番外809 月と魔界
折角迷宮で狩りをしてきたのだから迷宮産の食材で料理を、というのがその後の醍醐味だ。なので市場で食材を買い足し、アルバート達と合流して料理を食べようという話になった。
今日は城に戻ってからも少しやる事があるからな。ブルムウッド達もそれを知っているからか「夕食に迷宮の食材が並べば自分達も新鮮な食材が食べられるから嬉しい」と笑っていた。
ウィスパーマッシュあたりはエリンギのような食感と味で、一体一体がそれなりに大きいので食べ応えがある。なので炒め物を作ったり、炊き込みご飯を作ったりというのに向いている。今回の迷宮探索で確保した量も十分なものだ。
「迷宮から戻ってきた後は、ここで食材を買ってから帰って料理をするというのが日常でしたね。フォレスタニアに住む前のお話ですが」
と、グレイスが微笑むと、魔界の面々も興味深そうに市場を見回す。冒険者が迷宮から狩ってきた色んな食材が並んでいたりするからな。その辺も含めて興味深いのだろうというのは分かる。
というわけで神殿前の市場の関係者には顔見知りも多く、魔王国の話も一般に周知されているので、紹介がてら買い物をして回った。
市場の人達も最初は少し戸惑った様子だったが紹介すると気さくに魔界の面々に挨拶をしてと、異種族の応対に慣れている感がある。
「タームウィルズやフォレスタニアの方々は皆親切ですな。ルーンガルドには同族はおらずともキノコ型の魔物はいると聞いていたので、もっと距離を置いた対応になるのかもと思っておりましたが」
「境界公と行動を共にしている御仁は色んな方がおりますが、紳士的な方々であったり、賢い魔物であったりしますからね。私も以前、荷車が壊れたところを、東国の妖怪さんに助けてもらった事がありますよ」
「知り合いの冒険者もステファニア様の使い魔に助けてもらったと言っていましたな」
ボルケオールの言葉に、若い女性の売り子と露店商が笑って答える。ステファニアがその言葉に微笑んでコルリスの背中を軽くポンポンと撫でると、こくんと頷くコルリスである。
「なるほど。テオドール公や周囲の皆さん、そのお客人方が築いてきた信頼のお陰という事ですね」
そのやりとりに納得したと言うように、うんうんと頷くカーラである。
そうして市場での買い物を済ませてから、アルバート達とも神殿の前で合流した。
「睡眠防止の魔道具だが、ウィスパーマッシュが意外に多くてかなり助けられた」
「あいつら、探知魔法に引っかかるのもお構いなしだったものね。心強かったわ」
「それは何よりだ」
「喜んで貰えて良かったです」
顔を合わせたところでヴェリトやオレリエッタから魔道具の礼を言われて、タルコットとシンディーはそう言って応じる。静かに喜びを噛み締めるような反応のタルコットを見てシンディーも微笑ましそうにしていたりと……タルコットの職人としての気概だとか二人の関係が良好そうである事が見て取れて、俺としても良かったと思う。
フォレスタニアの居城に向かう道中で、通信機に連絡が入った。数日前から受けていた話で、オーレリア女王から訪問の打診を受けているのだ。
ジオグランタとの約束もあり、魔界の環境を安定させる事で今後の方針を色々と検討中ではあるのだが、その事について力になれる事があるのではないかとオーレリア女王から提案してくれた。
魔界の面々――特にボルケオールが実際の迷宮を見て貰った後で話をする方が良いだろうと、今日の夜に予定を合わせていたわけである。
迷宮での付き添いが終わって城に戻る事や今からなら何時でも大丈夫という旨を伝えるとオーレリア女王からも『では、私もその他の予定はもう終わらせておりますので、早速フォレスタニアに向かいますね』と返信があった。
そうしてフォレスタニアに戻る。アルディベラが無事に帰ってきたという事で、エルナータも嬉しそうに母親に抱きつく。
「ふふ。色々狩ってきた。今日の食卓が楽しみだな」
「うんっ」
と、笑顔のベヒモス親子である。
そうして夕食の準備を進めていると、オーレリア女王も訪問してきた。
「こんばんは、テオドール。地上の夕焼けは綺麗ですね」
「ああ。今日は夕焼けが見られましたか」
「ええ。良いものが見られました」
と、上機嫌そうなオーレリア女王である。そんなわけでフォレスタニア城内にある船着き場に移動し、みんなで湖の見える場所で夕食を取る。
キノコとタケノコの炊き込みご飯、豆腐とワカメの味噌汁。ウィスパーマッシュと自家製ベーコンの炒め物。山菜と海老を使った天ぷら。
俺からすると全体的に庶民的な料理ではあるのだが、ルーンガルドと魔界では珍しい料理という位置付けであったりするので歓待や打ち上げ用でも問題無かったりするというか。
因みにタケノコについては夜桜横丁に時々生成される竹林に行けば普通に採取できる。竹自体、色々使い勝手が良いからな。青椒肉絲が作れるとコウギョクも喜んでいた。
「おお、普通の白米も美味いが、これは風味が良いな……」
と、炊き込みご飯を口にしてブルムウッド達も笑顔になっていた。
「これもサクサクとした歯ごたえと香りが何とも言えんな」
天ぷらを口にして表情を明るくするルベレンシアに、シーラもうんうんと頷いている。
炒めたウィスパーマッシュと自家製ベーコンの相性も上々だ。オーレリア女王も料理を口に運んで笑顔になっていた。そうして夕食の席は和やかに進んでいくのであった。
食事も一段落したところで、早速オーレリア女王と話をする。魔界に関する事でもあるので、ボルケオール達も一緒だ。
「魔界の先々に渡っての安定の為に、迷宮のような機構が必要だと考えていると聞きました。月としてもその考えを支援できれば、と思っています」
「それは……ありがたいお話です」
オーレリア女王としてはそうした仕組みを作る為の力になりたい、との事だ。月としても魔界の成立には関わっている部分があるからな。そうして申し出るに足る理由もある、という事だろう。
確かに魔界に迷宮を作るにしても、月の協力があれば仕事を進めやすい。元はと言えば、境界迷宮も月の船を核としているのだし。
「しかし、そうなるとオリハルコンに絡んだお話になるのかしら?」
クラウディアが言うと、オーレリア女王も頷く。
「場合によっては。管理体制も考える必要がありますが、幸い始原の精霊という世界の維持という一点において、これ以上ない程に信頼のできる方がいますから」
「そう、ね。必要な事であるならば協力するわ」
オーレリア女王の言葉にジオグランタのスレイブユニットが頷く。ティエーラ達も魔界に関する事という事で同席している。
呪法技術もある今となってはオリハルコン自体、目的外の事に悪用できないようにロックもかけられる。仮に更なるオリハルコンが必要となったとしても、管理者も含めて安全な体制を作る事は可能だろう。
「では、魔界の安定方法に関してはどんな方法にするにせよ、今後検証してお話を進めていくという事で」
そう言うとオーレリア女王は真剣な表情で頷いた。それから、ふと表情を緩めて話題を変える。
「それと……テオドール達はエレナ嬢との結婚式の準備を進めているようですが、新婚旅行の行先は決まっていますか?」
「それはまだ――ですね」
「では、月への旅行等は如何でしょう。都も大分再建が進んでいますからね」
月の都への旅行か――。前回月を訪問した時はあまり歓待できなかったから、再建したら月の都に来て欲しいとオーレリア女王は言っていたけれど……オリハルコンの事も話題に上がっているからな。いい機会だと思ったのかも知れない。
実際、再建した月の都も中々に興味深い。オーレリア女王は俺達の反応を見るとにっこりと微笑むのであった。




