番外784 魔王の境界都市見学
シリウス号で戻った後は劇場に足を運んで、魔王国の面々とイルムヒルト、ドミニク、ユスティア、シーラ、シリルの演奏を鑑賞する事となった。
「陽光対策の魔道具はそのままで問題ありませんよ。ルーンガルドの住人の感覚に合わせた演出なので、魔道具を起動させておけば普段僕達が見ているものに近い感覚のものを見られるというか、意図した演出に近いものが見られるのかなと思います」
俺がそう言うと魔界の面々は魔道具に触れたり、楽しそうに笑って頷いたりする。
そうして暗くなった会場でイルムヒルト、ドミニク、ユスティアがそれぞれ澄んだ歌声と楽器の音色を響かせると――その瞬間に劇場の空気が一変したのが分かる。
客席側からスポットライトに合わせて現れたイルムヒルト達が空を舞うようにして舞台に向かうのはいつも通り。
3人が舞台に降り立つと光が弾けるように広がって、静かだった曲調もそれに合わせて広がるような展開を見せた。曲目の最初でインパクトのある演出をして客の心をつかむ、という狙いがあるが、それは成功しているようだ。
メギアストラ女王や竜達、それにベヒモス親子は歌声や音色に聞き惚れるように表情を綻ばせたり、身体でリズムを取ったりしていたし、カーラなどはイルムヒルト達がスポットライトを受けて登場した時点で座席から身を乗り出しそうになっていた。自制して居住まいを正すも、テンションが上がっているのが傍目にも分かる。
光の粒や泡が舞い、曲調と共に幻影が移り変わる。シーラのドラムソロやシリルのタップダンスもそれに加わって更に盛り上がりを見せる。そんな光景にファンゴノイド族の面々やディアボロス族の面々も驚いたり笑顔になったりと、総じて楽しんでいる様子が見て取れた。
今回の曲目としてはルーンガルドのあちこちで教えてもらった曲を色々と混ぜている。演奏パート等は創意工夫しているのでオリジナルそのものというわけではないが。
今回演奏をするのはイルムヒルト達だけではない。ハーピー達とセイレーン達。彼女達もこうした劇場に慣れてきているので、続けて歓迎のコンサートを行う予定なのだ。舞台演出も独自に色々決めて来ているとの事なのでその辺も含めて俺達も楽しみだ。
イルムヒルト達の演奏が終わって、5人揃って一礼する。拍手と喝采。数回のアンコールに応じた後で、イルムヒルトが声を響かせる。
「魔界の皆を私達の歌と演奏で迎えられて光栄だわ……! 私達が今日皆に聴いてもらったのはクラウディア様や故郷の皆に教えてもらったもの。それにルーンガルドのあちこち旅をしてきた中で少しずつ増やしてきた歌や曲なの。そこに込められた想いが今日劇場に来てくれた皆にも届いたなら……とても嬉しいのだけれど」
イルムヒルトの言葉に、メギアストラ女王が拍手を送って答える。
「聞き惚れる程の美しい歌声と演出、高い技量で素晴らしいものだった。間違いなく余ら――魔界から来た者達の心にも響く内容であったよ」
「ありがとうございます」
メギアストラ女王の言葉にイルムヒルトが優雅な仕草で一礼する。そうして傍らのドミニクとユスティアに視線を向けて頷き合ってから場を譲る。
「続いては……私やドミニクの、故郷のみんなが演奏してくれるわ!」
「みんなの歌声や演奏もきっと楽しいから、楽しみにしててね!」
そう言って再び5人で揃って一礼。再び拍手と歓声が巻き起こり、左右に分かれて笑顔で手を振りながら舞台袖に消えていく。
湧いた客席が少し落ち着くのを待ってから、舞台照明が切り替わる。
次の演奏が始まるのを予感したみんなの声も急速に静かになった所で――澄んだ歌声が劇場に響き渡る。
ハーピー達の重なり合うような輪唱。泳ぐように舞いながら響くセイレーン達の奏でる音色。それぞれの特色が良く出た物だと思う。ハーピーもセイレーンも、歌唱と演奏の技術は相当なものだ。
お互いの種族のソロパートでは一曲ずつ、イルムヒルト達がそれぞれの楽器に合わせてアレンジする前のオリジナルが含まれていたりと、割とルーンガルドの文化的側面に触れられるものであるような気がするな。
伝統的な歌曲に魔力楽器も取り込んでいたりして……シンセサイザーのように色々な音色を出せるので、渡した後にそれぞれ独自の発展をしていたりして面白い。交流しているので演奏技法や知識等は共有していたりもするそうだ。
そうして再びイルムヒルト達を交えてみんなで合唱したりと、魔界の面々の歓迎コンサートは賑やかに時間が過ぎていくのであった。
演奏が終わったら着替え終わったイルムヒルト達と合流し、続いては植物園へ。
道中も魔界の面々は興奮冷めやらぬといった様子で演奏のメロディを口ずさんだり、コンサートの感想を語り合ったりしていた。魔界の面々にも気に入って貰えたようで何よりだ。
火精温泉では入浴を楽しみつつ食事もとる予定なので、植物園をのんびりと見て回ってから向かうという感じだな。
植物園にやってくると花妖精達が扉を開き、ノーブルリーフ達がお辞儀する。にこにことしたフローリアも「ようこそ、歓迎するわ」と嬉しそうな表情だ。バロメッツのウルスもいて、羊の背中に花妖精達を乗せていたりと……植物園の面々とも仲良くしているようである。
「植物園の花妖精達は、元々先程シリウス号で見学しに行った山の斜面にいた子達ですね。今でもあの場所と植物園を行き来していますよ」
フローリアや花妖精、ノーブルリーフ達について掻い摘んで説明するとメギアストラ女王は微笑ましい物を見るように表情を綻ばせながら頷いていた。
「おお……。何と興味深い場所なのか」
ルーンガルドのあちこちで集めてきた植物なので、その辺はファンゴノイド達にとって魅力的に映るようで、そんなファンゴノイド達の様子にローズマリーが目を閉じて「わかる」というようにこっそり頷いていたりするが。
カーラも手記にとっては良いネタなのか、真剣な表情で植物一つ一つを見ている様子であった。
「ああ……。この子達、可愛いわね」
「確かにね。魔界の植物っぽくて和むわ」
と、そんな反応を示したのはディアボロス族の……オレリエッタとエンリーカだ。そんな彼女達が和んでいる対象はノーブルリーフやウルスである。
どうも魔界の植物っぽさが受けているようで、ノーブルリーフ達やウルスを撫でたりして楽しそうにしていた。
「うむ……。この場所は大地の魔力が濃くて……何というか落ち着くな」
というのはミネラリアンのセワードである。樹の精霊ドリアードであるフローリアや火山の精霊テフラの加護が行き渡っている場所だからな。土属性の種族としては居心地も良かろうという気がする。
メギアストラ女王に限らず、ロギや竜達、ベヒモス親子も割合米を気に入っていたようなので、地下水田を見ると「おお。これが……」と興味深そうに見回していた。ハルバロニスの魔法技術も結構驚かれているようで。
「だが、やはりルーンガルドの植物の育成には陽光が必要という事か。魔界で栽培しようと思うのならば何らかの手段で品種改良を進めるか、こうした魔法技術が必要になるのだろうな」
と、メギアストラ女王は割と真剣に魔界での稲作について考えているようで。動植物の持ち込みは影響が未知数だが……まあ、こちらの作物を持ち込んで管理する分には、魔界には陽光が無い分、外来種の影響というのは小さくなる、かも知れない。ともあれ、魔界の面々にも劇場や植物園が受けているようで何よりだ。




