番外793 境界公の日常業務
「おお、待っておったぞ」
「いらっしゃい、テオドール」
境界門を潜るとメギアストラ女王とジオグランタが笑顔で迎えてくれる。先程一旦別れたティエーラとコルティエーラも、水晶板モニターの向こうで微笑んでいたりする。
「お待たせしました」
こちらも挨拶を返しながらファンゴノイド達の住む区画に移動する。ネフェリィとモルギオンの家は、魔道具を作る為の設備が一式揃っているからな。
ここに資材等を運び、工房の仕事と同様に魔界通いしつつ、ジオグランタの境界門制御の習得や、境界門の改造、スレイブユニットの構築、魔界の環境整備に関する話し合いといった仕事をするわけだ。
日帰りで魔界と行ったり来たりできるし、ルーンガルドで抱えている他の仕事の進捗を見ながら進めていく事になるな。
「あ、みんな……!」
「おお。皆揃っているのだな」
ファンゴノイド達の居住区にはアルディベラとエルナータが遊びに来ていて、俺達の姿を認めると笑顔を見せる。
「こんにちは、二人とも」
エルナータの所にマルレーンとシオン達、双子が嬉しそうに駆けていく。うむ。
そんなわけでファンゴノイドの面々とも挨拶をしつつネフェリィとモルギオンの家に必要な資材を置きにいくが……何やら家の周りに結界が引かれ、内部の湿度等が俺達にとって快適な物に変わっていた。少し涼しく、過ごしやすいぐらいの気温と湿度というか。
「これは――気温や湿度を調整してくれたのですか?」
「この場所で心地良く作業をして貰えたら、我らとしても嬉しいですからな」
「私達は二人の家に立ち入る際は術式を用いれば良いわけですし、使っていない時は結界を解除すればいいので」
俺の言葉にファンゴノイド達が目を細める。
なるほど。有難い話だ。では、色々と仕事を進めていこう。
「では、私達はメギアストラ陛下と飛行船に関する話し合いをしてくるわね」
と、アドリアーナ姫とお祖父さん達がメギアストラ女王と共に立ち上がる。魔王国の飛行船建造における契約だな。重鎮達を交えて、少しばかり話し合いをする必要がある。
「――この術式によって門の開閉ができます。応用で、マジックサークルを少し書き換えてやれば、門に危機が迫った時に遠隔から封印を強固なものにしたり、という事も可能ですね。門に魔力を供給する事で、組み込まれた呪法が力を発揮できるというわけです」
「ふむ。なるほどね」
境界門の開閉についてはエレナも術式を知っているという事で、エレナから刻印の巫女の知識をジオグランタに伝えていく。ジオグランタも真剣な表情で、エレナの伝える内容を反芻する。
その様は――教師と生徒というよりは勉強を教える姉妹、だろうか。ジオグランタの見た目がエレナよりも幼いからな。
その傍らで、俺とパルテニアラ、アルバートも境界門の改造についての話し合いを行う。
「妾が協力しているならという前提条件に限るが、境界門には元より改造……というよりは更新の余地が残してあってな」
「先々の事を考えると、どんな術式で門の封印に対処されるか分からないから……柔軟に対応可能な領域を残した、といったところでしょうか?」
「うむ。その通りだ」
パルテニアラは俺の言葉に満足そうに頷く。
コンピューターのセキュリティのようなもの、という理解で合っているようだ。ウイルスや不具合の対策にパッチを当てられる余地を残しておく、といったところだろうか。
パルテニアラとしても実際に歴代の巫女を通してベシュメルクの時代時代の技術を調べたりもしていたらしい。が……防御手段の構築ならまだしも、魔界側との通信はあまり想定していないとの事で。
「そこでだ。テオドールに術式を組む手伝いをして欲しい」
「分かりました」
流れとしては……まず必要な知識を教えてもらう。その後は通信用の術式を組んでパルテニアラと安全性や脆弱性の検証。然る後に術式を組んでアルバートから魔石に刻んでもらい、それをパルテニアラが実際に門に組み込む、という事になるか。運用における安全性、脆弱性に関しては迷宮核でも検証しておけば間違いがあるまい。
パルテニアラもこちらの作業と並行してジオグランタへの術式伝授をしていく予定なので、俺もきっちりと知識を覚えていかないといけない。パルテニアラと同様に、俺もシャルロッテの封印術の勉強を合間で見たりするしな。
魔道具作りに直接携わらない面々は俺達の仕事の横で空中機動の訓練もしたりするが、シャルロッテにはその中で各種ゴーレムに合わせた封印術の打ち分け等の訓練を積んでもらうとしよう。
「では、早速ではあるが始めるとしよう」
そうして話が纏まったところで、パルテニアラが境界門の構築に関する情報を俺に伝えてくれる。
「私達は食事の準備を進めておきますね」
と、グレイスが微笑んでネフェリィとモルギオンの家の厨房へと向かった。そちらも楽しみだな。諸々頑張っていくとしよう。
そうして――日常の執務や視察、通常の工房の仕事に加え、魔界に通っての仕事が始まった。
境界門の改造についてはパルテニアラの全面的な協力もあり、迷宮核も使って安全性を確認しているので、今抱えている仕事の中では一番早く終わりそうだ。
ジオグランタとの循環錬気も進めている。魔界の安定の為に歪みの原因を特定し、そこから改善のための方法を模索するというわけだ。
総じて、急ぎの仕事は今の所無いので、数日置きに工房での仕事の場所をルーンガルドと魔界で変えたりして、炎竜やゴブリン王の魔石を核とした魔法生物の構築や、東国航路開拓船の開発も並行して進めていく予定である。
「――非常時の退避装置、ですか」
と、グロウフォニカの造船技術者――ドロレスが俺達の持ってきた魔道具を見て目を丸くする。
「難破や座礁、漂流、魔物の襲撃……それに病気の蔓延もあるかな。救命用の小舟では対応できない事態に対する防衛策だね。転移魔法でタームウィルズに帰って来られるというわけです」
乗組員を登録し、契約魔法で結んで転移させるという寸法だ。乗組員だけでなく航海中に人が増えても対応できる。航海の安全度はかなり高くなるだろう。
退避装置に組み込まれているのは転移魔法なので機密性が高いが……まあ、その辺は呪法によって解析等の悪用対策もしてあるので問題はあるまい。これの使い方も覚えて貰えれば幸いである。
「それは……使用する判断は難しいですが心理的には余裕ができそうですね」
俺の言葉にドロレスが明るい表情で笑う。
その他にも、航路のどの辺にいるのかが分かる魔導羅針盤であるとか、落水した場合でも船員の相対的位置を指し示す事で、いち早く危険を察知して対応しやすくするための補助装置。対応の難しい魔物との遭遇を避ける為の装置、浮き輪や避難用ボートも搭載と……航路開拓船には色々な装備がついている。航海中の無事を知らせる通信関係の魔道具もだな。
色々搭載しているので一般的な船に適用するにはコストが高いが……何度か東国との行き来を経て航路の安全性が確立されれば、もう少し安く抑える事もできるだろう。
そんなわけで、それらの使用法や長期航海での知識習得も含めて、船員には訓練を積んで貰っている。
「船体も完成に近づいていますからね。出来上がれば……いよいよ進水式を経て出港という事になりますか」
「そうですね。いよいよです」
と、ドロレスはにっこりと笑う。東国側でも資材を確保できたと連絡が入っているので、進水式を迎える前に航路上に第二の中継地点となる浮島拠点を造る事になるだろう。




