番外815 次なる幻影劇は
幻影劇にしようと思っているエインフェウスの初代獣王サーヴァについては――言い伝え等を纏めたものではあるのだが、その容姿や功績もしっかりと後世に伝わっている。
猫科の猛獣型。イグナード王やイングウェイと同じく、獣側の気質が強く出た獣人で巨大な牙を持っていたとのことだ。やはり武芸百般に秀で、凄まじい量の闘気を操ったという。
容姿から推測するに――サーベルタイガーと言えば良いのか。その系統の獣人であった事は間違いない。
「サーヴァの姿は幾つかの言い伝えを統合して、それを再現するならこんな感じ、だね」
と、マルレーンのランタンを使って作成途上の幻影劇でも実際にサーヴァのモデルとしている人物の姿をみんなに見せる。今日のフォレスタニアの迎賓館にはジオグランタやメギアストラ女王も遊びに来ている。先日幻影劇場を拡張したという事もあってルーンガルド側の歴史や新しい幻影劇に興味があるという話題から初代獣王の話に発展したのだが、そうした話は興味深く耳を傾けてくれているようだ。
体格のいい、剣歯虎獣人の戦士。サーヴァ王のイメージはそれだ。獣王になるまでは大森林各地を転戦していたので端がボロボロになった長い外套を身に纏ったりと、歴戦の戦士というイメージを演出していたりするが。
「おお。これが初代獣王か」
「あくまで言い伝えから再現したものではありますよ」
と、メギアストラ女王の言葉に苦笑する。
だがまあ、イグナード王やイングウェイ達にも意見を聞いて「獣人族としての感性で格好いい」という評価に収まるように顔立ちや体格、衣装や立ち居振る舞いを調整しているので、エインフェウスの面々にも納得してもらえるのではないだろうか。
サーヴァ王は当時の大森林の支配者層であった者達を大森林の北方へ追いやり、氏族ごとにバラバラであった獣人達を纏め上げ、それからエルフ達とも対等な同盟を結んだ、という事らしい。
「獣人族も色々な氏族がありますが支配者層である一族からは奴隷階級とされていたそうです」
更に力が強いか否か、獣の気質、人の気質が強く出ているかどうかで奴隷の中でも細かく階級を分けられ、獣人同士で中間支配者層を作られ支配されていた、とされる。
支配者層は……獣人族を対等とは認めず獣であるなら支配を受けるべきと位置付け、氏族の中心人物に隷属魔法をかけ、人質とする事で支配を広げていったとか。
この辺のやり方は、深みの魚人族を支配下に置いていたフォルガロ公国のアダルベルトを思い出す所があるな。
それを覆したのが――初代獣王サーヴァであったのだ。そうした当時の状況を幻影に乗せてみんなに見せていく。
サーヴァ王は大森林東方の出身で……力の強い氏族であった為に更に東に広がる魔の森への備えとして置かれていたらしい。
命を受け、森の一角を支配していた老いた幻獣を討伐しようと戦ったという。幻獣は一つの角と八本の足をもつ、巨大な馬だったという話だ。ユニコーンかスレイプニルか。いずれにしても魔力溜まりの多い魔の森にあって、入植を考えられるほどに良好な環境魔力の土地を支配していた森の王、ということらしい。
その幻獣との戦いが転機だ。魔物と違って理知を持つ幻獣はサーヴァ王の力を称賛しつつも憐れんだそうだ。優れた力を持ちながら、自らの意志で戦っていない哀れな戦士だと。
そして――その言葉に思うところのあったサーヴァ王は矛を収める。それは命令への反逆でもあった。
身体に刻まれた隷属の刻印が命令違反に対して与えるのは……壮絶なる苦痛。
それにすら逆らって堂々と立つサーヴァ王を見た老いた幻獣は、自らの角を折り、そしてそれを与えた。我が破邪の力があればその力を断ち切れよう、と。
「老い先短いこの身なれど、真なる勇士に力を貸せるのならば悪くはない」
そう言って幻獣は笑ったと。サーヴァ王は後に語る。だから……エインフェウスの国旗も初代獣王の顔と、一角の幻獣の顔が背中合わせになったシンボルマークなのだ。
本来であれば刻印魔法は一部を削っても傷を黒い墨が埋めるようにして効力を発揮し続けたという話だ。だが、幻獣の破邪の角でつけた傷であれば、刻印の力を断ち切れた。
「幻獣から角を託されたサーヴァ王は――それを用いて奴隷を解放する事を決意しました。それからの動きは迅速でした」
人質を捕らえている中央の施設を襲撃し、重要人物を解放し、そして行方を眩ますように撤退した。追撃してきた部隊を撃退しただけでなく、遭遇した獣人の部隊を説得してその場で味方に引き入れたりもしている。
そうして次にサーヴァ王達が現れたのはエルフ達の集落だ。そこで自分達が氏族や種族に関係なく、分け隔てなく暮らせる国を造りたいとエルフを説き伏せたという。
「それから――あちこち大森林を転戦。色んな氏族を味方に付けて、現在の森の都付近で激突したとか。氏族の力の多寡を問わず対等で、様々な力を以って助け合おうと説いて伏せたのもその頃からだったらしい」
武力に優れた氏族が発言権を多く持つというのは……普通に考えればそうなるのだろうが、獣人族の場合腕力が強くても器用ではない、というケースも多々あった為にそう単純な理屈にはならない下地があったそうだ。
殴り合いは不得手だが弓を扱える者。戦える力はないが武器を作れる者。軍略に長けた者。そして作物を育てる者を敬えと。優れた力の形は無限にあるとサーヴァ王は説いた。奴隷から解放されて尚、彼らの定めた階級に縛られるのは愚かな話だと。
そうして王の下に集う全ての氏族は対等であると定義し、またエインフェウスに連なる氏族の中から誰しもが王になれるシステムを考えたそうだ。
「そうして様々な個性、考え方を持つ氏族達を纏め上げ、とうとう現在の森の都の北部での決戦を制し――サーヴァ王は名実ともに獣王の座に就いたという話です」
シルエットでの簡易な幻影劇ではあるが、それでもみんな喜んでくれた。話が一段落すると耳を傾けていたみんなから大きな拍手が巻き起こる。
「ふむ。様々な種族を総べて……というのは魔王国にも通じる部分のある話だな。面白かった」
と、メギアストラ女王は上機嫌な様子だ。
そういった経緯があっても……武力は国の独立を維持する意味で重要視される項目であるのは確かであり、現在でも武勇に優れる王は武闘派の一族も納得しやすいという側面はあるらしい。
とはいえ、武芸やそれに比肩する能力、実績と人柄が重要視されるので、獣王になるには単純に武芸だけに優れているだけでは駄目で、色々な面から先代獣王と長老達に検分される。その辺イングウェイは長老達からもかなり人望を集めているらしく、次期獣王が有力視されているとの話だ。
まあ……そうした背景があるからエインフェウス王国で騒動を起こしたベルクフリッツも、何人かの長老を取り込んだりと裏での工作をしていたのだろうけれど。
「支配者層、というのは、どういう由来の一族だったのですか?」
と、エレナが少し心配そうに尋ねてくる。ああ。ドラフデニア王国でも呪法絡みらしき事件があったからな。その辺エレナとしてはベシュメルクの何某かが関わっていないか心配なのだろう。
「んー。俺の調べた所によると……多分、月の民でも呪法の民でもないね。刻印の術はエインフェウスの文献に残っているけれど、どちらの術式とも術式系統が違うし、その後の顛末もいくつかの文献で裏付けが取れている」
サーヴァ王との戦いに敗れ、北方に追いやられて凋落してからも陸でも海でも略奪行為を行っていたものの、最終的にはベリオンドーラとエインフェウス両国から海賊、山賊の類と認定されて討伐の対象となり、もう勢力として現存していないようだ。
その辺の事を説明すると、エレナは安心したように胸に手をやって目を閉じていた。
まあ……この辺の情報はな。ホウ国の幻影劇に関しても八卦炉の事など、重要な情報については伏せつつ話をする事にしているし、幻影劇はあくまでエンターテイメントなのだ。現在の状況に影響を与えないよう、色々気を遣って幻影劇に落とし込みたい所だな。




