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番外831 少年達と妖魔

「俺はキョウ氏族のユウだ。野鬼に追われて、危ない所だったらしいな。お前、親は?」

「ああ……。そうだった。僕は――カイエン……。行商の帰りを妖魔に襲われて、散り散りになって……それで……」


 聖王カイエンと草原の王ユウ。後に王となる二人の出会いは――最初は静かなものだったらしい。

 秘密の墓所の記述だけでなく、聖王の表の記録も調べていくと慎重に草原の王とは結び付かないようにしているものの、聖王自身が記録を残していて、草原の民に助けられた事や親友がいた事を書き残しているのだ。この辺の資料の閲覧もシュンカイ帝やゲンライの協力があるからこそではあるが。


 ともあれユウの方が年上で、当時の年の頃は12,3といったところだろうか。カイエンはもう少し幼く、資料から当時の年齢を推測するなら10に届くかどうかといったところだ。


 追いたてられた事を思い出しているのか、それとも父親の安否を心配しているのか、青い顔で額に手をやるカイエン。


 ユウは思うところがあるのか目を閉じて、小さくかぶりを振ると、カイエンに手を伸ばし、髪を無造作に撫でる。


「今はあんまり考え込まずに、ゆっくり休んでおけ。まだ怪我も治ってないし、疲れてるだろ?」

「……うん」


 ユウはカイエンの反応に頷くと「族長が、気が付いたら飲ませておけってさ。よく眠れる」と、薬草を磨り潰して湯に溶かしたものを持ってくる。


「……弓草の薬湯、かな? ありがとう」

「ああ、そうだ。町の子供はそういうの、知らないって思ってたけど、物知りなんだな」

「父さんの手伝いでちょっとね」


 そう言ってカイエンは薬湯を飲み干すと、再び横になる。


「妖魔が来ても大丈夫なように、見張ってる」

「……ありがとう」


 まだ少し青ざめた顔ながら、カイエンはユウの言葉に小さく笑って目を閉じるのであった。

 そうして朝になり――カイエンは草原の民がこの場所にいた理由を大人達から聞かされる。


「町まで送ってやりたいのは山々なんだがな……。今は少し状況が拙いんだ。君達を襲った妖魔――あいつは俺達の事も狙っていてね。代わりに俺達も親父さんを探すし、見つけたら保護して引き合わせるって事で納得してくれないか?」

「……わかりました。お世話になっている身で我儘は言えません。感謝していますし、僕に手伝える事があったら言って下さい」


 カイエンはキョウ氏族の若者の言葉に少しだけ俯くも、すぐに顔を上げてそう言った。


 野鬼を率いる妖魔は――元々草原の民とかなり因縁のある相手という話だった。

 仮面のような鳥の顔と黒衣を纏った身体に鈎爪を持つ……凶把大王と名乗る妖魔らしい。六年程前に草原の民を襲って結構な被害を出している。


 南下してきた草原の民が因縁の相手に遭遇したのは偶然ではあったが、凶把大王は当然のように草原の民に攻撃を仕掛けてきたし、草原の民もまた氏族の仇を見つけたという事で、皆がかなり奮起しているらしい。凶把大王討伐すべしと一致団結し、今は氏族を上げてその為に動いているのだとか。


 だが日々の生活の維持と防衛、探知を兼ねた討伐隊の編成と、人員には全く余裕がなくカイエンを送っていく事ができない。

 野鬼の数をもっと減らしていけば人員を割く事も可能になるだろうと、大人達は言う。カイエンは聡明な分、そうした事情に納得して自制ができる性格だった。


 そうして、カイエンは草原の民と共に暫くの間生活を共にする事になる。

 同じ妖魔の被害者という立場からか、草原の民もカイエンには同情的で……特にユウは凶把大王が父親の仇でもある為に事あるごとに顔を見せてくれたし、カイエンも親身にしてくれるユウを兄のように慕った。


 そんな二人を見て大人達も安心したのか、カイエンの手伝いにユウが付き添う事が増える。


「小石をここに。そうしたら紐を掴んでこうやって振るえば――」


 と、上映ホールの真ん中に立ったユウが手製の投石器を振るうと、小石が猛烈な速度で飛んでいって正面舞台の岩にぶつかって弾け散る。ユウの投石器は動物の皮で作った簡素なものであったが、威力は本物だ。


「って感じで、手で投げるより凄い威力が出るんだ。慣れれば狩りにも使える。弓が使えるならそれで良いけどな」

「すごいね、ユウは。手先も器用だし、色んな事知ってる」

「そうか? ま、こいつはカイエンにやるよ」

「良いの?」

「カイエンは弓が苦手みたいだしな。こっちを練習してみるのもいいかもよ。まあ、流石に妖魔には正面切って撃っても当たらないだろうけど」


 手作りの投石器を受け取ったカイエンは嬉しそうな表情で目を閉じて投石器を握る。


「あり……がとう。それじゃあ、僕もユウにお返しをするよ」


 そう言ってカイエンは自分の知っている退魔の術をユウに伝えた。

 ユウは――元々の才能があったのか、教えてもらってすぐに退魔の術を放つ事が出来た。印を結んで放った閃光が、岩に突き刺さる。

 ユウは術を発動させた瞬間、しばし呆然としていたがやがて歓喜の声を上げた。


「これは……凄いな! 凄い! こいつがあれば、あの妖魔にも一泡吹かせてやれるかもな……!」


 そうやって喜ぶ様子に、カイエンは動機を持っているユウに教えてしまったのはまずかったのではないかと、若干心配そうな表情を浮かべる。

 そんなカイエンの反応にユウはすぐに気付いて、にかっとした笑みを見せる。


「あー。大丈夫だって。皆にもきつく言われてるし、術を教えてもらったからって無茶な事はしないからさ。この術だって、何時か……他の妖魔に襲われた時に役に立つかもって事さ」

「ん。それなら良いけど」


 と、その場ではカイエンは頷く。それでもその時に感じた懸念はカイエンの脳裏から離れない。上機嫌そうに天幕へと向かうユウの背中を、心配そうにカイエンは見送るのであった。




 それから――少しの間は動きのない日々が続く。

 手伝いの間の暇を見計らってユウは退魔の術を訓練していたし、カイエンも投石器を練習して扱いに慣れていった。

 その他にも天候の読み方だとか家畜の扱い方……文字の読み書き。色んなことを互いに教え合う。カイエンは武芸より魔力の扱いに多少慣れていたので投石器に魔力を乗せて撃ちだす方法を編み出し、それに伴って威力や命中精度も増したりしていた。弓を選ばなかったのは、もらった投石器を気に入っていたからだろう。


 そして……カイエンの懸念が現実のものとなるのはそんな日々を少し重ねた頃合いだった。


 草原の民の斥候が、凶把大王の塒を見つけたと報告を持ち帰ったのだ。西の川辺付近にある岩山地帯。それが凶把大王と野鬼達の今の拠点であるらしい。

 連中が塒に戻った頃合いを見計らって襲撃しかけようと、奇襲の計画で氏族全体が湧き立つ。凶把大王と野鬼達の活動時間等々、かなり入念に時間をかけて調べあげて来たのだろう。


 そうして氏族の大人達は朝駆け……早朝の奇襲を仕掛けるために少し早い時間に馬に乗り、野営地から出て行った。

 ユウが草原の民の野営地を抜け出したのは夜が更けてからの事だ。カイエンもまたふと目を覚まし、天幕から出たその時にユウが馬を駆って離れていくのを見かけてしまう。


「まず、いな。ユウを説得して連れ戻さないと……!」


 そうして――カイエンもまた投石器を握るとこっそりと馬を借りて野営地を出る。

 大人達に知らせなかったのは野営地に残した防衛の戦力がぎりぎりだったからか、或いは今ならユウに追いついて説得して連れ戻し、穏便に済ませられると思ったからか。或いは見失ってしまう、と思ったからかも知れない。


 馬の扱いに慣れたユウと違いカイエンの馬捌きはぎこちなく、それほど速度を出せない。それでも見失わないように懸命に馬を走らせる。

 後を追って――西へと向かい、そこでカイエンは予想外の出来事を目にする。大人達が凶把大王に逆に襲撃を受けているという場面だ。


 凶把大王が襲撃を予期していたのか、或いは斥候が偽情報に引っかかったのか。ともかく凶把大王率いる野鬼に包囲され、苦戦を強いられていたのだ。

 それを離れた所から見て取ったユウは馬から降りて、草むらを陰に進む。カイエンはユウの乗っていた馬を見つけて追いついたものの、ユウがいない事に気付いて自身も馬から降りて草むらに潜む。


 正面舞台奥に戦場。座席側が草むらでユウとカイエンが別々の方向に進んでいくのが見える。野鬼達に見つからないように座席を迂回したり観客のすぐ脇にある小さな岩を乗り越えたりして、じりじりと戦場に向かって詰めていく二人の動きを、観客達も固唾を呑んで見守る。


「カカカッ!」


 魔力の篭った鈎爪を草原の民の戦士に振るう凶把大王。その速度は相当なもので、闘気を剣に纏わせて応じる草原の民の戦士も防戦一方となる。


「ぐおっ!」


 跳ね上がった鈎爪に脇腹を引っ掻かれ、攻撃を受け損ねて剣が宙を舞う。止めを刺そうと哄笑する凶把大王が腕を振り上げた――その瞬間だった。


「父さんの仇! 食らえッ!」


 草むらから足に闘気を纏って大きく跳躍したユウ。声をかけたのは凶把大王が自分の方に振り向く所まで計算に入れたもので――。


「ギッアアアアアアアアアアアアッ!」


 鳥の仮面のようなその眼に、寸分違わずユウの放った退魔の閃光が突き刺さっていた。


「やったっ!」


 声を上げて地面に着地、渾身の一撃に快哉を上げる。餓鬼のような姿をした野鬼が奇声を上げてすぐさま襲いかかってくるが、それを壮絶な笑みを浮かべながら地面を転がって避け、鉈で野鬼の首を斬り裂く。


「ユウッ! 逃げろ!」


 野鬼の断末魔と大人達の警告の声が重なる。片目を奪われても凶把大王は健在だ。怒りの咆哮を上げるとユウを真っ直ぐ見定めて、地面を蹴る。


「くっ!」


 短刀を構えるユウの体勢はまだ万全ではない。そこに凶把大王が突っ込んでいく。だが攻撃を見舞おうとしたその時、今度は魔力の込められた石が光弾となって凶把大王の額に突き刺さっていた。


「ギアアアッ……!?」


 カイエンがありったけの魔力を込め、全力で放った一撃だ。空中にあった凶把大王を撃ち落とし、鳥の仮面のような頭部を罅割れさせ、悶絶させるほどの威力。


「カイエン!? どうして!」

「だって……! ユウが出ていくところを見ちゃったから……!」


 が、それでも致命には至らない。激昂の咆哮を上げると今度はカイエンに標的を変える。ユウもカイエンも、退魔の術と投石器の次弾を撃ち込むが――正面切ってでは凶把大王には通じない。鈎爪でそれらの攻撃を弾きながらカイエンに向かって飛びかかる。ユウも鉈を構えて咆哮しながら凶把大王に追い縋るが――間に合うはずのない距離。


 凶把大王の哄笑。誰もが惨劇を予感した次の瞬間――。有無を言わさない巨大な閃光が放たれ凶把大王の半身を吹き飛ばしていた。全員の視線がそちらに集まると、目眩しの術を解いた初老の道士がにやりと笑いながら姿を現す。


「かっかっかっ! 勇敢な子らじゃな! お主らが注意を引き付けてくれたお陰で、気付かれずに必殺の間合いまで踏み込む事ができたわ!」


 呵々大笑しながら攻撃用の札をばら撒く道士。意志を持つように札が四方に散って残党の野鬼達を瞬く間に蹂躙していく。銭剣を操り、豆腐でも切り裂くように次々野鬼を屠っていく。座席の奥へと逃げ込もうとする野鬼を飛来した銭剣が貫いて、一匹残らず駆逐していく。


「凄い……」

「ああ。あれが……道士の力か」


 それは――二人の生き方を決定付けた日であったかも知れない。そしてユウとカイエンが確かな絆で結びついた日でもあるだろう。

 二人揃って草原の民の大人達に説教を受けるも……それから解放された後で二人は顔を見合わせる。


「何で追って来たんだよ。あんな無茶しやがって」

「それを言うならユウだってそうだよ」


 そんな風に不服そうな表情で言い合ったのは一瞬の事で……やがてどちらからともなく、堪えきれないと言うように笑い声が漏れる。


「悪かったよ。何にしても……無事で良かった」

「うん。本当にね」


 そう言って……二人は無事を喜ぶように笑い合うのであった。

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