにかんだように顔を上げる。
「そうさ。良い国かどうかは――街を歩いてみりゃ分かる。一緒に行くか?」
「ああ……!」
そう言って二人の少年は光の中を街に向かって歩き出す。春の――平和な街並みの風景。共にかけていく二人の少年。二胡の音色。
そうしてカイエン王の築いた国が永く治政が続いた事。あるべき王の姿として、今日でもホウ国では聖王と呼ばれている事。隠れた英雄がいた事をナレーションが告げて――幻影劇が終わりを迎える。
友から託された約束。……俺も、他人事ではないように思う。だから、二人の王の話は、資料を調べていて俺自身感情移入してしまうところがあった。
だから……きちんと、伝えられただろうか?
少しの静寂の後、何処からともなく拍手の音が響き――それは瞬く間に大きくなり、割れんばかりの拍手となっていた。