番外812 新しい生活に向けて
魔界にてミネラリアンから結婚指輪用のアレキサンドライト原石を受け取り……それを工房でビオラに渡して更に数日――。
デイジーの仕立て屋からも、花嫁衣裳が出来上がったと連絡が来た。
新郎は結婚式前に花嫁衣裳は見ない方が良いという習わしがあるので、エレナにグレイス達、パルテニアラとみんなで付き添ってデイジーの店に試着に向かった。
工房からもビオラがみんなと一緒にデイジーの店に足を運んでいる。試着したところを見る事で作成中の婚約指輪と合わせた時の姿をイメージしたい、との事である。
という事もあって、今日は城で働いている文官のみんなと執務の仕事を進めさせてもらっている。
文官のみんなは普段、俺の指示や方針に従って仕事をし、実際の仕事に沿って各種書類を作ったりもしてくれている。それがあるので俺達も戻ってきた時にスムーズに仕事の流れを追ったりできるわけだ。
急ぎの仕事は通信機や水晶板モニターでやりとりして方針を決めたり指示をしたりしているので、これまでのところ仕事は円滑に進んでいるという印象だ。
というわけで、上がってきた書類をバロールやウィズと処理していく。バロールもウィズも計算する仕事は得意分野だからな。決済書の内容があっているか計算してから、確認済み書類の山に重ねる。後は俺もそれを受け取り、内容に目を通してから判子を押していくといった具合だ。
「いやはや。テオドール公のお仕事ぶりを見ると、執務の処理が早いのも納得ですな」
文官の一人がそんな感想を漏らす。
「術式処理の応用で計算をしているから、執務用の魔道具を使っているのに近い感覚ではあるね。それに円滑に進むのは皆の仕事がしっかりしているからというのもあるかな」
「それは……ありがたいお言葉です」
と、文官が答えると、他の面々も笑顔になる。
計算に関してはカドケウスも得意なのだが、今日はグレイス達と一緒だ。花嫁衣裳を見ないようにしているので向こうから連絡がない限りは五感リンクもしないが、何かあった時にはすぐに対応できるよう同行している、というわけだな。
そんな調子で文官達と仕事を進めた後はフォレストバード達と共に街中の視察に向かう。と言っても平和で異常もないと報告では聞いている。
武官達は魔道具を使って湖中の施設まで巡回してくれている。地上も水中もフォレスタニアは外から来ている面々が多い割に治安が良い。
湖の畔の船着き場からちょっとしたスロープが造ってあるので水中呼吸等が組み込まれた魔道具さえあれば簡単に歩いて湖底の設備まで移動できる。
船着き場には巡回する武官用の設備もあって、湖底から上がって来た時に魔道具で水気を飛ばしたり風呂に入ったりもできる仕様だ。
藻等が付着して滑ったりしないように、グランティオス産の塗料で塗装してあるので湖底歩道は綺麗なものだ。石の柱に魔力の明かりも灯っているので昼夜問わず移動もしやすい。
「この辺の歩道や船着き場の施設も含めて、湖底の巡回はみんなどう思っているのかな?」
「他の領地ではない仕事ですが……結構みんな楽しいと思っているみたいですよ」
「最近はマギアペンギンさん達やパラソルオクトさん達も遊びにきていますからねぇ。確かにあれは見ていると和みます」
と、湖底の設備に向かって水の中を進んでいく途中で武官達の反応をフォレストバード達に聞いてみると、ロビンとルシアンがそんな風に言った。
「水に潜るから抵抗がある人もいるかなと思っていたけど、そうでもないみたいだね」
「湖底に来ている海の民は、みんな親切ですからね」
「設備にしても結構巡回する面々には親切な作りですし」
モニカとフィッツが笑う。そうか。好評なようなら良かった。
スロープを降りて湖底に到着すると、早速、話題になっていたマギアペンギン達とパラソルオクトが姿を見せた。
何やら楽しそうに泳いでいるマギアペンギン達の背中にそれぞれパラソルオクトが乗っていたりするが。俺達の姿を認めると湖底歩道まで降りてきてマギアペンギンが挨拶をしてくる。マギアペンギンの肩のあたりからパラソルオクトも姿を見せて「これはテオドール公」「フォレストバードの皆さんも」と挨拶もしてきた。
「ああ。みんな仲が良いようで何よりだ」
「マギアペンギンの皆さんも気さくで遊び好きですから。私達も背中に乗せて貰って、水流操作で加速したりして遊んでいたところなのです」
そんなパラソルオクト達の言葉に、翻訳の魔道具を装着したマギアペンギン達が声を上げる。
「パラソルオクトのみんなは物知りで凄い」
というような事を言っているようで。
「いやはや、そう誉めて頂けると気恥ずかしいものです」
パラソルオクト達も触腕の一本で頬を掻くような仕草を見せ、やや照れくさそうな反応をしていた。
生息域は西の海と南極なのでまるで離れた場所で暮らしている両者ではあるが……こうして仲良く交流してくれるのは嬉しいことだ。
巡回中なので今は一緒には遊べないが――マギアペンギンやパラソルオクト達と少し話をする。そうしてまた泳ぎに行くマギアペンギンとパラソルオクト達に手を振って、湖底の滞在施設の巡回に向かった。
グランティオス風の建築様式を参考にしているので、家々の構造は上部にも出入り口があったりと割と立体的だ。湖底に遊びに来る面々には使いやすいと評判がいい。
窓からマーメイドの子供が顔を覗かせ、こちらに笑顔で手を振ったりして、俺達も笑って軽く手を振り返したりして進んでいく。
円形広場の一角で綺麗な歌声を響かせているセイレーン。円形の広場で魚人族や河童といった面々がその歌声と旋律に耳を傾けていたりして……湖底は上から見ていると神秘的だが、下に降りてみると中々に賑やかな印象がある。
そんな調子で湖底の施設と陸上の街中、一通りの巡回を終えた頃にグレイス達から通信機に連絡が入った。
花嫁衣裳の着付けや微調整、指輪の構想も纏まったのでこれから戻る、との事だ。というわけで、フォレスタニア入り口の塔に向かって合流する。
「エレナさん、お綺麗でした」
「ん。良く似合ってた」
と、グレイスが微笑むとシーラもうんうんと頷く。
「え、ええと、その。ありがとうございます」
そう言って少し頬を赤らめて、はにかんだように微笑むエレナである。
「ビオラさんも合わせた時の構想が纏まったようで、大分気合が入っていた印象でしたよ」
アシュレイが言うと、マルレーンもランタンに触れてにっこりと笑う。
「ランタンの幻術で仕上がりを確認したのかな?」
「はい。色々な装飾を考えていたようですが衣装と合わせて色々考えて……それで少し時間がかかってしまいましたが……」
「まあ、こっちも執務と巡回が終わったところだから丁度良かった。マギアペンギンのみんなも、エレナの事は心配していたから嬉しいって言っていたよ。結婚式も見に行きたいってさ」
先程のマギアペンギンとの会話を伝えるとエレナは胸の辺りに手を当てて微笑んだ。
「マギアペンギンさん達が祝福してくれるというのは……嬉しいですね」
マギアペンギン達が漂着した船を見つけていたからこそ、エレナと出会えたわけだからな。そんなエレナの言葉にパルテニアラも口元に笑みを浮かべて目を閉じる。
「それで……。これから、お城に戻って皆さんの花嫁衣裳も見せて貰えるという事になったのです」
と、楽しそうなエレナだ。ああ。それは何というか……俺としても役得かも知れない。
結婚すればまた今までと少し立場も変わるので、新生活にすぐに馴染めるようにと、最近では色々とグレイス達と話をしているエレナなのである。




