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146 微熱

「おお、戻ったか!」


 王城セオレム。騎士の塔近くの迎賓館に設けられた臨時の発令所に宝珠と瘴珠を持っていくと、戦装束のメルヴィン王が出迎えてくれた。


「……む。少々顔色が優れぬようだが……手傷を受けたのではないのか?」

「ああ、いえ。お気遣いありがとうございます。これは自分の魔法の反動ですのでご心配なく。仲間達も怪我はありません」

「それは何よりだが……。そなたの体調が悪いのであれば、報告は後日でも構わなかったのだぞ?」

「宝珠を届けておきたかったので」

「……真に大儀である。ならば、手短に済ませる事としよう」

「はい。では――まず首尾はこの通りです。魔人も撃退しました」


 そう答えて宝珠と瘴珠を引き渡す。

 俺の報告に、騎士や兵士達の間から歓声が上がった。メルヴィン王も相好を崩して頷く。


「見事……というのも些か陳腐に過ぎるな。そちには何度となく国難を助けられておる。見合うだけの十分な褒賞についても考えねばなるまいが……それは後日、追って連絡させてもらおう」


 メルヴィン王は真剣に思案するような姿を見せている。色々あるから褒賞についてはメルヴィン王としても頭を悩ませる所なのだろう。


「次に、今回現れた魔人についてです。黒骸のガルディニスと名乗っていました。デュオベリス教団の教主こそが魔人だったようです」


 メルヴィン王が目を丸くする。


「とんでもない大物ばかりであるな。連中いったい、どうなっているのか」

「月光神殿に封じられているものについて、最初の1人と言っていましたが……」

「また……。不穏な言葉を残したものだ。その事については、アレに伝えておこう」


 アレ。つまりはローズマリーである。調べ物が捗ると良いがな。


「自分も邪教徒共と戦わせろと言っておったよ。隷属魔法で行動を縛れるとは言え、さすがに聞き入れるわけにはいかなかったがな」

「彼女らしいですね」


 メルヴィン王と顔を見合わせて苦笑する。


「ともあれ、教団についてはこれで壊滅的な打撃を与えたであろう。重ねて礼を言わせてもらうぞ」

「はい。アルバート王子にもよろしくお伝えください」

「うむ。心配しておったからな」



 ……といった感じで、報告するべき事はしたのでメルヴィン王の前から退出する。

 迎賓館から出てくると、ミルドレッドも丁度戻ってきたところだった。


「これはテオドール殿。ご無事で何よりです」


 と、笑みを浮かべた。戦果は上々というところか。


「ミルドレッド様こそ。簡単で良いので戦況報告などを聞かせていただけると助かるのですが」

「完封というところですな。怪我人は出ましたが、重傷者や死者はおりません」

「それは何よりです」

「実際、あの強さの化物共相手にこの程度の損害というのは……驚くべき事でしょう」


 要所要所への攻撃は想定されていたし、何より敵方の地上指揮官であったはずのヴァージニアが迷宮に強制転送されてしまったからな。


 最大戦力が欠けた状態なので作戦通りの行動を全く行えず、更に仕掛けた後に逃走する場所――つまり合流するべき本隊もいなくなっているという状況だったわけだ。

 半魔人そのものも対策を取られており本隊がいない分攻撃が集中して多勢に無勢。分断されて各個撃破。まあ、これで戦況を跳ね返せるわけもない。


「残党はどうなりましたか?」

「術が解けて力を失うと同時に意識も失ったようですので、動きを見せた者は残らず捕縛しています。後はヨナガドリの囀りを用いて魔法審問し、他に残党がいないか調べる予定です」


 なるほど。事後処理については特に問題無さそうだ。


「テオドール殿、やや顔色が優れないようですが」


 皆に言われるな。これはかなり顔色が悪いという事なのだろう。

 勿論、この後は真っ直ぐ帰って休む予定だ。


「お気遣いありがとうございます。帰ってゆっくり休みますので」

「なるほど。どうかご自愛を」




 そんなこんなで明けて一日。傷は治っているのだが、微熱と怠さは続いていたので念のために家で大人しくさせてもらっている。


 循環のバランスを崩しての生命力による魔力ブースト。その反動というか代償は、能力への一時的ペナルティだ。

 BFOでもそうだったが、慢性的なものではなく時間経過で戻っていくし症状も軽いので大袈裟にするほどのものでもないのだが……みんなには随分と心配された。程度の違いはあるが、母さんが体調を崩した時と似ているからだろう。


 とは言え、みんな戦いの後で疲れているので、そこまで俺1人の看病に費やす事もないのだ。実際それほど症状も重くないので、寝たきりにしているよりは皆に心配をかけないだろうと、横になって本を読んで過ごさせてもらっている。


 看病は嬉しいし有り難いが、あまり無理されるのも本意ではないしな。みんなもちゃんと休んでほしいと伝えたら、交代で看病するという事で落ち着いたらしい。

 まあ、休んでいるといっても、グレイス、アシュレイ、マルレーンの3人については主寝室のテラスの方で日向ぼっこをしながら読書や編み物をしたりと、俺が目に届く場所で静かに過ごしているのだが。


「果物を剥いてきました」


 テラスを抜け出して台所に行っていたグレイスが戻ってくる。その手に果物が乗った皿があった。


「ありがとう。2人も呼んで、一緒に食べようか」


 グレイスは微笑みを浮かべる。アシュレイとマルレーンもベッドの近くに置いたテーブルの周りに腰かけた。

「失礼します」


 グレイスはサイドテーブルに果物の乗った皿を置くと、俺の額に手を当てて、自分の体温と比べている。


「熱は下がってきましたね」

「うん。朝よりは良くなってると思う」


 そんな受け答えをすると、グレイスは微笑み、アシュレイとマルレーンもほっとしたような様子を見せた。


「他のみんなは?」

「一階の方でゆっくり休みながら警備もすると仰っていましたよ。昨日の今日ですし、残党がいないとも限らないからと。果物は彼女達の分も切ってきました」


 なるほど。まあ彼女達の感覚にセラフィナまで加われば警備体制は万全だろう。そういう事なら特に何も言う事はない。

 果物をフォークで刺して口に運ぶ。これはラヴィーネが冷やしていたのだろう。冷たくて美味しい。

 だが、グレイスがどこか残念そうに小首を傾げて笑う。もしかして、俺に食べさせるとか、そういう事をやりたかったのだろうか。

 以前ガートナーの屋敷にいた頃の話になるが……俺が風邪を引いた時にそういう事もあったな。


「ん。前に風邪を引いた時の事を思い出すよ」

「私もあの時の事を思い出していました」


 やっぱりか。

 相手が吸血鬼だったし激戦だったので吸血衝動も大きかったと思うのだが、俺が体調不良だからか、グレイスも今触れ合ったりするのに遠慮しているところはある気がする。

 ええっと。……こういうのでも吸血衝動の反動解消になったりするのかな?


「前みたいにお願いしてもいいかな?」

「はい」


 グレイスは嬉しそうに微笑んで、フォークに果物を刺して口元まで運んできてくれる。ああ……これは何と言うか……。

 少し気恥ずかしくて頬が赤くなるのが分かったが、グレイスは終始嬉しそうににこにことしている。まあ、喜んでくれているようで何よりだ。

 更にアシュレイとマルレーンがそれを見ていた事にグレイスが気付いて……そこからは彼女達が交代で食べさせてくれた。……うん。喜んでくれるなら良いんだよ。


「ところでテオドール様。何のご本を読まれているのですか?」

「んー。この前学舎から借りてきた、紙作成の魔法について書かれた本。本に集中してた方が怠さが紛れるからね」


 紙作成も習得してみたかった魔法の1つではある。これでトランプなどを作れば、みんなで楽しく余暇を過ごせるんじゃないかと思った次第だ。

トランプとして使えるぐらい均一に作るのはそれなりに大変そうだが、これも魔法制御の修行の一環にもなるし。

 とは言え遊び目的だからな。封印の扉の解放が近くなってあれこれあって忙しくなっていたので後回しにしていたというわけだ。


「封印の扉の方も一段落したし。体調が良くなったら、みんなでどこかに遊びに行こうか。春だし……花見とかさ」


 そう言うと、みんなは嬉しそうに笑った。

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