番外808 森と魔界の住人と
「奥の通路を北に見立てて、東及び北西方向から接近! 植物、キノコ、昆虫型の混合編成!」
探知魔法を見て敵の迫ってくる方向を察知したオレリエッタが声を上げる。
少し開けた場所に入ったところで周囲がざわめき、魔物の襲撃が始まったのだ。探知魔法で魔物が多いのは分かっていたが、石碑と階段があると思われる場所が広場の向こうなのだから致し方ない。通常の冒険者なら通路に少数ずつ呼び出すところだが、オレリエッタの探知術式維持の負担と戦力を考えれば、こうして正面から戦って突破するというのも視野に入れられる。
迫ってくる魔物の気配。すぐさまブルムウッドがマジックサークルを展開して、槍の石突を地面に突き立てる。
一行を守るように、石壁が離れた場所に幾つも飛び出す。戦うスペースは十分。敵の動きを誘導する簡易の砦を作り出した。
ブルムウッドは土属性と親和性の高い魔力資質故に石化のリスクを負う体質であったが、裏を返せば土魔法を得意としているという事でもある。場数を踏んだ優秀な魔法戦士、というのがブルムウッドの魔王国側の認識だ。
そして――そうした防御陣地があろうがなかろうが、そこに侵入者がいるならば無理矢理にでも連係して攻め落とそうとするのが迷宮の魔物だ。木立ちの向こうから突っ込んできたのは、頭部に巨大蜂――ギガホーネットの巣をくっつけたエントだ。アングリーマッシュやキラープラント達もその後に続いて突っ込んでくる。
それを見て取った瞬間、石壁に接敵される前にルベレンシアが獰猛な笑みを浮かべ、翼をはためかせて空中に舞い上がる。
「蜂の巣は我に任せよ! 問題のない相手だ!」
「承知! オレリエッタの守りは任せろ!」
ヴェリトの言葉を受けて、猛烈な勢いで飛んでいったルベレンシアはエントと激突する。魔法生物であるルベレンシアには蜂の毒は効かない。ルベレンシアにとって相性の良い相手というのは間違いない。
炎竜――超高出力の魔石による身体強化。エントに向かって凄まじい勢いで突っ込んで腕を振るえば、巨木が半回転して薙ぎ倒される。巨大蜂達が次々と巣穴から飛び出してルベレンシアに向かっていくが、ミスリル銀の竜爪と竜尾が影をも留めぬ速度で振るわれれば迂闊に近付いた巨大蜂が弾けるように飛び散る。
それでも――尚更にというべきか。昆虫系の魔物は特に退く事を知らない。
数を活かしての四方八方からの殺到。ルベレンシアは空中で敵の注意を引き付ける役を買って出たからか、機動戦には応じない。その場に留まったまま、魔力を増大させる。
「燃え落ちよ!」
裂帛の気合と共に、マジックサークルが閃けばルベレンシアを中心に凄まじい高熱が指向性を以って渦を巻いた。恐らく、魔界の炎竜としての手札だ。竜は強靭な身体能力だけでなく、強力な魔法も操るから最強の幻獣と言われるのだ。
そんな高熱の渦にまともに飛び込んだ蜂達が炎上し、そのまま広がる渦の力で大きく吹き飛ばされる。森の木立ちの中に落ちていくが――そうなれば当然、宵闇の森の樹達が黙っていない。すぐさま根っこが地面から持ち上がり、炎上している蜂達を消火する為に幾度も叩き潰すように振るわれていた。
炎そのものでなく、開けた場所で瞬間的な熱波を浴びせる事で、自分は森の排除対象となる事をきっちりと避けている。この辺、ルベレンシアの戦闘経験が豊富である事を窺わせる。
「どうやら使えるようだな。湿気も多いから、森が燃えるという事もあるまい」
そう言って豪快に笑うルベレンシアである。
一方で地上では――キラープラントやアングリーマッシュが石壁の陣地に殺到していた。
石壁はかなり強固で、宵闇の森の魔物達が衝突しても砕ける気配がない。当然、石壁を乗り越えるか石壁の隙間から突っ込むという事になるが……そうなれば数を頼みに攻める事が出来ない。
ヴェリトが闘気を纏った槍を突き込めば、一直線に並んで突っ込んできたアングリーマッシュとキラープラント達を数体纏めて貫く。貫いた次の瞬間には引き抜き、崩れ落ちる魔物には目もくれず、すぐさま次の一撃、次の一撃と無数の刺突を繰り出す。ヴェリトはマジックサークルを閃かせ、身体の各所に風を纏って動きの速度を加速させているようだ。闘気による強化と相まって、その瞬発力は相当な水準だ。
崩れ落ちた魔物達を足場に石壁を乗り越えようとする魔物を見て取ったブルムウッドが槍の石突を地面に突き立てると、石壁から拳が飛び出して乗り越えかけようとしていた魔物達を吹き飛ばしていた。
「ディアボロス族の皆さんは流石ですね」
「魔王国でも優れた戦士の種族と言われていますからね」
カーラが俺の言葉に頷く。
ディアボロス族は飛行能力や身体能力だけでなく魔法も結構な水準で使いこなせる者が多いようだからな。ブルムウッド達を見ているとそういう評価もよく分かる。エルベルーレの廃墟では……流石に相手が悪かったというところか。
その相手であったアルディベラと言えば――みんなの援護に回っているようだ。石壁を乗り越えてくる相手を無造作に変形させた腕で払い飛ばし、一塊になったところへ変形しながら急降下して踏みつけの一撃を見舞う。
人化の術の一部解除についても目に見えてコツを掴んできているようで、変形の度合いを色々調整しているらしかった。
「うむ。危なげがありませんな」
と、そんな戦闘の様子を見て頷いているボルケオールである。
ともあれ、石壁を守りながら戦うブルムウッド達の対応は大したものだ。ギガホーネットを片付けたルベレンシアも他の魔物を掃討して回り――やがてブルムウッド達は広場に攻めてきた魔物の群れを撃退するのであった。
魔物を撃退して素材を剥ぎ取り、転界石や薬草の類を集めながら森の奥へ進み――そうして無事に石碑と階段を見つけて俺達は迷宮から帰還するのであった。
「ふう……何とか、といったところね」
光に包まれて迷宮入口の広場に戻ってくるとオレリエッタが安堵するように息をついた。探索中はずっと探知の魔法を維持してきたからな。術の維持もだが、間違えないように読み取るのも中々集中力が必要だろう。
「助かったよ、オレリエッタ」
「ええ、任せておいて」
ヴェリトから礼を言われてオレリエッタが笑顔を見せる。そんなヴェリト達のやりとりにブルムウッドが頷いた。
「いい鍛練になるな、これは」
「危なげがなかったので、僕達としても見ていて安心できました」
「今回は助っ人が強力で心強かったというのもあるが」
と苦笑するブルムウッドである。助っ人がアルディベラとルベレンシアだからな。確かに強力だ。
「そういう言葉は、中々に嬉しいものだな」
「うむ。迷宮の探索もこの身に慣れるには最適かも知れん」
アルディベラとルベレンシアもそんな風に言って満足そうな様子だ。
「メギアストラ陛下にも今回の事は報告しておく必要がありますな。陛下ご自身が迷宮に興味を持ちそうな気もしますが」
ボルケオールが目を細めて言う。
「それはあるかも知れませんね」
魔王国としても迷宮を武官の鍛練の場として使えるかも知れない。区画の情報があれば事前に対策も練れるからな。
そうして迷宮で集めた素材を冒険者ギルドに持っていく。宵闇の森で採取できる薬草はポーションの原料にもなるので集めて来て貰った。
流通が増えると冒険者達も助かるのでウケが良い。ギルドからも冒険者からも、魔王国の面々の心象が良くなるだろう。
そうして魔物の素材の一部を売却。キノコや山菜、果実といった食材を確保して、魔界の面々の初めての迷宮探索は終了したのであった。
タルコットとシンディーの魔道具もウィスパーマッシュの術を寄せ付けず……しっかりとした出来で良かったのではないかと思う。




