番外827 フォレスタニアの披露宴
ティール達と空飛ぶ絨毯でフォレスタニアのあちこちを飛び回り――幻影の魚群を引き連れてフォレスタニアの居城へと向かった。
「こうして沢山の方々に集まって頂き、本当に嬉しく思っております。ささやかながら心づくしの料理を用意しましたので、楽しんでいって頂けたら幸いです」
披露宴という事で挨拶をすると招待客の面々から拍手が起こる。挨拶が終わり拍手も静まったところでゴーレム楽団が楽しげな音楽を奏でだした。
迎賓館に招待した知り合い達が集まっているので、顔触れも豪華でかなり賑やかな事になっているな。
俺達に対してだけでなく、招待客同士の相互の挨拶回りも相応に活発なものになると思うので迎賓館のホールとそこに面した中庭も使って、個々人のペースで好きなように食事をとったり話をしたりできるようにした。
中庭には特設ステージと魔力楽器各種も用意してあり、歌唱や演奏、ダンスを披露できるような準備も整えている。
演奏したいという面々は招待客にも多いと思うからな。食事が落ち着いたらステージに登って演奏を披露してくれると思うが、それまでは披露宴に招いた俺達側からの歓迎の余興という事でゴーレム楽団がステージで演奏を行う。
一方で、会場外――フォレスタニアでも料理と酒を用意し、それを振る舞う準備を進めている。
街の入り口前広場、大通りの広場、神殿前、運動公園と冒険者ギルド前、船着き場――街中の各所に料理と酒を用意し、それを振る舞う準備をしてある、というわけだ。
街中で振る舞われる料理としてはカレーパンと野菜スープを用意している。あちこちでパン作りの命令を受けたメダルゴーレム達が稼働中だ。酒についてはグランティオスの海洋熟成酒を用意している。
こういうイベントで振る舞われる料理は若干量を少なくし、食べ足りない者、飲み足りない者は街中で自腹を切ってもらう、というのが通例だ。地元の経済に貢献するというわけだな。
水晶板モニターで街角の様子も見られるようにしている。
『こいつはうめえ……。揚げたての匂いと中に詰まっている具が何とも言えねえ……』
揚げたてのカレーパンを口にして目を瞬かせる冒険者である。
『初めて食べたわ。中の具……これがカレーという奴ね』
『カレー?』
『と言うらしいわ。前に小耳に挟んだんだけどね。警備の人に聞いても知っているのではないかしら?』
『食欲が湧いてくるな、これは』
『酒の方もまた……上物だ』
と、街角でも冒険者達はそんな会話をしつつ、酒杯を掲げて乾杯したりとかなり盛り上がっているようだ。
「皆にも喜んで貰えているようで、良かったです」
挨拶を終えて俺が席に戻ってくると、グレイスがそんな様子を見て微笑みを浮かべる。
「ん。そうだね。カレーも知名度が上がっているようだし」
景久の知識と迷宮核のシミュレートのお陰なので考案者というのは少し違うけれど。
「あのカレーパンは城でも食べられるのかな?」
「用意していますよ。中継すれば気になると思いましたから」
イグナード王の言葉に頷く。披露宴と街角で振る舞う料理とでは少し違うけれど、映像中継すればカレーパンはみんな気になると思うので、披露宴でも食べられるように手筈を整えている。使用人達がカートに乗せてカレーパンを運んでくると、みんな興味津々といった様子でカレーパンを口に運んで表情を明るいものにしていた。
「ゴーレムが楽団をし、料理を振る舞う、か。いやはや、境界公の領地ならではかも知れんな」
と、ファリード王の言葉にみんな頷いたりして楽しそうな印象だ。
披露宴の料理に関しては和洋両方を用意した。
和風メニューとしては鯛の入った炊き込みご飯。蟹の入った味噌汁に海老やイカ、キノコ、カボチャの天ぷら。
洋風のメニューとしては魚介類系の迷宮魔物をたっぷりと使ったパエリア、チーズのたっぷり乗ったピザ、鳥の唐揚げやエビフライ、野菜のたっぷりと入ったスープ、ツナマヨの入ったコールスロー等……料理の相性を考えつつ色々な地域の面々に楽しんで貰えそうな料理を用意している。
「ん。今日は魚介類豊富で良い」
と、炊き込みご飯を口にしたシーラはうんうんと頷いて耳と尻尾を反応させていた。
そうして食事も一段落すると色んな面々が挨拶回りに来てくれる。お祖父さん達も俺に笑顔でハグしたり、エレナに「おめでとう」と祝福の言葉をかけたりと、にこにこしていて嬉しそうな印象だ。
各国を見回しても指折りの魔法使いなのに、こういう場では人の良い親戚のようになってしまう七家の長老達なのである。
「いやはや、素晴らしい幻術であったな」
「綺麗な風景なだけではなく、海の民への友好も深まりそうな幻術でしたね」
「うむ。ティールとの話も聞き及んでいる。エレナ殿に我らが慈母の加護があらん事を」
と、エルドレーネ女王とネレイド族のカティアは街中を巡っていた時の幻術の感想を聞かせてくれた。パラソルオクトのソロンもうんうんと頷いて、同意している。海の民にとっても楽しんで貰える内容であったらしい。
「ありがとうございます。こんなにも沢山の方に祝福の言葉を頂けて……嬉しく思います」
エルドレーネ女王の言葉に、エレナも表情を綻ばせる。
「ふふ。月でもテオドール達を迎える準備を進めているから、楽しみにしていて欲しいわ」
「それは――楽しみですね」
上機嫌そうなオーレリア女王に受け答えする。
挨拶回りに関してはそんな調子で俺達のところにも続々と人が来て祝福の言葉をくれるが……メギアストラ女王を始めとした魔界の面々にも人が集まっている。
新しく国交ができた国という事で、魔王国の面々には挨拶をしたい人達も多いのだ。こうした席で貿易に関する話等が交わされる事も多いので有意義な時間になってくれればいいのだが。
特設ステージではホウ国のリン王女が二胡を奏でて、ヒタカの姫巫女であるユラがそれに合わせて舞いを見せる。リン王女とユラは仲良くしているらしく、合同で何かできないかと打ち合わせをしていたらしい。
リン王女の奏でる音色にユラの舞と玉串に付けた鈴の音が重なって……幽玄な雰囲気を醸し出す。
ゲンライとレイメイ、御前やオリエも二人の演奏と舞を楽しみながら酒杯を酌み交わす。
リン王女の演奏は素朴ながら人の心を掴むものがあるし、ユラの舞は場の魔力を高めて清浄なものにするからな。
妖怪達にとってはユラの舞は浄化にもなるし心を穏やかに鎮めてくれるものにもなるそうで、こうやって楽しませるために舞を奉じて貰えると心地良いのだそうな。その言葉を裏付けるかのように他の鬼や妖怪達も何となくしみじみと酒を酌み交わしているといった様子だ。
西国の面々にとってどうかといえば、異国情緒たっぷりで雰囲気があるので、挨拶回りも一旦止めて聞き惚れている様子であった。
セイレーンやハーピーもそれを聞いて刺激を受けたのか、交代して楽しそうに歌ったり演奏を披露する。
「んー。楽しそうだわ」
「そうだねー。でも我慢しないとね」
「公演があるものね」
イルムヒルトとドミニク、ユスティアもそれを見てうずうずしている様子だが……境界劇場での公演を控えているのでこの場では自重する方向なのだ。そんなやり取りにみんなもくすくすと笑う。
さてさて。披露宴が終わったら改装が終わった幻影劇場で新作鑑賞ということになるか。初代獣王の話も聖王と草原の王の話も、納得のいくだけの内容に仕上がっているので招待客のみんなにも楽しんで貰えたら嬉しいのだが。




