番外788 魔王と迷宮都市
「ふっふ。魔王国とルーンガルドの国交樹立の日。同盟加入の日と時を同じくして婚約か。うむ。実にめでたい事よな」
「今後の事も順次決めていかなければなるまいが」
と、メギアストラ女王は婚約が決まった事に笑みを浮かべ、メルヴィン王も頷きながら思案するような様子を見せる。魔王国の歓迎に集まった各国の王、女王達。それに七家の長老達、ティエーラ達精霊の面々と……みんなが祝福の言葉を口にしてくれる。
「ふふ。改めて乾杯といくか」
「悪くないな」
イグナード王とファリード王はそんなやり取りをかわしていたりするし。
「え、ええと……。その、ありがとうございます」
そんなみんなの喜びぶりに、少し頬を赤らめて所在なさげにしているエレナである。
「ふふ、でも良かったわ。今後についても安心できるわね」
「それは……はい。少し驚きましたが、今は嬉しく思っています」
ガブリエラの言葉にエレナは嬉しそうに目を細めて頷いた。
「おめでとうございます」
「お喜び申し上げますわ」
クェンティンとコートニーも挨拶にくる。デイヴィッド王子はにこにこしながら手足を振る。エレナもクェンティン達の言葉にお礼を言いつつ表情を綻ばせ、デイヴィッド王子の前髪を撫でたりしていた。
ともあれメルヴィン王が言及していたが、結婚式やら何やら色々考えなければならないだろう。
「今後の事はみんなで話し合って、予定が決まったらお知らせしようと思います」
と、集まっている面々に俺からも伝える。
「それは楽しみよな。結婚式には是非呼んで欲しい」
「それは勿論です」
嬉しそうなエルドレーネ女王に応じる。結婚式用のドレスに結婚指輪。招待状やら何やら用意する事になるので色々と計画を立てなければならないが……まあ、急ぎという訳でもないから頃合いを見計らってしっかりとしたものにしようと思う。
「いやはや。我の祝福した場所で婚約の話があるとは。人々の生活は山から見ているが……こういうことが身近であると嬉しくなるな」
と、火精温泉に顕現したテフラもそんな風に言って上機嫌な様子である。ティエーラやコルティエーラ、ジオグランタもそんな雰囲気に微笑んでいたりして。小さな精霊達が祝福ムードで喜んでいるから、自分も何となく楽しいのだそうな。
そうして明るい雰囲気だからか、イルムヒルトとユスティア、ドミニクが笑顔で楽器を持ち出し、歌声を響かせる。迷宮村、ハーピー、セイレーン。それぞれの場所に伝わるお祝いの歌を順番に演奏したり歌ったりしていくとの事で。魔界の面々も「それは興味深い」と耳を傾ける。
セラフィナも歌ったり、アピラシアがリズムに合わせて身体を揺らしたりと……明るい雰囲気のままで、火精温泉での歓迎の宴はのんびりと過ぎていくのであった。
そうして一夜が明ける。俺達とエレナに関しては現時点では婚約なので、特に生活面において何かが変わったわけではない。
エレナとの結婚まではフォレスタニア城にてベシュメルク王国からの客人としての扱いを維持する事になるだろう。まあ、婚約者という点は今後行動を共にする時に念頭に置く必要があるが、これまでも魔界関係で共に行動してきたしな。実際のところでは大きく何かが変わるわけではないだろう。
「おはようございます」
「うん。おはよう」
朝食の席で顔を合わせたエレナははにかんだような笑みを見せて、俺やみんなに挨拶をする。
「おはようございます、エレナ様」
グレイス達もエレナに挨拶をしてと、朝から和やかな雰囲気である。
さてさて。婚約の話は予想外ではあったが、今日の予定は変わらずだ。
魔界の面々がフォレスタニアを訪問してきて城やら何やらあちこち回る事になっているので朝食を済ませたら迎えに行く事にしよう。
「これはメギアストラ陛下。よく来て下さいました」
「おお。テオドール。ここがそなたの領地か」
と、メギアストラ女王はフォレスタニア入口の塔に現れると、嬉しそうに周囲を見回していた。初めてフォレスタニアに訪れてきた面々としては色々興味深く映るようで。
「これが迷宮の中とは驚きですな」
「確かに。外の景色は映しているものという話ですが……本物と見分けがつかない程ですね」
と、ファンゴノイド達が言ってカーラもそれに同意する。
「ああ、それと……魔界から竜の皆さんが来るという事で、水竜の親子も気になっているとの事ですよ。会ってみたいとも言っていたので、これから姿を見せますが驚かないで下さい」
魔界の面々にもそんな風に伝えたところで、塔の上から湖面の方を向いて手を振って合図を送ると、水竜親子が湖面から顔を出した。同時にマギアペンギン達や魚人族、マーメイド、セイレーン、ネレイドにパラソルオクト、深みの魚人族も顔を覗かせたりと……湖も大分賑やかな雰囲気になっていたりするが。というか、国際色豊かだな……。
「ほう。ルーンガルドの竜とは。ティールの仲間達もいるのだな」
「水竜の親子か。海にはあまり馴染みがないから魔界でも会った事が無いな」
と、メギアストラ女王や竜達も水竜親子に興味津々といった様子だ。
そうこうしている内に水竜親子も人化の術を使い――光に包まれたかと思うとレビテーションで浮かんで、塔の上までやってくると、一礼して自己紹介をする。
「私はペルナスという」
「インヴェルです。この子は娘のラスノーテ」
「魔界から竜が来ると聞いて気になっていてな。こうして顔を見に来た次第」
「よ、よろしくお願いします」
水竜親子達は微笑み――ラスノーテは些か緊張した面持ちで挨拶をする。
「これは御丁寧に痛み入る。同族からこうして歓迎してもらえるとは」
メギアストラ女王がそう言って、竜達も落ち着いた様子で挨拶を交わす。
「一応、我らとしても他の竜達と見えるのは初めてでな。テオドールが同席してくれるなら問題も起こりにくかろう、とな」
ペルナスが言うと、メギアストラ女王達も納得したように頷いていた。ラスノーテもいるからな。万が一のトラブルは御免という事だろう。
「え、えと。おはよう」
「う、うん。おはよう」
と、そのラスノーテはエルナータと挨拶を交わしていたりするが。アルディベラはその光景を微笑ましそうに見やり、それからペルナスとインヴェルにも挨拶をしていた。
「私はアルディベラだ。竜種ではないが、よろしく頼む」
「こちらこそ」
とまあ、フォレスタニアにおける魔界の面々の訪問は、平和で和やかな空気に包まれて始まった。
浮石のエレベーターを使って塔から降りて、そこに停めていた馬車に乗って街中へ向かう。
街の様子についてはまあ、落ち着いたものだ。冒険者達が多いからというのもあるが、タームウィルズの住民と被っているところもあるので、色んな種族を受け入れられる土壌があるというか。
メギアストラ女王が軽く手を振ると、冒険者達も笑顔で一礼して見送ってくれたりといった具合である。
「彼らが冒険者か。魔界にはない制度だが……雇用創出という面でも面白い制度だと思う」
メギアストラ女王は割と冒険者達に興味があるようだな。
「フォレスタニアは迷宮の途中で休憩できる拠点でもありますし、独自の区画にも繋がっていますからね。結果としてフォレスタニアを訪れてくれる冒険者も多くなるというわけです」
「なるほどな。確か……幻影劇は冒険者王と言われる人物の話であったな?」
「そうですね。冒険者制度を整えた、レアンドル陛下の祖先にあたる人物のお話ですよ」
「楽しみにしておこう」
メギアストラ女王と馬車の中でそんなやり取りをかわす。
今日の予定としては――まず街中の見学をしながら城へ。そこで手荷物等を置いたら幻影劇場に向かい、幻影劇の鑑賞をしたり、運動公園に足を運んだりする予定だ。
湖の遊覧等もできるので城での宿泊も含めてメギアストラ女王達には楽しんでいって貰えたらなと思う。




