番外825 出会えた事に
「新郎――テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニア境界公と境界公夫人方のおなりです!」
武官の言葉が響き、控えの間の扉がゆっくりと開くと列席者から拍手が起こった。礼儀作法に沿って一礼し、絨毯の上をみんなと共に進んでいく。
謁見の間の参列者は見知った顔触れが多い。各国の王と国内の領主、知り合いの面々といった顔触れに、メギアストラ女王やボルケオール、カーラも加わっている。
ここにいない知り合いは人数的に入りきらないという事もあり、神殿やフォレスタニアで俺達が来るのを待っているわけだ。
流石に水晶板モニターで一般中継というのは技術秘匿の観点から出来ないが……元々事情を知る面々には他の待機場所の様子を見せる事もできる。ヘリアンサス号への中継と同様、こちらの様子を見てくれている事だろう。
臣下の礼を取ると、メルヴィン王が言葉を紡ぐ。
「今日という日を迎えられた事を誠に喜ばしく思う。新婦であるエレナは苦労を重ねてきた身。これより後の暮らしは満たされたものであって欲しいと願うのが人情というものよ。ならば、テオドール達と共にこれからの人生を歩む事で、互いに安寧の時を得られるのであれば……それに勝る事はあるまい。そしてこの婚礼がベシュメルクや関係各国との友好を末永く続かせていく為の礎となる事を望むものである」
「温かい祝福のお言葉を頂き、嬉しく存じます。結婚相手に相応しいと僕を信じてくれた方々の想いに応える意味においても、尊敬できる伴侶達の信頼に応えるという意味でも、これからも自身に持てる力を尽くし、努力を重ねていきたいと思っている次第です」
そう答えると、メルヴィン王は相好を崩すように目を細めて頷き、列席者から大きな拍手が巻き起こる。
メルヴィン王はベシュメルクと関係各国と言葉を濁したが、この辺は月や魔界の事を言っているわけだな。境界門の管理であるとか、明かせない事情が多すぎるからこうなるわけだが。
そうしてメルヴィン王は列席者側に加わり、正装したペネロープが前に出てきた。
「それでは、境界公の婚礼の儀を執り行う!」
役人の声が響いて宣言がなされると楽士達がラッパを吹き鳴らす。
この辺も前と一緒だが、最初からグレイス達が俺の両脇に控えて並んでいて、エレナの登場を待っている、という状態だ。
控えの間に――エレナが姿を見せる。隣には付き添い人としてパルテニアラ。 パルテニアラの代と、エレナの代ではかなり年代が離れているので特徴が少し似たのは偶然ではあるのだろうが、並んでみると、やはりパルテニアラの子孫なのだなという気がする。
エレナの髪色はパルテニアラよりも少し落ち着いた色調の赤毛で、緩やかなウェーブがかっている。瞳の色はヘーゼルというのか、ダークグリーンといった色合いだが、これはパルテニアラにも似たような特徴がある。パルテニアラはもっと――燃えるような赤い髪の色をしていて、当人の堂々とした態度もあって女帝といった雰囲気ではあるが。
エレナは、大人しいながらも意思の強い瞳をしていて、その点はパルテニアラに似ていると思う。
そんなエレナが、純白の花嫁衣裳に身を包んでいた。光沢のある布に細やかな刺繍を施したウェディングドレスだ。煌めくようなヴェールから薄く透ける赤毛と、少し気恥ずかしげで、やや緊張したような表情の口元が垣間見える。
胸元に首飾りを身に付けて……陽光の下で白く輝くその姿は美しくもあり、エレナ一人だと緊張感がある事も相まって、可憐さや可愛らしさが先に来ているような気もする。
そうしてエレナはパルテニアラに付き添われ、絨毯の上を歩いてくる。
パルテニアラがグレイス達の隣に並んで、エレナは笑顔のグレイス達に迎えられながら俺の隣までやってきた。
正装したペネロープはそれを見て頷く。
「以前の婚礼をこの場で祝福した身としては――こうして皆様が幸せそうであり、エレナ様を温かな眼差しと共に迎える姿を見る事ができたのは、心より嬉しく思っております」
「ありがとうございます。これから先も――そうあり続けたいと思っております」
「シュアス様も、高位の精霊の方々もその在り方をきっと祝福してくれる事でしょう」
ペネロープとそう受け答えをすると、ティエーラ達と共にジオグランタも静かに頷いていた。
「では――月女神シュアス様と、精霊の皆様の前で愛の誓いを」
巫女達が祈りの仕草を見せる。高位精霊達の立ち会いもあって、場の力がどんどん高まって、光の粒となって周囲を漂う。
「私、テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアは、エルメントルード=マルブランシュを妻とし、生涯愛する事を月の女神と精霊に誓います」
「私、エルメントルード=マルブランシュはテオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアを夫とし、生涯愛する事を月の女神と精霊に誓います」
俺の言葉にエレナも続き、ペネロープの言葉に促されて指輪を交換し合う。
エレナの身に付ける指輪はステファニアが。俺の指輪はパルテニアラがそれぞれ預かっている。
俺はステファニアから。エレナはパルテニアラから指輪を受け取り……そして互いの指に丁寧に嵌める。
新しく組み込まれた9個目の魔石がほのかに煌めきを纏う。俺とエレナの指輪だけでなくグレイス達の指輪もそれは同じで……呼応するよう輝きを放つ指輪に、列席者の皆からは「おお……」という、どよめくような声が漏れていた。
「では、誓いの口付けを」
ペネロープの言葉。何というか……この瞬間は慣れないな。少し宙に浮いたような感覚の中で一歩前に出て、エレナのヴェールを上げる。
エレナは……少し所在なさげであったが、俺と視線が合うと覚悟を決めた、というように真っ直ぐこちらを見て頷く。俺も頷いてエレナを軽く引き寄せれば、こちらの動きに応じて胸の中に飛び込んでくる。そうして……互いに目を閉じて、口付けを交わした。
唇に、柔らかな感触。体温と鼻孔をくすぐる柔らかな香り。少しの間を置いて離れると、エレナは口元に手をやってから、頬を赤らめて幸せを噛み締めるように微笑む。
「どうなるのかと緊張もしていましたけれど……今はとても、嬉しいです。色々あったけれど……今こうしていられるのが嬉しいです。私を見つけてくれたのがテオドール様達で、良かった」
そんなエレナの言葉。
「そう言って貰えるのは――俺も嬉しいよ。エレナがずっと眠ったままじゃなくて良かったと思う。普通に暮らしていけるようにできて、良かったと思う」
「これからも、よろしくお願いします、エレナ様」
グレイスもそう言って。みんなもパルテニアラも、そして列席者のみんなも拍手を送ってくれる。口付けを交わした事で俺達の指輪も本領を発揮し始め相当な魔力を宿しているのが分かる。場に満ちる精霊の力もかなり高まっている様子であった。
この後は――街を一巡りしてフォレスタニア城で披露宴だ。
例によって飾り付けたシリウス号を練兵場広場に待たせているのだが――そこにマギアペンギン達も乗っていて中継映像を見て嬉しそうに声を上げたりしているのがバロールの五感リンクで見えた。
マギアペンギン達も祝福してくれているみたいだ、と伝えるとエレナは嬉しそうに笑う。
因みにマギアペンギン達は首に蝶ネクタイを揃って着用している。
お祝いの席だが元々の模様が燕尾服のようだからな。首に蝶ネクタイをしてもらうだけでフォーマル度がアップするというか。
マギアペンギン達だけでなく、中継映像を受け取っているヘリアンサス号でも船員達は我が事のように喜んで拍手を送ってくれているようだな。
では――。このままみんな一緒にシリウス号に乗り込んで街中に繰り出すとしよう。




