番外796 境界門改造
中継拠点の構築を終えてフォレスタニアに帰り、物資の集積や、執務と視察、通常の工房の仕事と魔界への通い仕事を並行して進めていたが――ようやく境界門の改造に手を付けられるようになった。
迷宮で得た資材を改造用に用い、大きな水晶板やら魔石やらを使ってパルテニアラと共に境界門の改造を施していく。
安全性の試算等も既に迷宮核で完了済みだ。パルテニアラがマジックサークルを展開すると、境界門が輝きを纏う。
魔界側にいるエレナと、ルーンガルド側にいるガブリエラがそれぞれの手に持った魔石を境界門の右端、左端に触れさせると、菱形の枠に吸い込まれるように消えて行く。吸い込まれたあたりから光のラインが四方に走ってから、段々と薄れていった。
「これで……魔石に刻まれた術式が境界門に組み込まれたな」
「では早速起動実験といきましょうか」
パルテニアラの言葉にそう答えるとみんなも頷く。
通信用の水晶板は枠と土台を付けて、テレビモニターに近い形に仕上げてある。土台部分に幾つか操作用の溝が掘り込んである。
「始めるわね」
ジオグランタが水晶板を支える土台――操作盤を軽く撫でると溝の部分に光が宿り、水晶板の向こう側に風景が映し出される。そこにはルーンガルド側の水晶板を覗き込むガブリエラの姿があった。対になる水晶板の前にある風景が映し出されているわけだな。境界門越しに見えるガブリエラは横顔が見えているが、水晶板越しに見えるガブリエラは正面から捉えた映像だ。
通信用の水晶板同士で互いの姿を見て、声を聞く事ができる、というわけである。
「私の声が聞こえるかしら?」
『はい。ジオグランタ様。お姿もしっかりと見えております』
と、ガブリエラがモニターの向こうでにっこりとした笑みを浮かべた。
「通常の通信については大丈夫そうですね」
「では、続いて……本命の実験だな」
エレナの言葉に頷いてパルテニアラが言うと、ジオグランタが応じる。
「それじゃあ教えてもらった術式を使って、門を閉じてみるわね」
ジオグランタの足元からマジックサークルが広がる。その術式に反応し境界門が閉ざされる。ルーンガルド側の景色が見えなくなり、蜃気楼のように歪んだ、地下区画の風景が向こうに広がるばかりだ。
ただ――水晶板はガブリエラの姿をそのまま映していた。
『私の声が聞こえますか? 指を何本立てているか見えるでしょうか?』
「3本ですね。見えていますし、聞こえていますよ、ガブリエラ様。そちらではこちらの音声と映像はどうでしょうか?」
ガブリエラの言葉に、エレナが笑顔で答える。ガブリエラに倣うように、エレナも片手で親指だけを畳んで4本の指を立ててみせる。
『ルーンガルドからも見えますし、聞こえます。そちらは4本ですね』
と、お互い指を立てて映像と音声が間違いなく向こうに届いている事を確認する。
二つの世界の接点は境界門だ。あちらの門の枠とこちらの門の枠は呪術的な繋がりがあるので、同系統の術式で映像と音声の信号を門の内部で処理してもらい、中継して双方向に信号発信している、というわけだな。
「ふふ。面白いものね」
ジオグランタの言葉に、エレナとガブリエラも表情を綻ばせて頷く。通信機で離れた場所とやり取りをするのが楽しいのだろう。
とはいえあくまで通信用なので、それ以上の用途には使えない。
通信量に制限を設けているのだ。水晶板を介して境界門や互いの世界間に跨って術を施そうとした場合、通信量のデータが増大するので異常を感知できる。
通信情報量の種類と大きさの異常を感知して、防衛プログラムが起動。通信機能を一時的に遮断するといった仕組みである。
悪意を以ってそういった行為に及んだ場合は、水晶板使用の契約魔法に抵触し、軽いカウンター呪法が作動する。悪意の程度にもよるが……まあ、警告程度で済む内容なら矢印が頭上に張り付き、各所で警報が鳴る、ぐらいで済むか。矢印の呪法は肉体的なダメージが無いだけに強固に作用するからな。
そうした防衛用の術式に関してもテストをしておく。
モニターの向こうの相手に対して詠唱で呪法を届かせようとしたり、メダルゴーレムを用いて光信号に変換した詠唱を行ったり、紋様魔法をモニターに映して向こう側のモニターに映し出される映像で術式を発動させようとしたり……。
オリハルコン等を使って解析するのも防衛プログラムの対象になるな。
色々な方式を試したが、それらのいずれの場合でも防衛プログラムが起動する事を確認した。通報用の魔道具に信号が送られ、ゴーレムの頭上に矢印が浮かぶ。
それを使役して命令した相手――つまり俺も感知して呪法が飛んでくるが、あくまで動作試験なので矢印もすぐに解除される。
因みに、俺がザナエルクとの戦いでやった、呪法で繋がったラインを逆用してカウンター呪法を仕込むという手にも対策済みだ。こういうセキュリティの構築は最終的にいたちごっこになるところはあるが、ファーストコンタクトの時にネタが割れていなければまずこちらからの第一打は機能させられる。
迷宮核とシミュレーションを行って予想される対抗策は既に潰しているから、余程組み込まれた術式の事情に詳しい者が手札を教えていない限りは事前に予測して対処するのは難しいだろう。まあ……今後知り得た技術で前提を崩すものや脆弱性を突くようなものがあればその都度対応する、という事で。
そうして境界門の改造と通信試験も無事に終わり、通信の為の水晶板はセオレムと魔王城にそれぞれ移された。門が閉ざされていても国同士で対話する事が可能な方法を残しておく、というのが今回の境界門改造の理由だからだ。
ネフェリィとモルギオンの家に場所を移し、更に工房の仕事を進めていく。
「続いては――進捗度合い的にはスレイブユニット構築でしょうか」
「それは楽しみだわ。待たせてしまっている炎竜には悪いけれどね」
ジオグランタが微笑むと、魔石に宿る炎竜は問題ない、というように明滅していた。
簡易の感覚器に繋いで意見を確認してみたが、魔石に宿る炎竜としては人間の姿に興味があるらしい。
自分を倒したグレイスもそうだし、ベルムレクスを倒した俺も人型だった。
メギアストラ女王や魔界の竜達、ベヒモス親子、水竜親子と、人化していた姿が楽しそうだったから、というのも炎竜が興味を抱いている理由らしい。
だから……ティエーラ達のスレイブユニットで人の姿をした魔法生物を構築するのなら、そのノウハウを自分の体にも活かしてもらえるなら都合がいい、との事で。
だが、炎竜としては人間の容姿の違いはさっぱりなので、デザインも含めてこっちに一任したいとの事。その話を聞いて喜んでいるのがカーラだ。
「私としては炎竜さんのお姿を作っても良いというのは……ええ、実に楽しみです。うふふふ」
といった調子でかなりテンションを上げている様子であった。
魔王国の面々としてはパペティア族の困った癖ではあるが害はない、との事で。まあ、モチベーションが高いのは良い事ではないだろうか。
ティエーラ達のスレイブユニットは……それぞれが顕現した時の姿を基にしたものだ。五感リンクで感覚を繋ぐのは今まで通りだが……思考と感情に連動して表情も再現できるように、というのが新しいコンセプトだな。
木魔法で構築した樹脂で肌とその質感を再現し、表情の変化はゴーレム技術の応用を考えているが……上手くいくと良いな。
五感リンクのスレイブユニット技術がしっかりと確立したらそれを応用して義手や義足を作るという計画もあるが……人肌の質感の再現ができればその計画にも応用の利く技術になると思うからな。