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番外829 高潔なる意思は

 サーヴァ王と幻獣と。高速ですれ違いざまに切り結んでは闘気と魔法をぶつけ合う。こちらの方まで飛んできたかと思えば、激突の火花を散らして互いに弾かれては並走。左側の遠景――壁に写し出された映像の奥まで移動し、そのまま大きく弧を描くように並走して左から右側までぐるりと回って、座席の頭上まで戻ってくる。


 咆哮を響かせ座席の間の通路で鍔迫り合いのような押し合いになって火花を散らす。

 互いに弾かれ、大きく後ろに跳んでは再び突っ込む。激突の中で雷撃と闘気を散らし――幻獣の鬣が光を放つと、無数の光球が浮かぶ。切り結びながらあらぬ角度から光弾が撃ち込まれ、それをサーヴァ王が最小限の動きと闘気の集中で弾き飛ばす。座席の隙間に突き刺さった光弾が小さな爆発を起こし、破壊の跡の幻影をその場に残す。


 弾雨を突き抜けての一撃。魔力の防壁で逸らして多数の蹄で蹴り飛ばす動きを見せれば、真っ向から闘気を噴出させて叩きつける。正面舞台で大きな爆発が起き――その爆風の中から互いに飛び出し、距離を取って向かい合う。


 全身全霊の激突の中でお互いに細かな手傷を負っているが、戦闘に支障はないレベルだ。

 向かい合って互いに呼吸を整える――その最中、幻獣が言った。


「惜しいな。それほどの優れた力と技の冴えを持ちながら……哀れな戦士よ。半獣共は良いように使われているとは精霊達に聞いたが、自らの意思で戦う事もできぬとは、な」

「……貴様に何が分かる」

「分からぬな。我に分かるのは我に向けられた悪意のみだが、貴様にはそれがない。食らう為でもなく、恨みがあるわけでなく、力を示す為でもなく……。そう。理由がないのだ。であればそなた達との戦いにも意味がない。もう……この地に近付くな」


 幻獣はそう言って全身に漲る魔力を収めていく。その言葉を受けたサーヴァ王は一瞬だけ目を見開き、怒りを露わにするも――指摘された言葉に思うところがあるのか、自身の掌を見つめて拳を握りながらも、闘気を収めていく。


「……そうだな。お前の言う通りだ」


 サーヴァ王はそう言って、戦うことを止めた。幻獣もまた、サーヴァ王に背を向ける。

 目の前の幻獣は討伐隊を追うわけでもない。降りかかった火の粉を払っただけで。ならば、サーヴァ王は勝てなかったと報告するだけの話だ。

 だが、サーヴァ王の身体に刻まれた印が、それを赦さない。


 どくんと。心臓の鼓動のようなものが響いて。サーヴァ王は歯を食いしばり、左胸を抑えた。刻印魔法が命令違反を感知して、想像を絶する苦痛をサーヴァ王に与えているのだ。

 それでも尚、サーヴァ王はうめき声一つさえ漏らさず、背を向けてその場を去ろうとする。


 幻獣は一瞬肩越しに振り返る。そうして、近くにあった大樹の根元に角を突き刺すと、自分の角に向かって落雷を落としながら首を上に振り上げる。それで――澄んだ音と共に幻獣の角は折れて、宙を舞っていた。くるくると中空で回るそれを、幻獣は口に銜えたかと思うと、驚いて振り返ったサーヴァ王に、軽く投げて寄越す。


「何を――?」


 戸惑いながら角を受け取ったサーヴァ王を見やり、幻獣は笑った。


「術が動き出してようやく見えた。それがそなたらを縛る鎖か。我が角を使え半獣よ。角に込められた破邪の力があれば、その鎖を断ち切れよう」


 幻獣の言葉にサーヴァ王は目を見開く。


「何故……そこまでする」

「先程も言った。それほどの力を持ちながら自らの意志で生きられぬのを見るのが、惜しいからよ。老い先短いこの身なれど、真なる勇士に力を貸せるのならば悪くはない」


 にやりと、幻獣は笑う。

 幻獣は――そう。刻印魔術の痛みに耐えて立つサーヴァ王を、真なる勇士だと評した。

 戦いの中で技量を称賛しているからというのもあっただろうが、刻印魔術に逆らえる程に誇り高いサーヴァ王が、自由に生きるところを見たくなったのだろう。


「どうすればいい」

「その角で、鎖を断ち切れ」


 幻獣の、簡素な言葉。頷いたサーヴァ王は、刻印に角の先端を突き立てて傷をつける。

 金属が砕けるような音と共に、刻印魔術が光の粒となって砕けて中空に散る。刻まれていた刺青が、綺麗さっぱり無くなっていた。


「信じられん。肉を抉ろうとも傷ごと侵食した刻印の術が……こうもあっさりと」


 サーヴァ王は呆然とした表情のまま、角や自分の掌を暫く見つめていたが――。やがて幻獣に向かって膝をつく。


「礼を言う。偉大なる森の王よ。命を狙っておきながら厚かましい願いなのは承知している。だが……どうか。どうかこの角を使って、他の者を解き放つ事を許しては貰えないだろうか」

「元より、そのつもりで角を折った。我が生きている限り、その角の力も生き続けよう。それをどう使うかはそなたの意思で決めるがいい。その様を我はこの地より見届けさせてもらおう」


 幻獣は穏やかに笑い……そうして今度こそ振り返らずに森の奥へと消えていった。そして静寂が森に戻ってくる。サーヴァ王は幻獣の角を手に、立ち上がり――そうして天を見上げた。自分の成すべき事が分かったと言うように。

 角を掲げ、咆哮を上げる。どこまでも高く高く。天を揺るがすような咆哮が森に――幻影劇場に響き渡るのであった。




 それからのサーヴァ王の行動は迅速だった。

 討伐隊の副長や族長の刻印魔術を断ち切り、賛同者を増やし、そうして中央の人質を解放する作戦を立てて実行に移した。重要人物の解放と、追撃してきた部隊を鎮圧して刻印魔法を受けている者達を解放して仲間に引き入れたのだ。――そうしてそれから行方を眩ましたサーヴァ王は、南方にあるエルフの集落に現れ、樹上の大きな家の中で交渉に臨む。


「――我らと今のお前達の力を結集しても大森林を支配するあの者らの戦力に対抗するのは難しいであろう。我らは力の及びにくい地方であるが故に、平穏に暮らしてきたのも事実だ。そんな我らに、仲間になれ、と?」

「平穏ではなかろう。時折外では貴殿らの仲間も捕まって刻印の術で支配下に置かれているし、実際にそうなった者をこの目で見てきた」 


 サーヴァ王が視線を向けると、かつて追撃部隊にいたエルフが言う。


「サーヴァ殿の言うことは事実だ。あの者達はいずれ――我らにも野心から手を伸ばしてくる。武官達がそう言っているのを実際に聞いている」


 そんな同族からの言葉に、エルフの族長達は思案を巡らせているようだった。実際そうした被害にも心当たりがあるし、脅威に思っているのも事実なのだろう。


「そうした被害がある事は……知っている。だが、現実問題として戦力が足りないのはどうするつもりなのだ?」

「ここで協力が得られようと得られまいと、俺達は地方を解放して回るつもりだ。刻印の術を打ち破る手段を託された俺には、その義務がある」


 地方を解放し、刻印から解放するにしても、自由を得ている頭数が足りない。つまりとっかかりとしての初期戦力や人手が足りないというのが現状なのだ。だから、サーヴァ王は隷属魔法を受けていないエルフ達に協力を求めたのだろう。


「それに戦力と言ったが……戦奴階級の氏族でなくとも……そう。我らの仲間を見て貰えば分かるが、俺は氏族の中から様々な芸を持つ者を集めた。地方を解放すればそうした者達が戦力になる、と思っている」


 サーヴァ王が地元で頼りにしていた仲間達はそういった者達だ。討伐隊の副隊長にしても隊員にしても、そうした顔触れを好んでサーヴァ王は集めていた。


「俺より腕っぷしは弱いが知恵の回る者。腕力は弱くとも弓を扱わせれば一流の者。氏族を超えて、様々な才を秘めた者達がいるのが事実だ。そういう者達からも賛同を集め、力を借りられれば……現状を変える事は出来ると思っている」

「現状を変える? 奴らを追い出し、国を作る、とでも?」


 一人のエルフからそんな言葉がかけられると、サーヴァ王は強い意志を感じる瞳を見せて、虚空を握りしめる。


「そうだ。俺は――刻印魔法による隷属だけでなく、氏族同士でも腕力に劣る者達が軽んじられている現状も気に入らなくてな。力の多寡だとか何だとか……そういうものに捉われず、皆が力を合わせ、笑って暮らせる国があればと思い描いてきた。反旗を翻した今ならばこそ……大森林を我らが手中に戻し、新たな国を作る事を目指すべきなのだろう。どうか、その為に協力しては貰えないだろうか?」


 当たり前のようにサーヴァ王が答える。真っ直ぐに視線を向けられたエルフの族長は目を見開き――それから愉快そうに笑った。


「面白い、な。お前の作る国というのを見てみたくはある。だが、私の一存だけでどうにかなる話でもない。一晩だけ時間をくれ。それで皆を説得してみせよう」

「恩に着る」

「何。お前が作ろうとしている国の在り方には興味が湧いたのでな。皆で笑い合う中に、我らエルフも入るのであろう?」


 無論だ、と答えるサーヴァ王にエルフの族長は笑みを深める。


「ならば、説得が首尾よくいった暁には、我らは盟友となるであろう」


 そうして手を差し伸ばす。サーヴァ王は頷き、握手を以ってそれに答えるのであった。

 それからのサーヴァ王の率いる軍勢は破竹の勢いだったと、エインフェウスの歴史書には記されている。

 幻影劇でもできる限りそれを再現した。あちこちを転戦。説得しながら刻印の術を断ち切り、仲間を増やし、更に力を増して大森林を支配する軍勢と戦いを繰り広げる。


 いつしかサーヴァ王は数多の氏族を総べる獣の王、獣王と呼ばれる事になる。自分が王でなくてもいい。同じ旗の下に集う仲間の誰もが王になれる。そんな国を作りたいと。サーヴァ王の考えも段々と転戦の中で今のエインフェウスの土台に近付いて行った事が窺える。自分が国を作り、王となる事を意識して、色々と考えを前に進めていったのだろう。


 そして――大森林の覇権をかけた大決戦。

 森の中、遠景を見渡す限りを獣人達が咆哮して駆け抜ける戦場と戦いの様を描き――サーヴァ王の物語は終わりに向かって進んでいく。


 北方にかつての支配者を置いやり、森に都を築いた晩年になって、老いたサーヴァ王は角を手に東の森に出かけたという。

 そこでどんなやり取りがあったかは分からない。ただ、森から帰ってきたサーヴァ王は楽しそうな様子であったらしい。


「古い友人に会ってきたのだ。老い先短いなどと言っていたが、奴め、俺より余程長生きしそうではないか」


 サーヴァ王は楽しそうにそんな風に笑ったという記録は残っている。

 きっと、幻獣もまたサーヴァ王の国を見てきたのだろう。霧の森の中から、エインフェウスの国の様子を伝えてくれる、精霊達の言葉に耳を傾ける幻獣の姿を映す。そうしてカメラは上空に上がって行き大森林を眼下に眺めながら、ナレーションがその後のエインフェウスの歴史を伝えていく。


「――これが永らく自主独立の道を歩み今も尚繁栄する獣人とエルフ達が住まう国、エインフェウス王国の礎――初代獣王サーヴァの物語である。今も尚、エインフェウス王国ではサーヴァ王の高潔な志が息づいている」


 といった所で場面が切り替わる。セピア調にサーヴァ王の行ってきた場面を映して、これまでを振り返りながらBGMを流し、幻影劇が閉幕となる。

 物語の終わりを察知した観客達が一人、また一人と立ち上がって大きな拍手をくれる。イグナード王やイングウェイ、オルディアやレギーナといったエインフェウスの面々も大満足というように何時までも拍手を送ってくれた。サーヴァ王の幻影劇は……楽しんで貰えたようで何よりだ。

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