番外779 魔界からの帰還
月の船、飛行船もそれぞれタームウィルズに送り、各国の王達や知り合い達も転移門にて一旦国元へ帰って行った。
そうして俺達も最後にルーンガルド側に帰るという事になったが、魔王国の面々が見送りに来てくれる。
「気を付けてな……というほどの距離でもないのか。行き来する手段が特殊で門が閉ざされればどこより遠いのに、不思議なものだ」
「確かに。移動距離だけを考えれば隣町のようなものではありますが。とはいえ重要施設が幾つかあるので気を付けたいところですね」
メギアストラ女王の言葉に小さく笑って答える。境界門を通ればそこは庭園だが、今後行き来が増える事を考えると転移門を設置して利便性を上げた方が良いかも知れない。
セキュリティと両立させるなら……そうだな。有事の際の転移門の機能停止は基本として、一旦どこかを経由して外に出られるようにすればいいだろう。
経由したその通路を一本道にして防衛戦力を集中させる。隔壁を作る等のセキュリティを構築した外への直通路を作る……と。浮遊要塞内部の整備か、新しい迷宮通路の整備が必要だな。この辺もメギアストラ女王達が訪問してくるまでに進めておこう。要塞内部を通って外に出るというのも、客を迎えるには無骨だしな。
というわけで少しばかり構想を頭の中で練ったところで、他の面々にも一時ではあるが、別れの挨拶をしていく。
「またすぐに会うことになるかとは思いますが……大変お世話になりました。もし困った事があれば何でも相談して下さい。今度は私達が駆けつける番だと思っておりますよ」
「ありがとう。何かあったら頼りにさせてもらうよ」
と、ロギと握手を交わす。
そうしてエンリーカやセワード。それにファンゴノイドのみんなとも言葉をかわしていく。
「次に訪問する時を楽しみにしている」
「また一緒に歌ったり、演奏できたりするとうれしいな」
アルディベラとエルナータが笑みを浮かべる。エルナータの言葉にマルレーンやイルムヒルトが笑顔で応じる。
アルディベラも今回の戦いでは活躍してくれたからな。魔王国としてはベヒモス親子に関してはルーンガルドへの訪問も自由、という扱いにしてくれたそうで、気軽に訪問してくる事も可能だろう。
エルナータはまあ……年齢層が近いという事でシオン達や双子だけでなく、ユラやリン王女とも仲良くなっていた。宴会の時にマルレーンやイルムヒルトに誘われて一緒に楽器演奏をしたり歌を歌ったり……楽しそうにしていたからな。
「ボルケオールとカーラも、それにブルムウッド達も。滅多な事は無いと思うが気を付けてな」
「分かりました」
メギアストラ女王が先んじて俺達に同行する二人に声をかけると、ボルケオールは穏やかに目を細め、カーラは畏まったように姿勢を正して頷いていた。ブルムウッドとヴェリト達も真剣な表情で応じる。
ボルケオールはルーンガルド側への大使としての扱いで、メギアストラ女王が訪問する前に先触れとしてヴェルドガルで迎える、という事になっている。
ブルムウッドとヴェリト達はその護衛だ。俺達と関係性が良好な人員を選んだ、という事だろう。また、事前に魔界の面々がヴェルドガル王国に向かっておく事で、魔界の住民の陽光対策等、問題への対処をしやすくする、という目的もある。
カーラは――ティエーラやジオグランタ達のスレイブユニットを作るにあたり、カーラ本人に限らずともパペティア族の誰かに協力を求めたいという事情をメギアストラ女王に相談したところ、同行する流れになった。
カーラは元々図書館の一件で裏の事情に少し触れているという事もあり、その時の対応や普段の仕事を見る限り人柄が信用できると、俺達もメギアストラ女王も判断したわけだ。
それに裏事情といっても後ろ暗い事は無い。だったら腹を割って話をし、良好な関係を築いておいた方が良い。
そんなわけで当人が望むのなら、という条件の下で協力の話を持ちかけたのだ。
まあ……カーラには元々、司書の仕事もあるからどうなるかは分からなかったが、図書館の人員、体制だけ見るなら融通は利くだろうというのがエンリーカの見立てであった。図書館の職員としては、研究員や見習い等もいるらしいからな。
「それは何と言いますか……随分と魅力的なお話に感じますね……!」
というのが話をした時のカーラの反応だ。表情こそ動かないものの、声色や仕草は顕著で、胸の前で手を組んで声も弾んでいた。
司書の仕事もあるから難色を示すかもと思ったが……話を聞いてみるとパペティア族としてはティエーラやジオグランタの姿を見るにスレイブユニットとしてその姿を再現するというのは魅力的に感じるし、元々司書としての仕事についたのも文化的な事に興味があるからで、こうしてルーンガルドに赴く事ができるのは願ったり適ったりなのだという。
「というわけで赴く事に問題は無いのですが……折角ならルーンガルドの人達の生活ぶりなどを伝える手記を書きたいのですが大丈夫でしょうか? 当然ですが、明かせない事情等は伏せた上で、ですが」
「勿論問題ありませんよ」
この辺司書という仕事を選んだ人物らしい反応であるような気がする。
「私達では記録しても人前には出せませんし、ルーンガルド側との交流や理解を深める上で、手記や旅行記、紀行というのは良いかも知れませんな」
というのがボルケオールの反応であった。
そんな経緯もあり、カーラの同行も決定した。
工房でスレイブユニット作りの手伝いをしてもらいながら、ヴェルドガル王国を見て手記を書くというわけだ。
そんなわけでカーラは見送られる側である。
図書館の職員達も見送りにきてくれているそうだ。通常業務の引き継ぎ等は済ませたらしい。図書館の職員達はどちらかというとルーンガルドに旅立つカーラを心配している様子で……中々図書館の人間関係も良好な様子だな。
「ではね。テオドール。スレイブユニットの事は楽しみにしているわ」
「ああ。俺もルーンガルド側で会える時を楽しみにしてる」
ジオグランタともそんなやり取りをかわす。ジオグランタとしては戦後処理等の状況が落ち着いたら俺とも相談したい事があるそうだ。魔界に関する事だとは思うがそれほど差し迫った内容ではない、と言っていた。
そうして――俺達は魔王国の面々に見送られて迎賓館から地下設備へと通じる転移門へと向かう。
「魔界にはまた足を運ぶ事になるとは思いますが……私はこうしてこちらに来る事が出来て良かったと思います。魔界の雰囲気を肌で感じて、そうして戦って……メイナードさんも喜んでくれたら嬉しいですね」
手を振るみんなを見て微笑むグレイス。
「そう、かも知れないな」
パルテニアラに仕えた吸血鬼の騎士メイナードか。血玉を残して自分はいなくなる事を選択してしまったが……例えそれが一時は別の吸血鬼に利用されてしまったにしても、子孫であるグレイスが魔界の窮地に駆けつけてくれた。それは……確かに故人も喜んでくれているかも知れない。
「色々因縁もあったけれど……これで過去からの負の連鎖が断ち切れると良いわね」
クラウディアがそう言って目を閉じる。
「うん……。本当にそうだな」
クラウディアの言葉に答える。そんなグレイスやクラウディアの言葉にみんなも思うところがあるのか静かに頷いたり目を閉じたりしていた。俺も……余韻に浸るように魔界の面々やその景色を眺めて、それから一つ頷いて言う。
「それじゃあ……帰ろうか」
「ん」
シーラとマルレーンが揃ってこくんと頷く。そうして俺達は転移門を抜け、境界門を通ってルーンガルドへと帰還したのであった。




