番外818 冬の湖畔と木の家と
そんなわけで、みんなと共にカレーを作ってから周辺の散歩に出かける。
雪の降り積もった森と静かな水面を湛えた湖。俺にとっては……懐かしさを覚える光景だ。死睡の王が襲撃してきてからは伯爵家で暮らしていたし、その後はタームウィルズで暮らす事を選んだから、毎年見ていた風景というには途切れていた期間がある。
雪が降ったからか音が吸収されるし、この辺にはあまり人が立ち入って来ないという事も相まってとても静かで……冬の湖は神秘的な雰囲気があった。
「タームウィルズでも少し見たけれど、雪って不思議……」
エルナータは魔界でも雪の降らない場所に暮らしていたからか、雪をあまり見た事がないので気になっていたらしい。新しく積もった雪を手に取って冷たさや感触に目を瞬かせたりと、興味津々といった様子だ。そんなエルナータの様子にみんなも表情を綻ばせる。
ティールも冬の湖を見てうずうずしている様子だが。
「気になるなら泳いできても大丈夫だよ」
そう伝えるとティールはぷるぷると首を横に振ってから声を上げる。翻訳の魔道具によれば、「墓前に挨拶に行ってからで」との事である。
そんなティールの返答に、俺も小さく笑って頷く。では帰ってきたと母さんに挨拶してくるか。
母さんの家、湖と墓所。それぞれに続く道はきっちり雪かきがしてあって歩きやすい。ハロルドとシンシアの丁寧な仕事ぶりが窺えるというか。
そうして静かな森を進んで、少し開けた場所に出る。母さんの墓所だ。
開けた場所全体から丁寧に雪が除けられ、掃除も行き届いている。冬なので流石に花は咲いていないけれど、なんとなく暖かい雰囲気があって……歓迎されているような気がする。
「ああ、これは……良い雰囲気ね」
ジオグランタが表情を綻ばせる。精霊としても居心地のいい場所と感じるようで、顕現していない精霊達も活性化しているようだ。前と比べると……場に感じる力がほんの少し強くなっている気がするな。
母さんの心情か、それとも墓所がある事が影響しているのか。
イシュトルムの封印が必要なくなった事で力が回復してきているとか、領民達との和解もあって、皆の母さんへの心情が影響しているとか……。色々要因は考えられるので何とも言えないが、まあ……悪い方向での変化ではないと思うので大きな問題はないだろう。
デフォルメされたドクロの置物もそのままで、静謐というよりは穏やかな日向の中にいるような……そんな雰囲気があった。
「ただいま、母さん」
墓所に挨拶をする。みんなもそれに続いて墓前に黙祷を捧げていた。
「お陰様で、無事に戻って来られました。婚約している事も報告します」
「ご子息には大変世話になった」
エレナやメギアストラ女王が母さんの墓前に報告する。婚約の報告と、魔界での出来事のお礼、か。
命日は明日なので、それに合わせてまた改めて訪れる予定だが……前に訪れた時は魔界訪問を控えていた状況でもあったからな。こうして墓前に立って心持ちが暖かくなるのは、こちらの心情によるものなのか、母さんが歓迎してくれているのか。それは分からないが、やはり来て良かった。
「二人とも、いつもありがとう。仕事ぶりが丁寧だから嬉しく思っているよ」
「勿体ないお言葉です」
「私達にとってもリサ様は大切な方で、このお仕事も好きですから」
ハロルドとシンシアにも声をかけると、兄妹は嬉しそうに微笑んでそう答える。
本格的な墓参りは明日という事で、母さんには一旦戻って明日また来ると告げる。そうして俺達は森の小道を戻ったのであった。
湖畔に戻るとティールが楽しそうに冬の湖で泳ぎ、リンドブルムも水面すれすれを飛び回る。ラヴィーネもスノーウルフだから雪が好きなのか、好んで雪の深い場所に突撃していたりする。アルファもそれを追いかけ、ベリウスやホルンは日向で寝転がって欠伸をする。
コルリスとアンバーも日向で一緒にペタンと座っていたりと、中々に仲の良さそうな様子だ。
そんな動物組を横目に湖を散策したり雪だるまを作ったりと、のんびりとした時間を過ごした。
「ああ。スイセンが咲いていますね。この辺で見た記憶があったのですが、前よりも少し増えているかも知れません」
グレイスが微笑みを浮かべる。冬景色の湖だが、寒さに強いスイセンが花を咲かせたりしている。
「魔界とは違って、ルーンガルドの植物は割と大人しいのが殆どだな」
「お花も綺麗ですね」
ヴェリトの言葉にカーラがうんうんと頷く。魔界の植物はまあ……自衛手段を備えていたりするものが多いからな。
「植物系の魔物でなければ殆どの植物は歩かないし、攻撃手段もないからね」
「ん。南方で歩くマングローブは見た事があるけど、あれは?」
「あの子は魔物のようですけど、基本的に大人しい子ですよ」
と、シーラの疑問にシオンが笑って答える。なるほどな。シオン達は地元の事だけにあの歩くマングローブの生態にも詳しいようだ。魔界の面々は納得したというように頷いたりしている。
「大人しい、か。それなら植物園にも迎えてみたい所ではあるけれど。歩ける特性を考えると、植物園では少し窮屈かしらね」
シオンの言葉にローズマリーが興味を示しつつ割と真剣に思案していたりするが。そんな調子で……湖畔でのんびりと過ごし、日が傾いてから母さんの家に戻ったのであった。
家に戻ればみんなで夕食だ。予め作っておいたカレーを温め直し、白米が炊けたらみんなで頂く。牛の魔物バタリングオックスの肉が入ったビーフカレーだ。
「時間を置いたせいかしら。良い出来ね」
「はい。美味しいです」
と、表情を綻ばせるクラウディアとアシュレイである。
作ってから母さんへの挨拶と散策に行って、少し時間を置いて温め直したカレーだからか、具にも味が馴染んで実に美味である。
コルリス、アンバー、ホルン達は鉱物を食べたり、ティールが魚を食べて嬉しそうに声を上げたりと、動物組も嬉しそうだ。
そうして食事を取って一段落したら、イルムヒルトの奏でるリュートを聴きながら、ゲームに興じたり、お茶を飲んだりと風呂を沸かして入浴の準備ができるまでの時間を思い思いに過ごした。
「こうしてリサ様のお家で過ごしていると、何だか昔に戻ったようで楽しいですね」
「そうだね。昔より人数が多くて賑やかだけど。何だか懐かしいような気がするよ」
微笑むグレイスの言葉に頷く。
風呂が沸いたら、ゲーム等も一旦切り上げ、居間の片付けを進める。人数が多いので全員は寝室と客室に泊まれない。なので居間にもスペースを作ってそこで寝てもらうという形をとる。その為に寝具等も魔法の鞄に入れてきているのだ。
大部屋でのみんなでの就寝という事で、布団が敷かれるとエルナータは随分と上機嫌そうににこにことしていた。アルディベラも一緒だし、大人数で眠るというのも……キャンプをしているような楽しさがあるものだからな。
そうして……俺達が家主という位置付けなので先に風呂に入らせてもらったが、母さんの家の風呂は展望の露天風呂といった作りをしている。
湯で暖まりながら頬に冬の空気を感じる。その空気感や雰囲気が何とも心地良い。冬場は寒いからと、母さんがいた頃は風魔法で冷気が入って来ないようにもしていたけれど、今は高位精霊の加護もあるからな。寒いというよりは爽やかな感がある。
星空を見上げたり、湖面に月が映っているのを見て取ったりもできる。そんな風呂をのんびりと楽しませてもらうのであった。




