番外790 魔王の帰還とこれからの事を
夕食の席は城の船着き場で行う事になった。食事を済ませたらそのまま湖の遊覧に出かける、という事で。
今回はマンモス肉のカツの他、エビフライとカキフライ、サラダ、味噌汁、白米といった感じに、揚げ物をメインにした献立となっている。
ソースは個々人の好みに合わせタルタルソース、デミグラス、醤油の他にも、好みでウスターソース等も用意してある。これも迷宮核で製造法を試算したりしたものだな。
そうやって個々人に定食風に配膳する。ご飯や味噌汁、カツやフライのお代わり、唐揚げ等々も大皿に盛ってテーブルに用意される。
「おお。何というか、タレが複雑な味わいだな……!」
「これは美味い……!」
「うむ……うむ。揚げた衣の香ばしさとソースが肉の味を引き立てているのだな」
「肉も、これは柔らかくて美味いな」
と、揚げたてのカツを口にした竜達が声を漏らすと、メギアストラ女王とアルディベラも声をあげていた。
竜達とアルディベラは魚や肉料理は好みなようで。人化の術を取っているとはいえ、量も食べられるのでカツは多めに用意してある。
俺も出来たてのカツを頂く。衣のサクサクとした歯ごたえや揚げ物の香ばしさと共に肉汁が口の中に広がる。
ああ確かに……これは良い出来だ。ソースも迷宮核でシミュレートを行って作っただけに、良い再現率であると言えよう。
「ん。揚げ物も好き」
と、そんな風に呟くシーラはと言えば、早々にエビフライのお代わりを貰いに行っていた。やはり海の幸が好みなようで。
そうして頃合いを見計らってイルムヒルトがリュートを奏でたりと、賑やかに時間が過ぎていくのであった。
食事も一段落するとすっかり日も落ちて夜になった。魔界の面々も魔道具無しでも問題ない頃合いと言えるだろう。
「そろそろ魔道具は必要ない頃合いかも知れませんね。湖の上に繰り出しても眩しくないかと」
「おお。では遊覧に向かうとしようか。だが、魔道具に関してはこのままでも良いような気がするな。光の加減等、そなた達の普段見ている物を見られるというのは悪くない」
メギアストラ女王は俺の言葉にそんな風に答えて笑う。そんなメギアストラ女王の考えを、他の面々も気に入ったらしい。
「それも楽しそうですな」
「私もしてみたいな」
ボルケオールとエルナータが言って、他の面々も頷く。では魔道具に関しては起動させたまま遊覧に向かうという事で。
「分かりました。魔道具を使ったままだと夜の湖は少し暗いと思うので、落ちないように気を付けてください。水中呼吸の魔道具もお渡ししておきます」
というわけで、みんなで遊覧船に乗って湖上へと繰り出す。
酒や食後のデザート等を船に積んでいるのでその辺も併せて楽しんで貰えればというところだ。
日中のフォレスタニア湖は静かなもので、鏡のような水面を湛えているが、夜になるとまた雰囲気が変わる。街や城が湖面に反射したり、湖底滞在施設の灯りが湖底で揺らめいていたり、かなり幻想的な光景になるのだ。
「これは……綺麗だな」
とブルムウッドが言う。魔界の都市でも色々な照明が幻想的な風景を作っていたからな。ルーンガルドと魔界の環境は違うので美観やセンスも異なってくるが、こうした照明によるコントラストは魔界の住民にも綺麗だと思って貰えるようで。
思えば境界劇場の演出も光を使っていたし、浮遊要塞の歓迎用庭園もフェアリーライトやライトアップした水路を用意していたからな。
その辺の事もあって、魔界の住民にもウケが良かったのかも知れない。
アイスクリームや冷やしたゼリー等を食べながら遊覧していると、海の民の面々も挨拶にきてくれたりして。湖面に上がってきたパラソルオクトがエルナータと握手をかわしたりしていた。
そんな調子で海の民と交流をしつつ音楽を奏でて、ゆっくりとした速度で湖を遊覧して俺達は城へと戻ったのであった。
夕食や遊覧を終えてからは、迎賓館のサロンで時間を過ごす。一通りの見学も終わって後はゆっくりと滞在していって貰えればというところだ。
『それでは、歓迎式典以降は頼むわね』
「はい、ジオグランタ様。お任せください」
と、ジオグランタとパルテニアラが魔界の面々が帰還した後の予定について話し合う。
パルテニアラにはジオグランタへ扉の制御に関わる術式の伝達する必要があるからな。
同時に、俺達としても境界門に関しては閉ざされている間の情報伝達手段を整える必要があるので、パルテニアラと協力して門を改造、術式を組み込むといった仕事を進めなければならない。
ジオグランタとティエーラのスレイブユニットを製作する仕事もあるが、それら諸々を含めてパルテニアラと一緒に仕事を進める方が効率的なので、アルバート達と魔王城に赴いて工房の仕事をすることになっている。
そんなわけで歓待が終わったらパルテニアラと俺達で一緒に魔界に行って仕事をする予定という事で、エレナも嬉しそうにしているのであった。
そうして……魔界の面々は何日かルーンガルドに滞在してから魔界へと帰る日がやってきた。
メギアストラ女王達とはまたすぐに魔界で会うことになるが、見送りに行くと嬉しそうな表情を見せてくれる。
「いやはや。ルーンガルドの滞在……。実に堪能させてもらった」
折角転移門もあるという事で、滞在中にルーンガルドのあちこちを見て回ったのだ。
平原と砂漠のバハルザード。大森林のあるエインフェウス。海底に都を構えるグランティオス。海洋国家のグロウフォニカ。文化がこちらとまた違うヒタカノクニやホウ国……。
グロウフォニカとグランティオスに関しては海に馴染みが無い面々が多いし、そもそも魔界の海とは別物だから、魔界の面々もかなり盛り上がっていたな。
「それは何よりです」
「うむ。テオドール達とは日を置かずにまた会うことになるとは思うが、今後ともよろしく頼む。余はあまり留守にしてばかりというわけにはいかんが、折角気軽に訪問する事も可能になったわけだからな。これ以後も時々、厄介になりに来るかも知れん」
メギアストラ女王は大分こちらでの滞在が気に入ったようで。ベヒモス親子や竜達も頷いていた。
「その時は歓迎しますよ。領主なので不在の事もあるかとは思いますが」
現時点でちょくちょくあちこちから遊びに来ている面々がいるし、受け入れ体勢については問題あるまい。
魔王国からの大使であるボルケオール。スレイブユニット作成の手伝いをしてくれるカーラ。ボルケオール達の護衛であるブルムウッド達は引き続きルーンガルド側へ残る予定だ。
「またね、エルナータちゃん」
「うん。またね」
「私達も仕事の手伝いで魔界に行くから」
「うんっ、その時に会えるね」
エルナータはすっかり年少組とも打ち解けたようで。シオン達やカルセドネとシトリア、それにラスノーテとも別れを惜しんで言葉を交わしているようだった。年少組で抱擁し合う。そんなエルナータの様子を見てみんなも表情を綻ばせていた。
そうしてみんなと挨拶を交わし……転移門を通って魔界の面々は帰って行ったのであった。
魔界の面々が帰っていくと少し寂しいような空気にもなるが……。
「それじゃあ……帰ってから、まずは領地の仕事から進めていこうか」
少ししんみりとした雰囲気を変えるように言うと、グレイス達も笑顔で頷く。
「そうですね。執務が終われば魔界のお仕事にも取り掛かれますし」
歓待もあって、執務も少し後回しになっているところがあるからな。そっちを万全にしてしまえば、魔界に関する仕事も心おきなく進めていけるだろう。
いつも拙作をお読みいただき、誠にありがとうございます!
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