番外791 境界公の領地視察
魔界の面々も一旦帰ったところで、執務を終わらせてフォレスタニアとシルン伯爵領の領地視察を行う。
執務に関しては魔界の面々の歓待までに色々進めていた事もあって、然程の量が残っているわけではないが色々と予定が控えていたので、重要度の低いものは後回しにしていたところがある。
まずはそういった仕事からみんなで進めていく。
「この書類はこの棚へ。書類の種類ごとに番号が決まっているから、慣れてくればどこに保管すればいいかもすぐに分かるわ」
と、ローズマリーが書類をアピラシアに見せて説明する。
アピラシアはこくんと頷くと書類の種類と一覧表を確認し、働き蜂達を制御して分担作業を行っていく。
アピラシアの働き蜂やマクスウェルやアルクスもこうした執務の仕事を手伝ってみたいとの事で、スレイブユニットで手伝って貰っている。
まず書類の保管の方法を覚えて貰って、概ねの種類を覚えたら決済前に分類してもらう。それらに慣れたら計算等に間違いがないかチェック等もしてもらう、と。そんな感じでアピラシア達にも手伝いをしやすいように仕事を進めていけば良いだろう。
「お茶が入りました」
そうやって仕事を進めているとグレイスとエレナ、ヴィアムスがお茶と焼き菓子を持ってきてくれた。エレナは現時点では婚約者でベシュメルクからの客でもある為に執務に携わるのは些か問題があるので、グレイスと一緒に焼き菓子を作ったりしてくれたというわけだ。
ヴィアムスも深みの魚人族の集落に所属している身だからな。スレイブユニットで気軽にこちらに顔を見せる事もできるが、執務ではなく他の仕事を手伝って貰っている、というわけである。
「それじゃ、合流して少し休憩しようか」
『はい、テオドール様』
一旦シルン伯爵領の仕事をしているアシュレイ達とも合流し、執務室の一角にあるソファに腰かけて、休憩をする。
休憩という事で、お茶と焼き菓子を頂きつつ、魔法生物組にも魔力補給をしていく。
「主殿の魔力補給は循環錬気も用いるからか、活動時間が伸びたり、調子が良くなるのが良いな」
「確かに」
と、マクスウェルの言葉にアルクスが答える。それに同意するようにヴィアムスやアピラシア、カドケウス達もうんうんと頷いて、外套掛けにかかっているキマイラコートからもネメアとカペラが顔を出して同意していた。
そんな魔法生物達の反応に、マルレーン達もにこにことした反応を見せる。
「喜んで貰えて何よりだよ」
と、笑って焼き菓子を齧る。そうして一休みを挟みつつ和やかな空気の中で執務を進めたのであった。
街中の視察には、魔王国から出向中の面々も付き添ってくれる。ボルケオールは魔王国の顔触れが姿を見せる事でルーンガルド側に魔界の住民が受け入れられやすくする。カーラは手記を書くにあたって参考になるから。
ブルムウッド達は二人の護衛を行うと共に、フォレスタニアの武官の動きを見て、護衛や警備の仕事の今後の参考にする為にそれぞれ同行するというわけだ。
その為、俺達としてもヴェリト達に立場が近しい所のあるフォレストバード達に同行してもらった。
引き合わせると、互いに挨拶をし合う。宴会の席でフォレストバードとディアボロス族は既に面識があるようで、初対面ではなかったようだ。
気さくな雰囲気で挨拶をし合っているあたり、フォレストバードの人当たりが良いというのもあるが、ヴェリト達と性格的に合う部分もあるのだろう。
「俺達は冒険者上がりなんですが、参考にしても大丈夫なのでしょうか?」
「そういう事なら問題ないよ。ヴェリト達も……魔界には冒険者制度はないけれど、狩人として生計を立てたりしていた時期があるみたいだから、寧ろロビン達の動きや考え方の方が参考になるかも知れない」
「なるほど。そういう事でしたかぁ」
ロビンの言葉にそう説明をすると、ルシアンも納得したというように頷いていた。
「俺達から見ても、フォレストバードの動きや考え方は警備や巡回の良い参考になったな」
「そうですな。我々は街中での活動には不慣れでしたから」
と、テスディロスが言うとウィンベルグも頷く。フォレストバード達がヴェリト達と行動を共にするので、警備や護衛の応援もしてもらえば安心というわけだ。
見送りのゲオルグも「若手が才気溢れる者達というのは良いものですな」と笑みを見せていたりして。
「んー。そんな風に褒められると少し気恥ずかしいけど……。動きや警戒の仕方も冒険者風になってしまうし、私達も街中を巡回していてこういう場所が気になるとか、そんな話でいいなら」
モニカが言うとヴェリトが笑顔で応じる。
「それは助かる。ブルムウッドはともかく、俺達は街中の警備任務は経験がないんだ」
「暫くこっちに残って護衛もするって話だったし、そうなるとタームウィルズやフォレスタニアの土地勘とかは俺達が思っている以上に重要かもな」
フィッツがそう言ってフォレストバード達も顔を見合わせ、真剣な表情でディアボロス族の面々と段取りを相談している様子だった。
「では、いってらっしゃいませ」
「ええ、行ってくるわね」
ゲオルグに見送りの言葉をかけられてステファニアも笑みを浮かべる。
そうして街中に繰り出し、あちこち見て回る。大通りから裏通り。一通り巡回していく。
「こことか、普通に歩いてるだけじゃ見通しの悪くなりがちな路地なんかは一応重点的に見てるな」
「まあ……フォレスタニアは治安が良いし、見通しの悪い場所も少ないんだけどな。ここだってこうやって覗き込むだけで状況が分かるし」
ロビンとフィッツが路地を覗き込んでそう言うと、ヴェリト達も真剣な表情で頷く。
「というか、通りも基本的に見通しが良いのよね。歩道と車道が明確に分かれているから、馬車が来ると曲がり角でも早めに目に入ったりするし」
「その辺はやはりテオドール公の手腕というわけですね」
モニカの言葉に、カーラが感心したように頷き、メモに筆を走らせていた。
街並みは一から好きにデザインできたわけだし、区画を作る際に景久の記憶があったから現代日本的な交通の安全性だとか、そのへんの事を多少意識したのは事実だ。
「まあ出会い頭の事故とか、防げるものなら防ぎたいからね」
とまあ、そんなやり取りを交わしつつ、俺達はフォレスタニアの巡回を進める。
フォレスタニアの領内視察が終わればシルン伯爵領だ。
「シルンの警備隊も再編が進んで、部隊の規律、練度共に改善してきたように思います。私も手が空いた時にテオドール様との訓練を参考に、武官の方々と氷像による訓練をさせてもらっているのですが、良い動きをするようになってきましたよ」
と、アシュレイが微笑む。アシュレイの場合、ゴーレム制御とは少し違って直接氷像を操る方式ではあるが……アシュレイの制御能力も結構高いので中々に高度な訓練になっている。
アシュレイは「まだまだです」と謙遜していたが、武官達はアシュレイの魔法制御能力に衝撃を受けているようで。「アシュレイ様が頑張っているのだから、自分達も頑張らないと!」と、奮起している所があると、ケンネルからは聞いている。
アシュレイが病弱だった頃であるとか、元警備隊長オスロの不祥事を知っているからこそ、今度こそはしっかりしなくてはと思うところがあるのだろう。領主と領民を守るのが彼らの仕事だしな。
まあ、ジョアンナもしっかり仕事をしてくれているようだし、冒険者との仲も良好だ。シルン伯爵領については色々と明るい情報も多いので、俺としてはこのままあまり影響力を出さない方向で見守っていくのが良いだろう。




