番外810 船長達の祝福
当然、エレナと結婚しての新婚旅行なのだから、エレナの気持ちも大切だ。それをエレナも分かっているからか、一礼して最初に自分の意見を述べる。
「私も……月には是非訪問してみたいです。歴史や和解の経緯があるからこそ、訪れてみたいと申しますか」
と、真剣な表情で答えるエレナである。パルテニアラはこうした現世の事にはあまり口出しをしないが。エレナの返答に静かに目を閉じて穏やかな表情を見せる。
確かに、和解を経ているからこそ、月側から招待した方が話も纏まりやすいというか……招待や歓迎に意味を持たせるにはこのタイミングだからこそというのが大きい。
月の民はエレナとの結婚を祝福しているという意味も込めての招待であり、今後のベシュメルクとの関係を良好なものにしていくという観点でも意義のあるものだ。
ただでさえ月はオリハルコンの管理もあって、送信塔で転移できると言っても気軽に誰でも、というわけにはいかないのだし。
「色々な意味もあるお話だけれど……。それを差し引いても月の都が再建したのなら見てみたくはあるわね。昔とはまた違っていそうだし」
「そうですね。古い都の跡を利用しているけれど、昔の都とはまた少し違っていますよ」
クラウディアがエレナの言葉に微笑みを見せてから言うと、オーレリア女王が答える。
「都の跡と言うと……私達が月に到着して、最初にエスティータやディーンと会った場所ね」
「今どうなっているのかは気になるわね」
と、ステファニアが思案しながらそう言うとローズマリーもフォレスタニアの外壁に映し出されている月を見て頷く。
「月から見るルーンガルドは、綺麗でしたね」
「ん。確かに」
グレイスの言葉にシーラがそう答え、マルレーンがこくこくと頷く。
「ふふ。少し変わった旅行になりそうで楽しみね」
「そうですね。前より沢山の方も目覚めていそうですし」
イルムヒルトが笑い、アシュレイも微笑む。
過去の月の都――あの時は何も残っていなかったが、今はどうなっているのか。
ともあれみんなも乗り気なようなので月旅行に関しては決定という事で問題ないだろう。
「では――月旅行に関しては決定という事で」
「――ありがとう。押しつけがましくならないか不安ではあったけれど、どうしても今回の機会には、という気持ちもあったの。お話が纏まって嬉しいわ。こうしてお話を受けて貰ったからには、みんなに楽しんで貰えるように歓迎の準備を整えておきます」
そう言って、オーレリア女王は嬉しそうな表情を見せる。
過去の出来事とそこに込めた意味合いやら自身の立場への自覚やら……思いを巡らす事はオーレリア女王としても色々あるのだろうけれど、俺達に好意を向けてくれているのは間違いない。
「それは……楽しみにしていますね」
俺の言葉に笑顔のまま頷くオーレリア女王である。
「それから……ボルケオールさん達、魔王国の方々についても月への招待を考えていますが、これは分けた方が良いのか、それとも一緒に、という事で構わないのか意見を聞きたく思います」
少し間を置いて、オーレリア女王が言った。
元々魔界の環境の安定に関する話からの流れでもあるからな。エレナとグレイス達が顔を見合わせて頷き合う。
「私達は同行に関しては問題ありません」
「ん。わかった」
と、グレイス達の言葉に応じて、問題ないとオーレリア女王に伝える。
みんなとしても夫婦水入らずの時間は作れるし、元々貴族家の旅行だと使用人や護衛といった同行者も多くなる傾向にあるので、その点に関してはそういう感覚になるものかも知れない。
と、そこにジオグランタ本体から話を聞いたメギアストラ女王も水晶板越しに話に参加してくる。
『そうした席に加われるというのは喜ばしい事だ。余の訪問も含め、月に向かう人員を考えておこう。予定に関しては問題なく調整できるだろう』
月に連なる血筋でもある俺と、ベシュメルク出身のエレナの結婚の祝福ということで、和解とこれからの友誼という意味合いもあるから、魔界との友誼に関しても共に進めて問題はあるまい。
それから、メギアストラ女王達は少し打ち合わせしていたようだが、やがて魔王国側の話も纏まったようで、オーレリア女王にボルケオールが言った。
「我らは一応、ルーンガルド側の事を記録する立場でいます。記録に残すもの、残すべきではないものを分けて対応するとお約束しましょう」
月は立ち入りを制限せざるを得ない区画も多いからな。その辺の情報は知恵の樹の記憶や手記には残らないようにするというわけだ。知恵の樹もまた将来に渡っての完全な秘匿性をもつものではないと、ボルケオール達としても分かっているという事だろう。後世に情報を残す、残さないは判断が難しいが、この場合魔界ではなく月に関するものだからな。
「それは助かります。オリハルコン関係の事は、まだどうなるか分からないので記録に残さない方が良い、と私も思います」
オーレリア女王はボルケオールの言葉に柔らかく笑って応じるのであった。
そうして――執務や巡回、工房の仕事といった日常と共に諸々の話も進んでいく。
結婚式の準備、招待。月への新婚旅行の準備。ジオグランタとの循環錬気と魔界の安定に関する検証。各国の飛行船建造。幻影劇場の新作と劇場の拡張準備、並行世界干渉に関する仕事……等々。
列挙するとやる事が多いように見えるが、明確な区切りのある仕事となると現状ではそれほどの量でもない。結婚式の準備と招待を確実に進め、区切りの無い仕事は一つ一つ丁寧にじっくりと進めていけばいい。
航路開拓船からも動画がコンスタントに送られてきている。
初回は自己紹介といった内容であったが、2回目、3回目以降は航行の様子や美しい海の風景と共に、船長が今どのあたりにいる等の状況報告をするところから始まる。
船内でどんな料理が出されるかであるとか、実際に船員達が甲板作業をしながら楽しそうに船歌を歌ったり、シーカーやハイダーが防水仕様な事もあって魚人族と一緒に海中散歩をしたり……。船内設備の実演と使ってみての感想等という内容もあった。
総じて船乗り独特の文化や空気感があって色々と興味深い仕上がりだと思う。
実際、オーレリア女王やメギアストラ女王といった面々のウケは良いので、船長とドロレスが話し合って、その辺も主眼にしているのだろう。
俺達としても、船員からの設備の感想が貰えるのは技術面へのフィードバックができるので有難い話だ。
というわけで今日もドロレスの持ってきた配信用の映像を皆と一緒に見せてもらう。
『テオドール公とエレナ様とのご婚約も円満に進んでいるとドロレス殿から聞き及び、誠に喜ばしく存じております。我らヘリアンサス号の船員一同、海の上からで恐縮ですがお喜びを申し上げたく、このような場を用意させていただきました』
と、甲板の船長が帽子を取ってお辞儀をすると、後ろに並んだ船員達も一礼して祝福の言葉を口にしてくれる。
俺達だけでなく、他の人にも見て喜んで貰える内容にしたいという事で、船員達がナイフでジャグリングをしたり甲板の縁でバク転や側転を決めたりと、隠し芸まで披露してくれた。これは――中々に楽しいサプライズだな。
「折角双方向で通信できるんだし、結婚式の様子もヘリアンサス号側でも見てもらうというのは良いかも知れないね」
「外洋の船旅というのは心許ないものですし、時期的にも船員達に楽しんで貰えるかも知れませんね」
俺の言葉にエレナが嬉しそうに笑みを浮かべる。では……船側への中継も決まりという事で。




