番外817 ガートナー伯爵領の現在
ダリルとネシャートの仲については良好だ。ダリルとネシャート当人は良いとしても、バハルザード王国出身の婚約者という事なので周辺の人間関係についてどうなのかと思って心配はしていたが、キャスリンは過去の経緯もあるので基本的にはそういった事には干渉しないよう努めている、との事だ。
ただ、父さんによればネシャートからも挨拶を受けていて、ダリルに「優しそうな子ですね。大切にしてあげなさい」と、父さんの前で、その一言だけ穏やかな表情でのアドバイスを口にしたそうだ。ネシャートも礼儀正しく一礼してキャスリンのその言葉に応じたらしい。
「武官、文官、使用人と……一通り主だった者に注視しているが、好意的な反応が多いようだな」
とは父さんの評だ。ネシャートについて考えれば、確かにそういう反応になるのは分かる気がする。
バハルザード王国の内乱で各地をファリード王、エルハーム姫と共に転戦し後方支援をしてきたという経歴だ。武官達としてはそれだけで一目置くだろうし、農業に興味のある木魔法の使い手とくれば文官達も期待を寄せる所があるだろう。
実際顔を合わせれば人柄も良いとなれば、使用人達も安心するだろう。
ガートナー伯爵家の家臣団については前の騒動もあって人員の入れ替えや規律の引き締めが行われているし、ネシャートについてはダリル本人だけでなく、周辺に関しても安心して良いようだ。
気になっていた事を聞いた後は、父さんやダリルと魔界での出来事について話をしたりして。
「いやはや、グレイスは凄かったな! 傀儡であったとはいえ、我を真っ向から押し切ったのは瞠目に値する!」
「テオドールもな。あれほどの……天地を揺るがすような戦い、当分は目にする事もできまい」
ルベレンシアとメギアストラ女王が上機嫌そうにグレイスや俺の戦いについて語ると、ダリルが乾いた笑い声をあげて遠い目をしていたり、ハロルドとシンシアが「すごいです!」
とにこにこ笑ったりしていた。
そうして魔界での出来事、ガートナー伯爵領での近況等を聞きつつ、頃合いを見て俺達は予定通り母さんの家に向かう。
アルディベラが乗るには既存の馬車は手狭なので、即席の馬車を作って乗り込んでもらう。車体はメダルゴーレムの馬に牽引してもらえば良いだろう。座席については木魔法でコルクの質感にしたりと、ある程度座り心地も良くなるように仕上げたつもりだ。
「おお。これは楽しいな」
「ゴーレムも格好良い」
アルディベラとエルナータも馬車を用意すると乗り込んで笑顔になっていた。
馬車で領内を移動していると、前に知り合いになった子供達――カーター達が沿道で待っていて、俺達の乗る馬車を見やるとお辞儀をしてくる。
母さんの命日が明日だから、俺達が来るのを分かっていたところはあるのだろう。俺達からもカーター達に手を振ると、笑顔になっていた。カーター達も元気そうで何よりだ。
馬車を停めて、一旦降りて言葉を交わす。
「明日、テオドール様達のお墓参りが終わってから僕達もリサ様のお墓参りに行って良いでしょうか?」
「それは――うん。母さんも喜ぶと思う」
そう答えると、カーター達は顔を見合わせて嬉しそうにしていた。というわけで俺達が墓参りに向かう大凡の時間を伝えておく。
そうして一旦カーター達と別れ、そのまま馬車に乗って母さんの家へと向かう。
雪はガートナー伯爵領でも降っているが街中と直轄地付近の街道は雪も除けられて綺麗なものだ。母さんの家へと続く森の道も……しっかりと雪が除けられている。
「道中の雪かきについては、騎士団の方達も協力して下さいました」
と、シンシアが嬉しそうに教えてくれた。
「それは心強いね」
「そうですね。巡回の経路に入れてくれているので助かっています。フローリア様もいて下さいますし」
「森の子達も二人の事を教えてくれるから、何かあったら頼ってね」
「ありがとうございます」
ハロルドも穏やかに笑ってそう言うと、フローリアはにこにこしながらそう答える。
ハロルドとシンシアは外壁外での仕事をしているので、場合によってはゴブリンやコボルト等と接触する可能性はあるのだが……その為に飛行用の魔道具であるとか護身用の装備、有事用の通信機と幾つか魔道具を渡しているし、フローリアも2人に加護を与えて見守ってくれているからな。
魔物が近隣に現れたら森の精霊達もフローリアに教えてくれるという事になっているそうで……諸々考えるとハロルドとシンシアに関しては安心感があるかな。護衛用にメダルゴーレムを渡しておく、というのも良いかも知れない。後で話をしてみよう。
そうして森の道を進んでいくと、やがて母さんの家が見えてくる。大きなツリーハウスは階段部分等の雪も除けられて、綺麗になっているのが窺えた。この辺もハロルドとシンシアがやってくれたものだろう。
「おお……。これがテオドール公の母君の……」
「綺麗な場所ですね」
ボルケオールが周囲を見回し、カーラが笑みを浮かべる。魔界の面々は初めて訪れる場所であるため、興味深そうに周囲を見回していた。
「フローリアの本体があるからというのも有るけれど……落ち着く場所ね。魔力が澄んでいて、精霊達も元気だわ」
ジオグランタがそう言って微笑む。
「それではなテオ。明日、頃合いを見てまた来る。何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「はい、父さん。ダリルも、また明日」
「うん。また明日ね」
と、父さん達と言葉を交わす。公式の場ではどうしても貴族としての会話になってしまうが、今はプライベートだからな。そうして父さんは送迎の馬車と共に戻って行った。
ハロルドとシンシアについては、俺達と一緒に母さんの家で一泊というところだ。
さてさて。ではまずは手荷物を置いて、家の中を軽く掃除する事から始めよう。
手荷物については明日の墓参り用の礼服と花束。それに滞在用の衣類に食料品といった内容なので大した量ではない。
そうして家の中に入る。みんなより少し体格の大きいアルディベラも、身を屈めれば普通に家の中に入る事が出来た。
フローリアによれば、顕現できるようになってからは時々家の中も掃除していた、との事で。改めて掃除する必要がない程度には綺麗だ。
「でもまあ、俺達の手でも掃除をするというのは大事な気がする」
「ふふ。じゃあ、今日はみんなにお願いしようかしら」
フローリアは俺の言葉に嬉しそうに表情を綻ばせ、セラフィナも家妖精として思うところがあるのか、うんうんと頷いていた。
そんなわけで寝室、客室に荷物を置いたら早速家の中を掃除していく。
「では――気合を入れて参りたいと思います」
「頑張る!」
と、グレイスが言うとセラフィナも頭巾をして気合の入った表情で拳を上げたりしているが。それを見たマルレーンが真剣な面持ちで拳を上げて、アシュレイやエレナがくすくすと笑う。賑やかで和やか。母さんも好みそうな雰囲気だ。
拭き掃除に掃き掃除。埃はあまりないがフローリアへの感謝も込めて、きちんと磨いておこう。フローリアが嬉しそうににこにことしているのでみんなも楽しそうに掃除を進めた。セラフィナも掃除道具を宙に浮かせて引率するように操って、家妖精としての力を十全に発揮している。
そうして掃除が終わったら食事の準備だ。
みんなで手分けして夕食の準備をしたら、少し周辺の散策に行こうという事で話が纏まった。カレーや白米を用意しておけば、散歩後に美味しく食べられるだろう。




