番外814 幻影劇場改装
さて。エレナとの結婚式の準備も大分進んで、花嫁衣裳も出来上がって来た。
それから数日後には工房の面々と共に、ビオラも加工した指輪を持ってきてくれた。
ミスリル銀の結婚指輪は……俺の指輪と意匠を合わせたものだ。俺の指輪やグレイス達みんなの指輪もそうなのだが、中央台座に配置されたアレキサンドライトの周辺に八芒星の形になるよう魔石が組み合わさるデザインだ。これを……九芒星になるように加工し直している。
「高位精霊の加護を受けている指輪だからもっと大変かと思ったのですが、改めて加工するとすんなりいったと言いますか……魔石を埋め込む部分が術式に反応してくれたのは助かりました」
と、ビオラが仕事の感想を述べる。
「それはまあ、当の高位精霊本人が了解してくれているからね」
そしてこの魔石から感じる魔力反応の穏やかさを見ると……グレイス達もエレナの事を受け入れて、式を待ってくれているということになるか。
返ってきた俺達の指輪を見てみれば8個目までの魔石が強い魔力を宿していて……新しく増やした残り1つの魔石――エレナに相当する魔石がまだ休眠しているといったような魔力反応だ。新しく追加されたエレナの属性を付与した魔石なので、恐らくは呪法発動に向いた魔石になるだろうな。
改めて作ったエレナの指輪はと言えば、現状全ての魔石が休眠状態だ。これは他の指輪と同じ形で作られた物故に、契約魔法が新しく作った指輪にも作用しているのだろう。恐らく、結婚式を経なければこれらの魔石が起動する事もない。
魔力反応から見た今の状態を説明するとみんな興味深そうな反応を見せていた。
「何はともあれ、こういう喜ばしい事に携わる仕事は楽しいですね」
「結婚式も楽しみです……!」
ビオラの言葉に、コマチもそう言って明るい笑顔を見せる。
招待状の手配に結婚式の準備と諸々の手筈も問題ない。
前の結婚式の時とは違いフォレスタニアの領主になってからそこそこ時間も経っているし、街中でも領民や領地を訪問してくる冒険者や商人といった面々に、酒と料理を振る舞う準備も進めているのだ。
グランティオス王国から海洋熟成酒を買ったり、迷宮に行って食材を手に入れたりと、当日の準備は諸々進めてあるので一先ずはこれで大丈夫だろう。
他にもヘリアンサス号への中継やマギアペンギン達が雛も連れて見に来る事等……色々あったりするがこちらも来客への対応に含まれるので家臣団と共に手筈は整えているので問題はなさそうだ。
「今日は幻影劇場の改装予定だったね。僕の出番はまだのようだけれど」
「そうだね。特に急ぎの用が入らなければ、劇場に手を加えていくつもりでいるよ」
アルバートの言葉に答える。
幻影劇場において、アンゼルフ王三部作以外も同時に上映できるように所謂シネマコンプレックス型に改造していくわけだ。その為の資材も手配していたが、とりあえず外装を整える分は集まったので外壁等を延長し、更に建物を大型化する方向で手を加えていく。
新しい幻影劇についても幻影の場面や登場人物の合成音声、効果音等を記録媒体に撮り溜める等して進めているが……幻影劇はそうした用意した映像媒体をしっかりと座席の場所に合わせて調整する必要があるので色々追加していくには時間がかかる。
新しい幻影劇としては初代獣王の話、ホウ国の草原の王と聖王の話といった内容を予定しているが、実際にそれら新作を上映するにはもう少しの時間が必要だろう。
何はともあれ新作の調整をするためには実際に上映場が出来上がっていなければ進まない。まずは今日の改築をしてから、という事になるな。
というわけで、いい頃合いになったのでみんなと共に幻影劇場へと向かう。アルバート達も今日の仕事は一旦切り上げという事で魔法建築を見ていきたいと同行している。
本日改装予定という事で午後からの上映は休みになっているが……うん。何だか事前に今日改装を行う事を告知していたからか、幻影劇場前の通りに見物人が多いな。やはり魔法建築を見に来たという事かも知れない。
ゲオルグ達も人員を置いて、改築現場に人が入らないように規制してくれているようだ。バロールを飛ばして上空から生命反応感知も行い、安全を確認してから作業を開始していく。
まずは土台からという事で、幻影劇場回りの土地に魔力を浸透させる。
「起きろ」
魔力を浸透させた土地をゴーレムに変える。表面から次々起き上がり、表層が起きたら次のゴーレム達が起き上がり……といった感じで必要なところまで掘り下げるわけだ。
下層側のゴーレムは先に起きたゴーレムを変形させて作った階段を登らせるようにして上へと移動。最後に階段になっていたゴーレムを上から引っ張り上げる。ゴーレム達はいつものように空いた土地に移動、体育座りさせて、ブロック化して積んでいく。
「あれが噂のゴーレム行列か……」
と、妙な名称も見物に来ていた冒険者達から聞こえたが。
ともあれ、地下部分を掘り下げたのでしっかりと構造強化で固めて拡張する分の基礎と配管関係をきっちりと仕上げていく。
「これで地下部分は安心かな」
「ん。ありがとう、セラフィナ」
太鼓判を押してくれるセラフィナに頷く。堅固な基礎が出来たら続いて地上一階部分に床張りをしていく。
今回の拡張では最終的に元の6倍もの敷地面積になる予定だ。今までの幻影劇場と建築様式や素材を合わせてそのまま大きくするような感じだな。要するに今は元々劇場のあった土地の周りをL字型に整備をしている。
床張りが終われば外壁作りになるが……この時点で元の幻影劇場の壁を伸長するように広げて元の幻影劇場から屋根を除け、一階部分と二階部分……そしてその間に作業用スペースとなる中二階も作るという割と変則的な建築方式になる。
幻影劇の上映ホールについては天井にも仕掛けがあるので中二階が必要になるわけだな。
「まあ、作業途中でも雨が降ってくるような心配もいらないからね。しっかり作業を進めていこうか」
「うんっ!」
キマイラコートの肩のあたりから顔を出した、ネメアの頭に座っているセラフィナが、にっこりと笑って頷く。ネメアも俺達の言葉に喉を鳴らして頑張って、と言っているようであった。
天候が崩れる心配がいらないというのは、フォレスタニアならでの強みだな。セラフィナと一緒に安全確認をしながらきっちりとした仕事を進めていくとしよう。
そうしてしばらく幻影劇場の拡張作業を進める。上映ホールは広々とした空間であり、それらを複数同じ建物内に抱える事になるので、支えが少なくなってしまうのは致し方ない。
なので要所要所の支柱や壁に魔力変換装甲と同じ素材を組み込み、建物の強度や耐震性を向上させている。
何かの折に負荷がかかればそれは魔力に変換され、幻影劇上映のエネルギーとして転用できる。もし恒常的に負荷がかかっているようなら、建物に歪みなりが生じているという事なのでそれに応じて対応すればいい。
いずれにしても今日の所は建物を縦横に拡張し、各上映ホールに続く通路とトイレを増設した程度なので幻影劇に関わるような特殊作業はない。元々あった上映ホールも……今日の作業が終わればすぐに上映再開可能となるだろう。
そうして中二階、二階部分を造り、屋根も元の幻影劇場の物を拡大して建物に被せてやれば、外装部分は完成だ。見物人達は満足そうな表情である。拍手と歓声に応えるように一礼してから建物の中へと向かう。
まだ各上映ホールは空っぽのスペースでしかないので、そちらに繋がる通路は仮設の壁と扉で封鎖しておく。
「入口の広間も大分広くなったね」
と、アルバートが建物の中を見回して言った。
「この辺を待合所にするとして、入場券や食べ物の販売所、それに厨房と冷蔵庫もかな。劇場を拡張する分に合わせてその辺の設備も大きくする予定だから、実際にはもう少し手狭になるけれど」
「なるほどね。それじゃ後は各上映ホールの調整と内装か」
まあ今日の所はこんなもので。幻影劇場の残りの作業については折を見て進めていくとしよう。




