番外792 シルン伯爵領と魔界の住民達
「おお、よくぞ参られました……!」
「お待ちしておりました」
「おはようございます」
シルン伯爵領に飛ぶとケンネルとジョアンナが俺達を迎えてくれる。ミシェルもやって来ていて、俺達の姿を認めると丁寧に挨拶をしてくる。
「おはようございます」
こちらも挨拶をしてから、初対面の顔触れをお互いに紹介する。ファンゴノイド族、ディアボロス族、パペティア族と、それぞれの種族を紹介するとケンネル達は顔と名前、種族を覚えようと真剣な表情で頷き、それから笑顔で握手を交わしていた。
ミシェルの使い魔であるヒュプノラクーンのオルトナも一緒だ。コルリスやラヴィーネ、ティール達……。動物組や魔法生物組と再会の挨拶を交わしたり、初対面となるアンバーとも握手をしたりしていた。
コルリスが帰ってきた事で安心したのか、アンバーも一緒に行動しているのだ。
魔王国の面々も交えての領地視察という事で、引き続きフォレストバードも一緒だ。場所が変わっても同じ相手と意見交換できた方がヴェリト達としても分かりやすいだろうからな。
とは言っても……シルン伯爵領に関しては魔力溜まりと隣接する街道を除けば、割と長閑で治安は良いのだが。
そんなわけで、ケンネルに淹れてもらったお茶を飲んで少し休憩してからジョアンナやミシェルも一緒に伯爵領へと繰り出す。
ケンネルも「お気をつけていってらっしゃいませ」と笑顔で見送ってくれた。
俺達が姿を見せると普段のシルン伯爵領の様子が見られないという事で騒ぎにならないように馬車に乗って、迷彩フィールドを展開。シルン伯爵領は以前来た時とは変わらず……いや、警備隊を始めとした武官の訓練が進んでいるという事もあって、真面目に巡回もしているようだ。
体格や身のこなしもきっちり訓練されている事を窺わせるもので、巡回も要点を抑えているな。
「なるほどな。流石に巡回も要点を抑えていて効率もいい」
「伯爵領の武官さん達は、地元出身の方が多いと思いますからねぇ」
それを見てフォレストバードとブルムウッド達が意見を交わしたりしているが。
排他的だったり高圧的だったりという事もなく、住民や冒険者達とも気さくに挨拶を交わしていたりする姿も見られた。
「ここまで来るには色々と苦労なさったのでは?」
「私はそこまでは。ケンネル様は最初の内だけ少し苦労したと。ベリーネ様も協力して下さいましたし、アシュレイ様とテオドール様の王都でのご活躍を聞いて、武官達も奮起していたところがありますから、やはり人徳というところでしょう」
俺からそう尋ねると、ジョアンナは相好を崩して答える。
「いえ。私も領地に携われるようになったのは最近のお話ですから。ケンネルやジョアンナには感謝していますよ」
「勿体ないお言葉です」
アシュレイの言葉に、ジョアンナははにかんだように笑ってお辞儀をする。それからジョアンナは最近の状況等も報告という形で教えてくれた。
「アシュレイ様の仰せの通り、街道付近に施設を置いて、そこに交代制で兵士を常駐させております。武官達や冒険者達、それぞれからも何かあった時に安心できると好評ですね」
街道は魔力溜まりが近いからな。冒険者達が定期的に魔物を討伐する必要があるがそれでも危険はつきものだ。
そこで炭焼き小屋に隣接するように物見櫓を置く事で、煙が上がっている場所を目指せば森の中からでも割と簡単に避難が可能というわけだ。
見た目は木造の物見櫓と泊まり込みできる炭焼き小屋、それを囲う柵がある程度だが、有事にはしっかりとした結界を張る事が出来て、炭焼き小屋を利用する事で狼煙も上げられる。
保存食やアシュレイの属性を刻んだ魔石に治癒、解毒の魔道具も置かれているという……まあ、中々の設備だ。シルン伯爵領だけではなく、街道の安全にかかわるものなので、建築に当たっては父さんも協力してくれている。
森の中では魔力送信塔も目印にできるが……あちらはセキュリティ関係の問題もあるからな。逃げ込めれば安全だとしても、もう少し気軽に避難できる場所が必要だったのだ。いずれにしても、炭焼き小屋と魔力送信塔があれば森でも現在位置を見失う事はない。
「なるほど……。それは武官達には喜ばれるでしょう」
と、ボルケオールは制度を聞いて感心するように頷いていた。
そうして今度は麦畑を見たり、ミシェルと進めているノーブルリーフ農法と試験用水田を見学したりしていく。
「温室に水田……。素晴らしい施設と研究ですな。私達は魔王国では内政に関わる事が多かったですから農業分野には興味があります」
「ああ、それは嬉しいですね」
と、ボルケオールが目を細めるとミシェルも明るい笑顔で応じて、色々とお互いに質問をしたりしていた。ルーンガルドと魔界では色々植生が違うからな。その辺の認識の違いを埋めつつ役に立つのではないかという知識を交換し合ったりという具合だ。
その傍らでカーラは麦畑を見て感動していたり、オレリエッタがノーブルリーフを見て楽しそうな様子を見せていたりして。
ともあれ、シルン伯爵領は諸々順調且つ平和な様子だ。魔王国の面々にとっても今回の視察が充実したものになったようで何よりである。
そうして執務回りの仕事も終えてフォレスタニアに戻ってくる。連絡を受けたアルバートとオフィーリア、そして工房の面々、アドリアーナ姫と七家の長老、シャルロッテも姿を見せていた。
「やあ、テオ君」
「ああ、アルバート」
と、アルバートとそんな調子で軽い挨拶を交わす。
「ご婚約おめでとうございます、エレナ様」
「此度のお話は喜ばしい事です」
「おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
オフィーリアやアドリアーナ姫、エルハーム姫やシャルロッテに祝福の言葉をかけられ、はにかんだように微笑んで返事をするエレナである。そんなエレナの反応にパルテニアラも上機嫌そうだ。
さてさて。執務もきっちりこなしてきたので心置きなく次の仕事に移れる。工房の面々と魔王国でこれから仕事をしてくるというわけだ。
アドリアーナ姫と七家の長老は――エベルバート王の名代だ。魔王国も飛行船を所有するにあたり、正式に使いを出して造船の為の契約を取り交わして来る予定であるらしい。
シャルロッテに関しては俺達が魔界で仕事をするという事もあり、合間を見て封印術の勉強と修業を行えるように同行するわけだな。
みんなも軽めではあるが旅支度を整えて準備万端といった様子である。シャルロッテはアドリアーナ姫の使い魔であるフラミアを腕に抱えてご満悦といった様子だが。
「気を付けて行ってきて下さいね」
『ふふ。私はこっちで待っているわ』
と、工房の椅子に腰かけたティエーラが微笑み、水晶板モニターの向こうにいるジオグランタが笑う。ティエーラの膝の上にはジオグランタと通信を行う為のシーカーがちょこんと座っていて、ティエーラの顔を映す為に見上げていたりして。
ティエーラとジオグランタとの通信の場合、声が届けばいいので必ずしも顔を映す必要はないのだが、シーカーは中継の仕事を律儀にこなしているわけだ。そんなシーカーを楽しそうにティエーラは軽く撫でたりしているようだ。
「では――そろそろ行きましょうか」
「はい、クラウディア様」
クラウディアの言葉にグレイスが微笑んで頷く。今回の魔界行きに関しては重要な仕事ではあるが、王都で工房のみんなとの仕事になるから割合気楽な物だ。
そうしてティエーラやコルティエーラ、ヴィンクル。そしてセシリア達、城の皆に見送られるようにして、俺達はクラウディアの転移魔法で転移港へと飛んだのであった。
人数、人員が揃っている事を確認し、浮遊要塞の回廊に繋がる転移門から改めて迷宮奥へと飛ぶ。そうして回廊と庭園を通り境界門の所までくると、門の向こうにはジオグランタとメギアストラ女王も出迎えに来てくれていて、俺達の姿を認めると笑顔を向けてくれるのであった。




