番外826 海の記憶と光の宴
シリウス号は――以前の俺達の結婚式と同じように船体の外側をあちこち飾り立ててあり、華やかな印象になっている。
俺とエレナが甲板の前の方へ。グレイス達もそのすぐ背後に控えるようにして寄り添ってくれる。エレナもみんなも、明るい春の日差しの下で優しく笑って……綺麗だな。
「それじゃあ行こうか」
メルヴィン王やクェンティン、メギアストラ女王達……同行する面々が船に乗り、艦橋で腰を落ち着けたところでアルファに声をかけると、こくんと頷いてシリウス号が浮上する。
前のように即座に魔道具は起動しない。代わりにマギアペンギン達が木魔法で作った模造の花びらを篭から街に散らす。花びらが花吹雪となって通りの上空を舞って沿道の人達から歓声が漏れていた。
街並み自体も花で飾られているので、中々に絵になる。
タームウィルズのような大都市には花屋もあるしな。春先なので調達も難しくはないという事で……街も大通りの目立つ窓等には花が飾りつけられて、何とも綺麗だ。
そうして城から出て、大通りに進んだ所で、シリウス号や街のあちこちに仕込んだ魔道具を起動させる。
監視塔等の高い場所に幻術を起動させる魔道具を仕込んでいる。この辺はパニックを起こさないよう、幻術を使うと告知済みである。その告知が余計に人を呼んでしまったところがあるが……まあ、結果的に経済的にはプラスなようなので良しとしておこう。
タームウィルズ全域が薄い青に包まれ、色とりどりの魚が空を泳ぐ。
海藻。鮮やかな色合いの珊瑚に貝やヒトデ、海亀や海老、蟹やらが街角のあちこちに現れて――まるでタームウィルズが海中にあるかのような光景が広がっていく。上空にはゆったりとした速度でクジラまで泳いでいる。
幻術は幻術だと分かりやすいように淡い光を帯びているが……それが逆に幻想的な印象を強めていると思う。
ティールと出会った事がエレナを見つける事に繋がったからな。
だから――島の付近の海中をイメージしたものだ。海はエレナが苦手なのではないかと相談してみたが、海中はまた別世界だから楽しそうですと、そんな風に言って嬉しそうに笑っていたので、こうして一緒に祝福したいと申し出てくれたマギアペンギン達と合わせた演出にしたわけだな。
通りの頭上で渦を巻く魚群。沿道に集まった人達の間を明るい色の小魚がすり抜けて「おおー」と歓声が上がる。子供達が海老に手を伸ばして逃げられたりと、楽しそうな光景が広がっていた。
そうして海中の光景が再現されたところで、甲板のマギアペンギン達が一斉に空中に飛び出していく。魔道具をつけたマギアペンギン達が、ゆっくりと街の上空を進むシリウス号の周りを楽しそうに飛び回り――ティールと初めて出会った時のような反応を見せていた。
陸上のペンギンと違って海中のペンギンは俊敏で迫力がある。
実際は空を飛んでいるのだが、シリウス号の周りを飛び回る動きもそれに遜色のないものだ。そうしてマギアペンギン達の飛んだ軌道を示すように少しの時間差を置いて光の粒が舞う。
そんな光景に、沿道からだけでなく、甲板の上にいるマギアペンギンの雛達も嬉しそうに声を上げ、フリッパーをバタバタとさせていた。今は、蝶ネクタイをつけたティールが甲板で雛達の面倒を見ている。
「これが……テオドール様とティールさんが会った時の光景でしょうか?」
「近い光景だから、元にしてはいるよ。あの時は――ティール一人だったし、島にはいなかった生物もいるけれど」
そう答えるとエレナは頷いて笑顔になる。
それを受け、ティールは「シリウス号が仲間みたいに見えて嬉しかった」と声を上げる。そうだな。それで近くに寄ってきてくれたから出会えた。マギアペンギンは種族的に物怖じしないというか警戒心が薄いところがあって、かなり平和的なのだ。
それだけに心配になってしまうところはあるが、マギアペンギン達は友好的な魔物という位置付けで、種族も営巣地も俺の庇護下にあると明言しているから面倒事はある程度避けられるだろう。
ともあれ、こうしてシリウス号の周りをマギアペンギン達が楽しそうに飛ぶ姿はあの時の光景を彷彿とさせるものではあるな。
街中を巡っている内にセイレーン達やハーピー達が楽器を奏でたり歌声を響かせながら合流する。深みの魚人族、ネレイド達とパラソルオクトも踊るようにシリウス号の周囲を舞って……賑やかではあるがセイレーンとハーピー達の奏でる音色は幻想的なものだ。
「おめでとうございます!」
祝福の言葉をかけてくれる沿道の人々にエレナやみんなと手を振ったりしながら街中を一周する。孤児院の子供達と手を振り合ったりしながら、やがてシリウス号は月神殿へとたどり着く。
そうするとゆったりとした速度でクジラが上空から降りてきて、シリウス号の近くまで来ると今度は身体をくねらせながら光に包まれ、空へと舞い上がっていく。街中に現れていた様々な幻覚も――光に包まれながらクジラに向かって集まって行き――眩い輝きが四方に散ったかと思うと、煌めく光となって降り注いだ。
沿道に詰めかけていた人々、家々の窓から見守っていた人々。冒険者に商人。街中の巡回に当たっている武官も……驚いたようにその光景に目を見張り、そして笑顔になっていた。
「綺麗――」
エレナもその光景に表情を明るくして言うと、マルレーンもにこにこしながら頷く。目の前の光景に見入って笑うエレナは楽しそうで……。うん。準備してきて良かったな。
今回も演出面に関してはサプライズの意味で伝えていない部分があるから、みんなにも楽しんで貰えたなら嬉しい。
そうしてシリウス号から広場に降りると、エレナの知り合いの面々が笑顔で迎えてくれた。
「おめでとうございます、エレナ様」
「エレナ様、綺麗」
「オメデトウ! オメデトウ!」
カルセドネとシトリア。それにマルブランシュ侯爵の使い魔である青いカラスのロジャーも、羽ばたきながらエレナの結婚を祝福してくれる。
「ありがとうございます」
祝福の言葉を受けて微笑むエレナである。シリウス号から降りてきたクェンティンとコートニー、マルブランシュ侯爵とガブリエラ。スティーヴン達が、次々エレナと俺達に祝福の言葉をかけてくれた。
コートニーの腕に抱かれたデイヴィッド王子が俺に向かって手を伸ばす。
「ありがとうございます、デイヴィッド殿下からも祝福して頂けて光栄です」
そう言って笑うと、デイヴィッド王子も俺の指先を掴んで嬉しそうに声を上げていた。
クェンティンやコートニー、それにグレイス達もそんなやり取りに表情を綻ばせる。
アウリア達やロゼッタ……タームウィルズの知り合いもみんな俺達に祝福の言葉をかけに来てくれて、賑やかなものだ。
「素晴らしい幻術でしたな。いや、良いものを見せて頂きました」
「ルーンガルドの海底……素敵ですね」
ボルケオールやカーラもそう言って頷いたりしている。
さてさて。では、このままフォレスタニアへ向かうとしよう。
フォレスタニアでも同様に……全域に幻術を展開する準備をしているのだ。オズグリーヴが厚意で空飛ぶ絨毯を貸してくれたので、それに乗って街中や湖を巡ってからフォレスタニア城へ向かう予定なのである。
その後は披露宴だ。タームウィルズとフォレスタニアを訪問してきている知り合いを境界劇場や幻影劇場、火精温泉に招待する事になるだろう。
幻影劇場は新作の封切りなので楽しんでいって貰えればいいのだが。




