番外782 女王の来訪
フォレスタニア城での夜の食事の席も賑やかな物で――無事に帰ってきたという状況だからか、みんなも気を抜いて楽しんでいる様子だった。
シオン達とカルセドネとシトリア、隠れ里、それに孤児院、小蜘蛛や鬼の里の子供等……みんな混ざってカードやチェスで遊んだり、イルムヒルト、ドミニクやユスティアと一緒に歌を歌ったり、その音楽に耳を傾けたりと……賑やかな時間を過ごしていた。
「ああ……。こういう光景は良いですね」
グレイスがそう言って目を細める。
確かに、色々な出自の子供達が楽しそうに遊んでいるというのは平和で良い光景だ。みんなも子供達の楽しそうな光景に表情を綻ばせる。
まあ、そこに自然な感じにアウリアが混ざっているのはいつもの事だろうか。見た目で警戒感を抱かれない分子供と打ち解けやすく、面倒見もいいのだ。馴染み過ぎているような気もしなくもないが。
そんな調子で賑やかな一夜を過ごし、明けてからはみんなで残りの執務や領地視察を進めつつ、工房での仕事をこなす。東国との航路開拓であるとか、魔道具作りであるとか。
そんな風にして――俺達は日常に戻ってきたのであった。
魔王国のメギアストラ女王から、諸々の戦後処理が一段落したのでヴェルドガル王国を訪問したいという旨の連絡が入ったのは、そうして元通りの日常生活が戻ってきて数日してからの事だ。
ルーンガルドの各国もベルムレクス討伐の為に取っていた軍部や執務の体勢を元に戻したり、留守の間の出来事を片付けたりして日常に戻っているらしい。
メギアストラ女王が訪問してくるという事で、各国とも魔王国との国交と友好を示すために再びヴェルドガルに集まる。その為、ヴェルドガル王国内部では祭りの前のように明るい雰囲気ながらもやや慌ただしい空気になっているようだ。
まあ、俺としては執務と工房、造船所の仕事と日常の延長線上にある仕事をこなしているだけなので特に忙しくなっているというわけではないが、迷宮核を使っての浮遊要塞再編成や、メギアストラ女王や各国の面々の訪問に備えて迷宮で食材を調達してきたりと、歓待の準備も進めていたりする。
それが終われば、諸々落ち着くのでジオグランタの相談事も腰を据えて聞く事ができるだろう。
相談事と言えばパルテニアラもそうだ。こちらも状況が落ち着いたら相談したい事があるとの事で、それを聞いたジオグランタも自分の相談の時にどうかとパルテニアラに提案していた。そんなわけで合わせて話を聞こう、という事になっている。
魔界に密接に関係している二人だけに、合わせて話を聞いた方が良さそう、という部分は確かにあるからな。
そうして……更に数日が経って、いよいよメギアストラ女王がタームウィルズを訪問する日がやってきた。
迷宮の区画整理や転移門の契約魔法による安全策等々はしっかりできている。使者として先に訪問してきているボルケオールや門番であるアルクス本体と共に出迎えに行くと、メギアストラ女王とロギ、エンリーカ、ファンゴノイド達と言った側近と共に、人化したベヒモス親子、竜達、それにミネラリアンのセワードが境界門を通って現れた。
魔王国属だけでなく、魔界の種族と広く交流をという考えの下に動いているため、ベヒモス親子を始めとした魔界の住民達も一緒に訪問してきたというわけだ。
「ああ。やはり境界門越しに思っていたが、この庭園は素晴らしいな」
「テオドールが歓迎の為に作ってくれた庭園だという話だからな」
メギアストラ女王は境界門区画の歓迎用庭園を見回して笑顔になると、既に庭園を一度見ているアルディベラがそう言って、エルナータもにこにことしながら頷く。
その言葉に、初めて庭園を見た面々も興味深そうに庭園の様子に見入っている様子であった。
庭園を見て回っている面々の様子と頃合いを見計らい、案内の為に声をかける。
「先にお渡ししておきます。転移門を潜る際に、この陽光対策の魔道具を起動させておいて下さい。目に良くないので魔道具を使っていても太陽を直接見ないように気を付けて」
と、陽光対策の魔道具を配る。庭園の一角に魔道具を用意してある。
「では、そろそろ外へと向かいましょうか」
「うむ」
上機嫌そうなメギアストラ女王達を引き連れ、新しく整備した浮遊要塞区画へと案内する。庭園から直接繋がる通路という事で、建築様式もそれを引き継いでいる。白い石造りの回廊でフェアリーライトが光源として配置されているといった具合だ。
但し、隔壁で閉ざされる構造上水路は作れないので、壁や柱に装飾を施してあるわけだ。
「ほうほう。これは見事なものですな。やはりこれもテオドール公が?」
「建築様式に合うような意匠をみんなで決めて、迷宮の力を借りて作ったものですから、僕の手で作ったというのは少し違いますよ」
彫刻を見て感心したような反応を見せるファンゴノイドの質問に小さく笑ってそう答える。みんなもややはにかんだように笑顔で一礼する。
「ですがやはり、歓迎の為に作ってくれた物には違いありませんな」
と、ボルケオールが目を細めて言うと他の面々もうんうんと頷く。
回廊は魔界からの客を迎える為のものではあるが、有事に備え――境界門が閉ざされている時と、契約魔法の違反時等に対応する仕掛けが施してある。
回廊と外部を繋ぐ転移門が機能停止すると同時に、分厚い隔壁が閉じて結界が展開して回廊が閉ざされる作りになっているのだ。
そうした防衛用機構が稼働した場合に外部に出るならばこれまで通り、罠や戦力の配置してある要塞内部を通り、アルクス率いるティアーズ部隊と渡り合わなければならない、というわけだな。
そうして魔王国の面々と回廊を通り、その突き当たり――迷宮区画を繋ぐ大きなアーチ状の門までやってくる。門の向こうは円形のホールで、中央に転移門が配置されている、というわけだ。
転移門の意匠は――王城セオレムと魔王城だ。二つの世界に跨る国を繋ぐ転移門という事で。
「では、行きましょうか」
クラウディアがそう言って、みんなで転移門を潜る。光が収まるとその場所は転移港であった。他国同様、転移港を経由してヴェルドガル王国に入国する、というわけだな。
「これは……魔道具を用意した理由も分かるというものですな」
と、ロギが言う。初めてルーンガルドの外界を見た面々は、やはり先に来ていたボルケオール達同様、外の明るさやセオレム、建築様式の違い等、色々な事に驚いている様子であった。
「これはメギアストラ女王。それに魔界の面々も。よくぞ参られた」
「これはメルヴィン王。メルヴィン王や境界公が直接送迎に来てくれるとはお心遣い痛み入る」
王城からはメルヴィン王とジョサイア王子が転移港まで出迎えに来ていた。
メルヴィン王の言葉に、メギアストラ女王が笑顔で受け答えする。馬車の車列と護衛の騎士達を伴って、送迎の準備も万端だ。
という訳でみんなと共に馬車に乗って王城へと向かう。先に使者としてボルケオール達が来ていた事。魔界と魔王国の事が公表されていた事もあり、沿道にも人が集まって魔界の面々を歓迎しようと集まっていた。笑顔で手を振ったり、ヴェルドガル王国と魔王国、メルヴィン王とメギアストラ女王の名を唱和して歓迎の意を示したりと言った具合だ。
そうして王城に到着すると楽士達が高らかに楽器の音色を響かせる。世界各国から集まった面々も既に王城に到着しているとの事で、各国の王達、国内外問わず重鎮達の集まる中でメギアストラ女王の訪問を歓迎する式典が開かれるだろう。




