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147 妖精の踊り

「お花見?」


 尋ねるとクラウディアは目を丸くした。

 朝起きると、身体の調子が元に戻っていたので、予定通りに花見の計画を立てているわけだ。

 怠さや身体の重さは粗方取れた。取れたというか、寧ろ調子が良いぐらいだ。


「うん。春だし近場で良さそうな所を探して、みんなで出かけようと思うんだけど。クラウディアも一緒にどうかな」


 聞いてみると、クラウディアは意外そうに目を丸くする。


「……そんなお誘いは、初めてだわ」

「他の人も来ると思うから……迷惑だったかな?」


 クラウディアは人目を避けたがっているようだったが……どうだろうか。


「そんなことはないけれど。来るのは、テオドールの知り合いなのよね?」

「まあ、そうなるかな」


 少し考えた後で、彼女は答える。


「ええ。私で良かったら、ご一緒させてもらうわ。快気祝いで、祝勝会だもの」


 クラウディアが来ると聞いて、イルムヒルトが表情を明るくする。


「それに、あなたの身の周りの人達を見ておくというのは、私にとっても、タームウィルズの現在と、これからを知るのに大切な事だと思うわ」


 彼女にとっても、か。参考になるかどうかは分からないが。


「……もし迷宮から遠くには行けないとかなら、タームウィルズ内で良さそうな場所を探してみるよ」

「制限はあるけれど、別に遠くへ行けないわけではないわ。それに、この近辺なら問題ないでしょう。旧坑道の山だって、迷宮の上だもの」

「なるほど」


 となれば、クラウディアの行動可能な範囲は意外に広いという事になる。今日はリンドブルムに乗って出かけて、タームウィルズ周辺で花見に丁度良い場所を探してくる予定だ。実際には他の皆にも声をかけ準備をしてから出かけようと思うのだが。


「ちなみに、制限って言うと?」

「あまり長時間迷宮から離れていると、力が回復せずに衰弱したりしてしまうというところかしらね。それでもある程度融通は利くわ」


 と言ってクラウディアは目を閉じて自嘲気味に笑った。花見程度の短時間の外出ならどちらにせよ問題ないというところか。


「では私は当日持っていくお弁当の、食材などを買い出しに行きたいと思います」

「グレイス様が出かけるのでしたら私もご一緒します」

「なら私も」


 アシュレイとシーラはグレイスに同行するという事らしい。

 家に残るのはマルレーンとイルムヒルト、それからクラウディア。ラヴィーネも家で留守番だ。花見の場所を探しに行くのならと、セラフィナが同行するということになった。

 妖精の気配を辿れば良さそうな場所や満開になる時期が分かるという事らしい。





「じゃあ行ってくる」

「病み上がりですから、無理なさらないでくださいね」

「ああ。気を付けるよ」


 グレイスに応えてリンドブルムで空を飛ぶ。

 身体に当たる風を魔法で遮れば、後は心地の良い春の日差しと晴れ渡る青い空、上空から見るタームウィルズという景色が広がるだけだ。


「とりあえず近くの森と山を適当に飛んで見て回ろうか。セラフィナが気になる場所があったら、そこを見に行ってみるということで」

「うん。任せてテオドール」


 肩に乗せたセラフィナに言うと、彼女は嬉しそうに頷いた。

 グレイスは病み上がりだからと心配していたが、体調はすこぶる良い。

 魔力が研ぎ澄まされて、身体の隅々まで力が満ちている感覚がある。体調不良から回復した落差だろうか? 怠さが取れたから余計に身体が軽く感じる部分があるのかも知れない。天気が良くて暖かいという、気分的なものもあるだろうが。


「よし。リンドブルム。もっと飛ばしていいぞ」


 リンドブルムは一声上げるとぐんぐん速度を増していく。セラフィナが楽しそうに笑った。

 リンドブルムが飛び回って花が見れる場所を探す傍ら、通信機の方をチェックする。あちこちからお見舞いの言葉が入っていたので、お礼の言葉と共に花見の事を情報として皆に回しておくことにした。


『花見には僕も行くよ。オフィーリアやビオラも一緒でいいかな?』


 という返答はアルバートからのものである。当然了解の返事をしておいた。


「あの辺、いいかも」


 セラフィナが指を差す。タームウィルズ近郊の山の中程。緩やかな日当たりのよい斜面にやや開けた場所があり――淡い色合いの花が群生している場所があった。

 リンドブルムと共に花畑の近くに降り立つ。

 うん。なかなかのロケーションだ。見晴らしが良くてタームウィルズも一望できる。遠くの空が霞んで、長閑な場所だった。


「花の妖精達、面白がってるみたい」

「面白がってる?」

「うん。妖精を連れてる人間が珍しいんだって」


 と、セラフィナは耳の辺りに手をやって聞き耳を立てている。

 なるほど……。妖精は中々人前に姿を見せないという事らしいが、花と花の間に透き通った羽を持つ妖精が時々見え隠れしている。セラフィナと一緒だから姿を現したのかも知れない。


「みんなで押しかけて迷惑にならないかな?」

「聞いてみるね」


 セラフィナが飛んでいって花妖精達に色々話を聞いている。

 やがて戻ってくると、相好を崩した。


「荒らしたりしなければ、いいって。迷宮から魔力が漏れてくるから、この辺はあの子達に居心地の良い場所なんだって言ってる」


 ……なるほど。迷宮からの魔力で妖精が居着いたから花畑になったというところだろうか。

 どうやら歓迎してくれているようであるし、ここで決定という事でいいだろう。満開になる時期も聞いたところで、花見の日程も自動的に決まった。




 そして花見の当日。案外多くの者が参加する事になった。パーティーメンバーに、工房関係者、教団との戦いに参加した面々。タルコットが参加するならシンディーも参加。この辺はオフィーリアが誘ったようだ。更にセイレーンのユスティア、ハーピーのドミニク。ギルドの受付嬢のヘザーにギルド長アウリア。


 メルヴィン王は……自分が行っては他の者にとって気楽な席になるまい、と辞退する事にしたようだ。仕事も忙しいようで……。そこは少々残念であるか。

 その代わり、ローズマリーにたまには外出させてやりたいという事で打診を受けた。メルヴィン王としても宙に浮いたようになっているローズマリーは気にかかるところなんだろう。暗殺事件とは関わりが無かったというのもあるし、継承権が絡まずお家騒動に発展しないという前提なら、メルヴィン王としても親心があるのだろう。


 彼女は隷属魔法により、現在魔法の使用や調薬といった行動を禁じられている。暗殺の危険があるので外出にはある程度リスクもあるのだが……ミルドレッドが護衛兼監視という事でローズマリーに同行する事になった。


 実際……彼女は今回陰の功労者だしな。色々協力もしているし、北の塔にずっとというのも息が詰まるだろう。こういう場に顔を出すのは良い気晴らしになるのではないだろうか。

 という事で、変装用の指輪を付けてもらい、占い師アナスタジアの姿で参加という事になった。


 あちこち声をかけたせいか予想外に人数が多くなった。なので参加者のグループそれぞれで料理を作って持ってくるという事になった。移動も竜籠を何籠も出して移動するという、どこのお大臣だか大名行列だかという賑やかな有様になったが……王族も参加しているし、祝勝会という事ならこれも悪くはないだろう。


 花畑の近くに陣取り、花の香りと景色を眺めながら料理に舌鼓を打つ。

 イルムヒルトは早速ユスティア達と演奏を始めたようだ。魔物娘達3人は、こういうときいつも楽士隊役を買って出てくれるな。

 彼女達の演奏が始まると妖精達もひょこひょこと花の間から姿を見せて……最初は遠慮がちに。次第に大胆な動きを見せ始めた。あちこち踊るように飛び回り、期せずして非常に幻想的な光景になった。


 セラフィナが飛んでいって、その中に混ざって楽しそうに踊っている。それを……クラウディアが穏やかな目で見ているのが印象的だった。イルムヒルトと、ユスティア、ドミニク。彼女達の演奏に耳を傾ける人々。

 クラウディアが確認しておきたかったのは……或いはこれなのかも知れない。


「見たい物は見れた?」

「ええ」


 クラウディアは目を閉じて微笑した。彼女に倣うように、みんなの様子を眺めてみる。


「すごいですね、タルコット様」

「そうだな」


 シンディーとタルコットが少し離れた所で花と妖精を見て話をしている。割と良い雰囲気に見えるな。あの2人は上手くいくと良いのだが。


「色々な余興は目にしてきたけれど、ちょっとしたものねぇ、これは」


 アナスタジアの姿をしたローズマリーにとっても物珍しい光景だったのか、感慨深そうに妖精達の踊りを眺めていた。うん。まあ。それは同感だ。王城や貴族の家の余興では、こういうのはないだろう。


「あら?」


 ローズマリーが振り返る。近付いてきたのはアルバートとマルレーンだった。2人とも真剣な表情だ。


「……わたくしに、何か用かしら?」

「顔を合わせる機会があまり無いから……ここで言うよ。僕は貴女に謝らなければいけないと思う。僕も貴女の事を疑っていたところがあるから」


 アルバートの言葉に、ローズマリーは目を丸くした。それから、羽扇で口元を隠し、いつものように笑う。


「ま、わたくしも貴方達に対して当たりを厳しくしていたからお相子ではないかしら? 謝られる謂れはないわ」

「それとこれとは、別の話だよ」

「そう? 律儀な事ね」


 2人の会話は、それで終わりだった。ローズマリーは何と言うか……割合アルバートとマルレーンを高く評価している節があるからな。自分のライバル足り得ると見ていたから感情移入しないようにしていたところがあるようだし。

 それでも今のアルバートの言葉は、彼女にとって不愉快なものではなかったらしい。花見の間、ローズマリーの機嫌はなかなか良さそうに見えた。

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