番外830 二人の少年の物語
サーヴァ王の幻影劇が終わり、劇場の照明が点いてもまだ大きな拍手が続いていた。
「その頃からのサーヴァ王の想いが……今のエインフェウス王国にも引き継がれているのですね」
エレナは目を閉じて想いを馳せるように微笑む。
「そういう点では、ベシュメルクも似た所があるかも知れないわね」
ステファニアが頷いてそう言うと、エレナは頷く。
「はい。私達は少し――間違えてしまいましたが」
エレナはザナエルクの事を言っているのだろうが、イグナード王は首を横に振る。
「間違えたというのなら、暗君として打倒された獣王も過去にはいたからな。サーヴァ王やパルテニアラ女王の理念を守ろうと努力した者こそ、想いを引き継いだ者だと言えよう」
「そうさな。平穏というのは現世を生きる者達の不断の努力によって齎されるもの。現役であればそうして戦った王達もこの場にいるし、テオドールもそうだ。平時であっても治政を敷く王やそれを支える者達も同様だと言えよう」
イグナード王の言葉にパルテニアラが言うと王達も「確かに」というように頷く。戦ったと言えばエルドレーネ女王、ファリード王、シュンカイ帝にメギアストラ女王もそうだな。
いや、まあ。俺の動機としてはもっと個人的な所に寄っている気がするからそこに並べられるのは、という気もするけれど。
でもまあ……国王や領主としてもそうなのかも知れない。守りたいと思う対象が国民であったり領民であったり。そういう思いは領主になった今なら分かる気がするな。
そんなやり取りを受けて、エレナは静かに胸の辺りに手をやって、目を閉じて頷いていた。エレナの胸に抱いている想いに触れられるような内容であったのなら、俺としても嬉しいのだが。
「しかし、戦闘も真に迫っていて素晴らしかったな」
「やはりテオドール公が製作しているからでしょうね」
「我らとも交流がありますし、それを作中の獣人達の動きや戦い方に取り入れた、というのはあるのではないでしょうか」
デメトリオ王とコンスタンザ女王がそう言うと、イングウェイがそんな風に応じる。
「そうですね。体術面ではイグナード陛下やイングウェイさん、エインフェウスの武官も見ていますから、その辺は参考にしています」
と、俺が答えると、みんなも納得したように頷いていた。
さてさて。そんな調子でみんなも興奮冷めやらぬといった様子だ。あれこれと初代獣王と幻影劇について感想等を語り合って楽しそうな様子である。
幻影劇は結構長丁場なので、このまま聖王と草原の王の話を鑑賞する前にみんなでホールに移動し、少し休憩時間を取る。
軽い食事と飲物を取ったり、トイレに行ったりしながらホールでサーヴァ王の幻影劇についての感想会といったところだ。
改装後なので幻影劇場の各種設備についても使いやすさを確認しているところはある。迷宮村の住人や孤児院のみんなが売店等を手伝いに来てくれているが……厨房も広くて使いやすいし、トイレも明るくて綺麗と劇場で働く側には好評だ。
観客側の反応を見てもホールで寛ぎながら喉を潤し談笑してと、中々好評そうな印象があるな。
今現在劇場の仕事を手伝いに来てくれている面々は、俺達が幻影劇を鑑賞し終わった後に貸し切りで新作を見る事ができるという約束になっているので、みんな上機嫌な様子だ。
売店の食事、飲物も自由だし部外者もいないので伸び伸びと幻影劇を鑑賞できるはずだ。まあ、お祭りの日に手伝いを申し出てくれているので、それぐらいの役得はあって然るべきだろう。
そんな調子で歓談も暫くすると「ホウ国の幻影劇も楽しみですね」という声が聞こえてきたりして。みんなサーヴァ王の幻影劇の余韻も残っているが、次の幻影劇も気になっているようだな。
「では、そろそろ次の幻影劇と行きますか」
「聖王と草原の王の話か」
「楽しみですね……!」
俺の言葉にシュンカイ帝が反応するとリン王女が表情を綻ばせ、そんな兄妹の様子にゲンライが表情を綻ばせる。ホウ国の面々はやはり、聖王と草原の王の話を楽しみにしているようで。
というわけで続いての鑑賞をする為に、二人の王の幻影劇を割り振った上映ホールへと向かう。
アンゼルフ王、サーヴァ王、二人の王と、今まで作った幻影劇は幾つかの上映ホールに割り振って、同時上映できるようにしてあるのだ。
何分、アンゼルフ王の幻影劇もまだまだ客足が途切れないからな。最近では人伝に噂を聞きつけたのか、遠方からアンゼルフ王の幻影劇を見に来る客が増えているという情報も入ってきていて……有難い話だ。
「最近では国外から冒険者や行商人達がアンゼルフ王の足跡を見に来るという事も増えて、我が国としてもありがたく思っている」
とはドラフデニアの王であるレアンドル王の弁だ。所謂聖地巡礼という奴だろうか。
さて。みんなで劇場に腰を落ち着ける。幻影劇上映中の注意事項は既に伝えてあるので、上映ホールに応じた避難用の非常口を伝え、軽く挨拶をしたら幻影劇の始まりだ。
「では――ホウ国に伝わる偉大な二人の王の幻影劇を楽しんで頂ければ幸いです」
そう言って座席に戻る。上映ホールの照明が落とされ開幕の合図がみんなに伝わると、声も静かになっていく。
静寂と暗闇にホールが包まれると、どこからか幽玄な二胡の音色が聴こえてきて、香の匂いもどこからともなく漂ってくる。
ホウ国の楽器と香を舞台装置として用いることで異国情緒を出そうという試みだ。香の匂いについても幻術の一種なので、実際に焚き染めているわけでは無いが――中々に雰囲気があるとみんなから意見を貰えている。
『これはこの地――ヴェルドガル王国より遥か東にある、ホウ国の物語。二人の少年――そして二人の王の物語である』
サーヴァ王の話とは逆に、ナレーションを最初に持ってくる構成だ。
そうして劇場ホールの正面舞台に、二胡を奏でる商家の娘が映し出される。
窓の外へとカメラ――視点が動いていってそれが反転しながら楼閣から離れると――カメラの動きに追随するように正面から壁や天井まで巻き込んで、上映ホール内に異国の街並みが一気に広がる。
ホウ国風の家々、楼閣。そして通りを行きかう人々の姿。当時の街並みや人々の暮らしを、資料とホウ国の現在の姿を参考に幻影で再現した形だ。
そうして正面舞台には行商の荷馬車に座る少年とその父親が行商をしているところが映し出されて話が始まる。
客と父親の会話にホウ国の文化や当時の状況等を折りこんで、観客に幻影劇の舞台になっている国の情報を伝えていくわけだな。
話の理解に必要な事を客との世間話の中に盛り込み……後の聖王になる少年の利発さなども見せていく。
そうして行商も終わり――荷馬車に乗って都市部から帰ろうとし……その道中で、少年とその父親は妖魔に襲われる事になる。
野鬼と呼ばれる小鬼の群れと、それを率いる妖魔だ。野鬼に関しては今でも陰の気が濃い土地に生じて悪事を働く事がある、とゲンライからは聞いている。
幾度も被害が発生する点や小鬼という点などから、ゴブリンを連想するところはあるが、根本的な所で違う。
低位の邪精霊が受肉したような存在だから妖魔と分類されるわけだ。しかもより高位の妖魔がそれを率いているとなると、盗賊団ぐらいの脅威度はあるだろうか。
野鬼が発生したら武官が動いて対処するのが普通だが、高位の妖魔が率いているとなると統率がとれているので軍から身を隠したり、ともかく悪知恵が働く。
アンゼルフ王やサーヴァ王の場合はこうした魔物の襲撃も撃退していたが、少年達の場合は護衛も含めて苦戦を強いられた。
少年はこの時には既に退魔の術の心得があったので父親達が危険な場面で支援をするも――それで目を付けられ、野鬼達に分断され追い立てられてしまう。
父親や行商からもはぐれ、野鬼に追われながら夜の草原を彷徨う結果になってしまったわけだ。
日が暮れても執拗に追ってくる野鬼に対し、退魔の術で応戦したり魔除けの術を併用して草むらに身を隠したりしながら立ち回っていた少年であったが――やがて見つかり、魔力も尽きて……とうとう追い詰められてしまう。そこを剛弓による一撃で野鬼達を追い払い、窮地から救った者達こそが――草原の民であった。
少年は助かった安堵感と逃げ回った疲労感、魔力枯渇から気を失ってしまう。そうして次に目を覚ました場所は草原の民の天幕であった。
「ああ、気が付いたか?」
と、声をかけた快活そうな少年こそが後の草原の王だ。こうして――後の聖王と草原の王は出会いを果たしたのであった。