番外804 ジオグランタとの約束
エレナの花嫁衣裳についてはデイジーの店で、アルケニーの糸を使ったドレスを仕立てて貰っている。その辺はグレイス達が結婚式の準備をしていた時と変わらない。
結婚指輪は、宝石が手に入った後はリングの部分も含めて加工を工房で進めてもらうので、後は待つだけだな。
という訳で結婚式の準備に関しては問題無く進行中だ。
魔界に関してはジオグランタとの約束もあるので、そちらに関しても進めていかなければならない。
「それじゃ、ジオとの約束も進めていこうかな」
「ええ。よろしくお願いするわね」
ネフェリィとモルギオンの家にてお互い椅子に腰かけ、テーブルの上で俺の伸ばした手を取ってもらう形で循環錬気を行っていく。
ジオグランタと循環錬気を行う事でベルムレクスの居場所を特定したように、魔界の歪み、澱みの原因を探っていくというわけだ。
ジオグランタとの循環錬気は――どちらかと言うと俺が広大な海に漂っているような感覚になる。存在としての規模が違うからな。
自我の境界をしっかりと規定して意識が拡散しすぎないように気を付けつつ、感覚だけジオグランタ側に合わせるように広げていく。大きな海の中に、魔力の探知網を同調させて拡げていく感覚。
こうする事で自分の体と同じように異常のある場所を感知できる、というわけだ。歪みの生じやすい場所を探知し、その原因を探っていく。
ジオグランタの魔力は雄大で荒々しい部分もあり、それでいて夜――シェイドに通じるような気配が強い。俺の感知で分かった事をウィズに伝え、後で迷宮核によって分析できるように記録を残していく。
始原の精霊との循環錬気は自我の境界を曖昧なものにしない為にもあまり長時間続けてはできないが……まあ、そのあたりは日を跨いで何回かに分けて行っていけば良いだけの話だ。
「んー。前に夢の世界で循環錬気をした時より安定している気がする、かな」
暫くの間循環錬気を続けてから、顔を上げる。
「構造的に少し不安定なのは私の成り立ち上仕方のない事だけれど……。そうした自覚や今の心情も影響しているのかしらね?」
ジオグランタが首を傾げる。
自覚というのは自分の生まれを認識する事で意識的にそうした不安定さを抑える方向に力が働くという事だとして……心情というのはティエーラと出会うことが出来て、孤独感や不安が薄れた、という事だろうか。
構造的な歪みという原因の他にも、始原の精霊として自分がいずれいなくなれば残せる物も無くなるという不安を抱えていたようだが……ルーンガルドとゲートが繋がる事で、そうした悩みも解決したからな。
「心情が影響する、というのは有りそうな気がするわね。私の場合は、自覚の有無はあまり関係がなかったけれど」
クラウディアが思案しながら頷く。クラウディアも……迷宮管理者を長く続けられるよう、負の感情を迷宮魔物が発散する仕組みになっていたからな。
始原の精霊と世界。管理者と迷宮。繋がり合った構造故に共通点もある。
ティエーラやジオグランタの場合、心理的な側面から生じる澱みも世界に影響するというのは間違いがないだろう。自覚する事で抑えられるかどうかは……もう少し調べないと何とも言えないな。
「……んー。現時点では断言できないけれどその辺もあるかも知れないね。構造的な面から言うなら、魔界の場合は魔力溜まりが歪みを生む原因、かも知れない。魔界は元々全域が強い魔力を宿している場所だから、逆に魔力溜まりに集まっている力が強過ぎるように思う。これは……ルーンガルドと比較しての仮説だけれど」
「ふむ。その仮説が正しい場合……解決する方法は何かあるだろうか?」
メギアストラ女王が自身の顎に手をやりながら尋ねてくる。
「迷宮核で解析しないと正しい分析や対処法だとは言えないところがあるのですが……前提が正しいとした場合はいくつか考えられますね。まず、魔力溜まりの魔力を別の事に活用してしまう、という方法でしょうか」
ルーンガルドで言えば、シルン伯爵領に作った魔力送信塔がそうだ。あれは魔力溜まりのバランスを崩さないように注意しているが。
竜脈や星々の魔力を利用している迷宮もそれに近いとは言えるか。
「その方法で……何か問題が生じる可能性があると?」
「表層に噴出した魔力が他の何か――例えば周囲の環境に影響を与えている可能性がありますね。その辺も検証する必要があるかと」
「なるほどな」
俺の返答にパルテニアラが納得したように頷く。元々魔界の構造が不安定なだけにバランスを崩さないように色々な可能性を考えておく必要がある。
表層に噴出した魔力の行方をしっかりと検証してからなら、この方法も使えるな。魔界の魔力溜まりは強力過ぎる。活火山の火口のようなものと考えると直接的に依存して暮らすのは難しいようにも思うが、生態系ばかりが環境ではないし。
「同様の問題点はあるけれど……竜脈の流れを整えて、魔力溜まりに集中している魔力を弱めてしまうという方法もあるかな」
こちらは利用を考えずに歪みに影響しない程度に抑えてしまうという方法だ。
環境に回る魔力は多くなるが、その分念入りに調整して別の場所に魔力溜まりができないように竜脈を整えなければなるまい。これも迷宮核を使って分析し、長期的視野に基づいた計画を立てる必要があるだろう。
「仮に、危惧したような問題があった時はどうするのかしら?」
「魔力溜まりの魔力を制御して、影響を与えているものに対して機能するようにリソースを割く、と。従来通りの環境になるよう後押しをしつつ、余剰魔力を利用するわけだね」
ステファニアの質問にそう答えるとみんなが安堵したような表情になる。問題があっても対処法はある。要はバランスが取れていればいいのだから。
手を加えた重要ポイントが環境変化を起こさないように制御したり……或いは歪みのポイントが別の場所に移ってしまった場合に環境を整える機能を持った魔法生物を生み出すとか、魔界側に迷宮の機能の一部が届くようにして独立して環境整備を行うとか……まあ、色々と作った物を維持するための方法も考えられるな。
そうした考えを説明するとメギアストラ女王やファンゴノイド達は納得したように頷いていた。
「迷宮の力が魔界側に及ぶように、か。それも面白いかも知れんな」
「いずれにしてもすぐに状況が変わるわけではないけれど……私の心情で安定感が増すというのは良い情報ね」
「ふふ、一緒にいればお互いに良い効果が期待できそうですね」
ジオグランタの言葉にティエーラが笑うとコルティエーラもこくんと頷く。そんなティエーラ達の反応にジオグランタも表情を綻ばせていた。
「それじゃあ、歌を聴いてもらうというのも効果があるのかしら?」
「そうね。楽しいのは歓迎だわ」
イルムヒルトの言葉にジオグランタが頷いて、それを受けてイルムヒルトも楽しそうにリュートを奏で、にこにことしたセラフィナが歌声を響かせる。
コルリスやアンバー、ティール達も床にペタンと座って旋律に合わせて首を軽く動かしたりとリズムを取ったりしている。ルベレンシアもこうした歌であるとかには元々興味津々でメロディに合わせて身体を動かしていた。
そんな様子に俺もみんなと一緒に歌ったりして。歌詞が分からない相手には空中に魔力文字を浮かべる。
メギアストラ女王やファンゴノイド達、魔界の面々も歌を歌ったり身体を揺らしたりとそれに参加して、のんびりとした時間を魔王城で過ごすのであった。
ともあれ、今日もらったデータは迷宮核に持ち帰って解析させてもらおう。
解析結果に応じて何回かに分けて循環錬気を行い、収集した情報をより詳しいものにしていくという事で。




