151 魔法建築の本領
「ふむ。これが完成予想図か」
作った模型から必要になる資材の量と種類のおおよそを割り出し、王城に持っていった。
メルヴィン王としても今の段階で縮小サイズとは言え完成品を見られるとは思っていなかったらしく、興味深そうに屋根を外したり地下部分を確かめたりと、模型を眺めている。
「地下に舞台が作られているのだな」
「見た目であまり大きくはしたくなかったので」
「なるほど……。これは?」
「火災時などの避難用通路ですね」
メルヴィン王としても物珍しさが勝るらしく、色々と質問された。割と好奇心旺盛というか何というか。こういう時の印象は結構アルバートに似ている気がする。
「そしてこれが建築に必要なだけの資材となります。特に問題が無ければこの形で作ろうかと思うのですが」
大体の見積もりを書いた紙をメルヴィン王に渡す。
メルヴィン王は資材の種類や量を精査するように目を通すと頷いた。
「思った以上に必要な資材が少ないのだな。普通と違うのは魔石の買い付けが必要なくらいか?」
「石材は現場を掘る時に出た土を石化させたりといった手段が取れますので」
魔石も冒険者ギルドの全面協力が得られているので、これも調達に問題はないはずだ。
「うむ。ではこれらは早めに手配させよう。準備が出来次第連絡をする」
「はい」
「人手は必要ないのか?」
「魔法でやってしまいますので。ええと。建築中に近付かれると危ない所もあるかも知れないので、見張りというか誘導のための人員がいてくれればそれで事足りるかと」
「あい分かった」
……といった感じのやり取りを経て数日。建築に必要な資材が集まったと連絡が来た。
セラフィナと共に早速広場の建築予定現場に向かってみると、資材が種類ごとに整然と積まれているという状況であった。
兵士が現場の警備にあたり、資材の持ち去りの防止と立ち入りを禁じているが……何が始まるのかと通行人の耳目を集めてしまっているところがあるようだ。
といってもまだ資材が置かれているだけなので、通行人が興味深そうに視線を送る程度ではあるのだが……。
考えていたより広場に詰めている兵士の数が多いのは、生で魔法建築など始めれば相当な見物人が集まってしまうから、ということらしい。
……んー。まあ、別にいいか。このままさっさと済ませてしまおう。変装用指輪は返却してしまっているし、あれを借りてくるほどのことでもない。
「起きろ」
マジックサークルを指先に浮かばせて、クレイゴーレムを量産。地下に施設を作っていくわけだが、いちいち真っ当に穴を掘るといった作業はせず、その場からゴーレムの形にして退かせる事で土砂を除けていく。
「これ……何が起こってんだ?」
「え? まさかあの数のゴーレムを1人で制御してんのか? 冗談だろ?」
冒険者ギルドも近いからか、冒険者達も結構な数、見物に来てしまっているようだ。魔法の素養と知識のある者が目を丸くしている。
ゴーレムが資材置き場に整然と並ぶ。必要な深さ、広さが確保できたので、剥き出しの土を固めて基礎、土台を作製。作り出したゴーレム達に、バケツリレーのように次々と資材を運ばせては模型をそのまま大きくするように一気に形成していく。
床、壁、扉。水路から水を引き、排水溝を下水道に繋げ――更に天井……つまり1階部分の床を形成。あちこちに魔法の明かりを浮かべて、作業を続行していく。
「どう?」
「うん。問題無さそう」
肩に乗っかったセラフィナが建物の強度を見ながら頷く。出来上がった地下の通路を歩き、部屋の中や舞台裏を見て回ってイメージ通りになっているかを確認していく。
一通り見て回ってから舞台の上に立ち、発声練習の真似事をして音の広がりを見る。――うん。概ね良いようだ。
さて……地下部分は大まかな形ができた。余剰なゴーレム達を石化させて作り直し、柱や外壁、タイルへと作り替えていく。
地下1階の客席部分を作り、あちこちの席に腰かけて舞台の見え方はどうかなどを確認しつつ、1階と2階、VIP席になる予定のテラス部分へと移る。各所の細かな装飾については、後でみんなと合流してからだ。
ホールの天井部分。ゴーレム達は資材を上に運んでこられないので、リレーで運んでもらった物を下から投げ上げてもらってレビテーションで受け止め、どんどん組み上げていく。
天井が完成。ホールからエントランスに出て、2階へ続く階段や、受付、売店、厨房に氷室と作っていけば、大まかな所では完成だ。やや殺風景なのは調度品の類が入っていないからだが……この辺は手配済みである。装飾などが出来上がったらそういった物も運び込まれるだろう。
外壁に正面玄関を作って外に出ると、物凄い数の人々が集まってしまっていた。俺が顔を見せると歓声と拍手が巻き起こる。
「あー……」
やりにくい。だからと言って途中で止めるというわけにもいくまい。
曖昧な笑みを返して、外側も決めていたデザイン通りに形成。劇場の屋根まで完成させてしまえば装飾や内装、魔道具系の設備や緞帳やらを除けば大体工事完了というところだ。
人ごみを避けるように迂回してきた皆が、非常口の方から建物の中へ入っていくのが見えた。
……ここは落ち着かないし、俺もさっさと中に入ろう。
エントランスを通って舞台の方に向かうと、みんなが舞台の出来に目を丸くして舞台上から客席を見渡していた。
ドミニクは早速声を出して、音がどの程度響くのか確かめているようだ。
マルレーンが客席側へ小走りに駆けていき、舞台から最も離れた場所でこちらに手を振っている。手を振り返すと彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「テオ君、お疲れ様」
舞台袖で設備を見ていたアルフレッドが話しかけてきた。
「うん。そこの溝が舞台の下から照らす魔道具を取り付ける所。で、そこが――」
あれこれと舞台装置の設置個所などをアルフレッドとビオラを連れて確認して回る。
「実際中に入ってみると、想像しやすくなるね」
「これなら捗りそうです」
「もう水回りも使えるのかな?」
「ああ。水も引いてあるし、下水道にも繋げてあるよ」
厨房にトイレといった設備も使えるはずだ。
「なら、ここに道具を持ち込んで魔道具を作成してしまうのもいいかもね。細かい調整をするのに工房と往復するのは大変だし」
「いやいや。そんなに急がなくても」
「……こうやって実物を見せてもらうと、完成を急ぎたくなると言いますか」
「だよね」
ビオラが笑い、アルフレッドが同意を示す。2人とも基本的に物作りが好きだからなのか。かなりテンションが上がっている様子だ。この分だと思っていたより早く完成してしまうかも知れない。
「寝泊まりは楽屋と警備室でできるんだよね?」
「まだ寝台も何もないけどね」
「泊まり込みでやるつもりだし、手配してもらう事にするよ」
と、やる気全開で非常にハイになっているアルフレッドである。
「なら、私達も早速ここで練習してもいいかしら?」
「いいわね。それ」
待ちきれないといった様子なのはイルムヒルトとユスティアもだ。……まあ、いいか。やる気になっているのに水を差す事もない。喜んでもらえて俺も嬉しいし。
「私は内部を見て回ってくる。死角になりそうな所や、侵入されやすい場所がないかとか」
シーラは建物の内部をあちこち見て回るつもりのようだ。
防犯関連は彼女の意見を聞いておけば間違いないだろうしな。参考にさせてもらおう。
「じゃあ、俺は装飾の方を作るよ」
「お弁当を用意してきてありますので」
と、グレイスが笑みを浮かべる。
「分かった。一区切り付いたらみんなで食べよう。楽しみにしてる」
「最初はエントランスからでしたね」
「では始めましょうか」
アシュレイと、クラウディアと共に劇場内部を回って、柱や壁、天井などに細かな装飾を施していく。調度品は入っていないが、やや殺風景だった内部が端から作り変えられていく。
そんな風にして作業をしていると、ギルド長のアウリアが、巫女頭のペネロープと共に顔を見せた。
「いやはや。魔法建築とは聞いていたが、これほどの速度でこれだけの建物を作り上げてしまうとはのう」
「王城から広場で建築を行うとお話は伺っていましたが、驚きました。テオドール様だったのですね」
「ああ、どうもお二方とも」
中々いいタイミングだ。ペネロープには演奏会の話と、孤児院の皆を招待したいという旨を伝えておこう。
「……という事で、孤児院の子供達を招待したく思います」
「まあ……! それはきっと、あの子達も喜んでくれると思います」
ペネロープは小さな子供のような笑みを見せると深々と頭を下げてきた。
「テオドール様、ありがとうございます」
「具体的な日程はまだ少し先になりそうですが、決まり次第お知らせしますので」
さて。アルフレッド達が泊まり込みということなら、タルコットやチェスターが警備に来そうな気もするな。
昼食を済ませたら、あれこれと必要になりそうな物を市場で買い揃えておくか。




