番外797 高位精霊と人形と
『魔界を訪問するのは楽しみですね』
「ふふ。私もルーンガルドに行くのは楽しみにしているの」
水晶板モニター越しに微笑みあうティエーラとジオグランタである。
仕事が一つ、二つと一段落して目途が立てば、残った仕事にリソースを割ける。その為スレイブユニットの作製に関してもどんどん前に進んでいるのだ。
ティエーラとコルティエーラ、それにジオグランタのスレイブユニットという事で……各国も作製には是非協力したいとの事で。素材はかなり良いものが集まっている。
「ん。表情用の実験装置も面白い」
と、シーラは魔石に触れながら実験装置を動かす。
机の上に置かれた陶器のマスクがシーラの耳と尻尾の動きに反応してコロコロ表情を変えていた。つまりは表情用の魔道具の試作品だな、これは。
五感リンクで連動させて表情を変えさせている当人は……あまり表情を変えずにいつも通りの様子ではあるのだが、耳と尻尾の反応に陶器のマスクが反応しているのが面白いというか……。まあ、シーラは情に厚かったりするし、内面は割と感情表現が豊かであったりするのだが。
「ふふ。いつも耳と尻尾で分かる部分が目に見えると楽しいかも」
と、シーラのウインクに連動してウインクする陶器のマスクに、イルムヒルトが楽しそうに肩を震わせる。
因みに陶器のマスクはカーラ謹製だ。実験用なら素材は木材でも陶器でも良い。
それを半ゴーレムとでも呼ぶべき状態にして、五感リンクの応用で装備者の感情にリンクさせつつ、思考での制御も可能にする、と。
表情の作り方に関してはゴーレム操作の応用だが、あまり不自然な変形はできない。
実際の表情筋で作れる程度までにリミッターがかかっているわけだな。
また、表情筋のこの部分を動かすと、違う部分も引っ張られて……といったノウハウはカーラが非常に詳しく、彼女の研究内容や意見を色々と参考にさせてもらっている。
「パペティア族は魅力的な一瞬の表情を追究して自分の器にも反映させるのです」
と、そう言っていたが。実際カーラの観察眼は大したものだ。表情の作り方にしても、喜怒哀楽の混ざった中間の表情まで細かく設定する事が出来た。
元々決まったパターンを覚えて反応を返すというのはゴーレムの得意分野ではあるし、術者の意図に応じて動いたり動かなかったりという事もできる。
意識せずにいれば反射的に喜怒哀楽の感情を示すようになっているし、逆に意識して気を付けてさえいれば表情に出ないように抑えたり、意図して表情を作る、という事も可能だ。
ミスリル銀線を束にして収めた人工の脊椎に直結しているので……感情と表情が連動して反応する速度も非常に速くなるだろう。そうした技術に対してカーラがクオリティを引き上げてくれているのも有難い話である。
但し、シーラと実験装置の違いを見ても分かる通り、喜怒哀楽等の現れ方の度合いを専用に調整しないと本人らしい表情とはならない。なのでティエーラやジオグランタには色々表情を変えてもらって百面相をしてもらうことでデータ集積をしたりと、色々手間をかけさせてしまっている。
まあ……データ収集の時の本人達は楽しそうにしていたけれど。
その他にも色々ティエーラ達に合わせた感知器官を作っている。ティエーラ達は通常の視界では見ていないので生命反応と魔力反応、精霊達を感知する器官も開発。これは俺の使っている片眼鏡を解析した複製で……使用者の能力に依存するが、実際ティエーラ達に使ってもらった実験の結果としては問題なく機能している事が分かった。
他にも食物の味を感じる味覚ユニット、食べた物から魔力を吸収する胃袋の魔道具や、肌に触れた物を疑似的に感知する魔力の触覚等……既存の技術と新規の技術を色々と組み込んでいる。
スレイブユニットは戦闘用というわけではないが、結局の所ミスリル銀の骨格と神経網、黒ゴーレムの伸縮繊維で作る筋肉というのが最も機能性や生物的な再現性に優れる。そのため、今回はそれらの技術を踏襲しつつ、皮膚にあたる部分に柔軟性のある樹脂を使っていく予定だ。
ふむ。カーラが色々な研究情報を提供してくれたから……黒ゴーレムの筋肉繊維と皮膚を連動させて、実物と同じ仕組みで表情を作る、という事も可能だろうな。ティエーラ達が顕現している姿は肉体とは少し違うので今回はゴーレム式の方が合っているけれど。
「おお、これは良さそうですね」
と、染料を混ぜて色合いを調整していたカーラが満足そうな声を上げた。
「確かに……ジオグランタ様の髪の色合いにそっくりです」
「ローズマリー様の染髪剤がよく出来ているからこそですね」
それを見てグレイスが微笑みを浮かべて言うとカーラが大きく頷いて答える。
「まあ……道具があっても使いこなすのは技量よね」
カーラの言葉を受けてローズマリーは羽扇で表情を隠しつつそんな風に答えているが。
アルケニーの糸を染色して髪の色合いを再現したり、樹脂と混ぜて肌色を調整したり……その辺の仕事もカーラが担当してくれている。
ティエーラとジオグランタの肌と髪の色を再現していたわけだが、肌色の方は樹脂と混ぜての仕上がりを見るので、その辺も含めての調整となると中々に職人技が必要だ。
が……カーラは流石の腕前だ。しっかりとティエーラ達の容姿に合わせて色合いを調整してくれている。ジオグランタのグラデーションのある青い髪の色など、結構な再現度だ。
髪色、肌色についても大丈夫そうなので、スレイブユニットの組み上げも含めて前に進めていく事ができるだろう。
そうして……スレイブユニットの構築もどんどん進んでいった。
骨格、筋組織等の構築は俺の仕事であるが、外装はアルクスやベリウスと違って女性の身体という事もあり、カーラを始め、ローズマリーやフォルセトが作製を担当してくれているので俺としても気が楽だ。
衣服や装飾品もステファニアとエレナが、俺達行きつけの仕立て屋であるデイジーの店に行って用意してくれて……スレイブユニットもしっかりとドレスアップされている。
まだ起動していないスレイブユニットにマルレーンが楽しそうに髪飾りを付けたりと、女性陣は着飾らせるのに随分と盛り上がっていたが。
「では……起動と行きましょうか」
まずはジオグランタからだ。ジオグランタの加護を与えたスレイブユニットの手を取ってもらい……クラウディアの展開する契約魔法で結びつける。スレイブユニットとの間に魔法的な繋がりが生まれ、組み込まれた術式が五感リンクを構築する。
光が収まると、ジオグランタのスレイブユニットが起動する。本人から手を離し、その場で軽く回ったり、表情を変えたりしていた。
「どうやら」
「大丈夫そうね」
と、本体の言葉をスレイブユニットで引き継いだりと、使用感を確かめながら色々遊び心を出しているようだ。起動しているのを見るのは俺達も初めてだが……パッと見で見分けがつかないぐらいに再現度が高いな。服装と魔力波長で見分けがつくが……これは案外、影武者の役もこなせるかも知れない。
「ジオの双子がいるのかと思うほどだな」
『どうですか、ジオ?』
「視界は器の周りしかないけれど良好よ。身体の大きさも殆ど同じで、違和感はないわね」
メギアストラ女王とティエーラの言葉にジオグランタは得意げな笑みを見せた。スレイブユニットの表情も自然な印象だ。本人からデータ収集した甲斐がある。
「では、続いてティエーラ様達ですね」
アシュレイが微笑むとジオグランタはスレイブユニットと動作を揃えて頷く。
「ティエーラ達のスレイブユニットを届けに、ルーンガルドへ行くわね」
『ふふ、コルティエーラと一緒に待っていますね』
ティエーラがそう言って微笑み、ジオグランタも満足そうに頷くのであった。




