番外776 女王達と精霊と
ジオグランタとメギアストラ女王の儀式に立ち会う為に、俺達や事情を知る魔王国の面々も地下へと向かう。呪法に対抗する手段もあった方が良いから、パルテニアラとエレナも一緒だ。
「まだ問題が全て解決したわけでは無いにしても……ベルムレクスの一件を解決する為に共に行動できたのは嬉しく思います」
「そうだな。これで儀式が上手くいけば、過去からの懸念も解決の方向に向かうだろう」
エレナが目を閉じ、胸のあたりに手を当ててそう言うと、パルテニアラも頷く。
「戦いの折に前線に出られなかったのは少し残念ですが」
と、エレナが小さく苦笑して言った。
エレナとパルテニアラには戦闘中に門の開閉を行い、ルーンガルドからの力の供給をしてもらう、という仕事があったからな。
門に何かあれば即座に閉じるという判断も視野に入ってくる為、前線には出られなかったが……結果から言えばやはり、ベルムレクスを倒す為に門の解放は必要不可欠だったと思う。
「私も後衛になりがちですから、エレナ様のお気持ちは分かる気がします」
「ありがとうございます、アシュレイ様」
アシュレイの言葉に、エレナも小さく微笑んで応じる。
「後衛の動きも良かったから前衛としても安心して動ける。感謝してるよ。勿論、前衛のみんなにもね」
そう言うと、二人とも頷いて、居並ぶ面々も笑みを見せる。
みんなとそんな話をしながら魔王城を移動し、やがて地下の儀式設備に到着する。
前に見た時は魔法陣の要所要所に立っている結晶柱の力が不均衡だったりして完成していなかったのが見て取れたが、今日見た限りではそれらもきっちり仕上がっているようだ。
例の魔力増強剤を元に凝縮した結晶の柱だな。
「では――早速始めるとしよう」
メギアストラ女王はそう言ってみんなから少し離れた所まで歩いていった。そうして身体が光に包まれて竜の姿に戻る。
ふわりとした着地を見せると、俺に視線を向けてくる。異変があった場合にいち早く察知できるように、循環錬気を行いながら儀式を進めていく、というわけだ。
「よろしくお願いします」
と、一礼して俺とエレナ、パルテニアラも前に出る。
祭壇に向かい合うメギアストラ女王の隣まで移動し、俺がメギアストラ女王の前腕に触れ、エレナとパルテニアラが俺の肩に触れて……準備が整ったところで儀式が始まった。
メギアストラ女王の額のあたりにマジックサークルが展開すると、足元の魔法陣から四方に光が広がっていく。結晶の柱。壁に刻まれた紋様。それぞれに光が宿る。
「世界を支えし大いなる精霊ジオグランタよ。我が呼びかけに応えよ――」
メギアストラ女王の詠唱と共にマジックサークルもより強い光を放って――雄大な魔力を持った存在が儀式場の祭壇に顕現してくる。
眩い輝きが人の形を取って――段々と光が薄れていく。夢の世界で見た、ジオグランタそのままの姿がそこに現れた。ただ――現実世界での顕現ではティエーラと同様に目を閉じていたりするが。
ジオグランタはふわりと儀式場に舞い降りると、俺達を見て微笑む。
「現実でも会える時を楽しみにしていたわ。戦いの様子は見る事が出来なかったけれど……どうやら上手くいったようね」
ジオグランタから顔を向けられて、メギアストラ女王は静かに頷く。
「ああ。テオドール公がきっちりと倒してくれた」
「礼を言うわ、テオドール」
「礼を言うのはこっちの方だ。戦いの途中で、ジオからも力を送られているのが分かったよ」
俺の言葉にジオグランタは笑みを見せて頷いた。
「眠っていたけれど、戦いが始まった事は分かったわ。勝って欲しいと夢の中でも思っていたけれど……それで力が届いたのなら何よりね」
なるほど。夢の世界で先に会いに行ったから、ジオグランタも状況を察知したため協力が得られた、というのは有りそうだ。
ジオグランタはそれから再びメギアストラ女王に向き直る。メギアストラ女王が手を差し伸べると、空中に浮かぶジオグランタもその指先――メギアストラ女王の爪を握る。
「では――浄化の儀式を始めましょうか」
「そうだな。テオドール公達には引き続き状況の推移を見ていて欲しい」
「任せて下さい」
メギアストラ女王の言葉に答え、メギアストラ女王とジオグランタの魔力の動きに集中する。
メギアストラ女王が再びマジックサークルをいくつも展開する。すると――膨大な力が儀式場に流れ込んでくるのが分かる。魔力増強剤から作られた結晶柱も順当に役割を果たしているようだ。魔王城周辺の想念結晶が反応して、力を送り、それを更に増幅していく。
龍脈を通して各地の想念結晶も反応。共鳴するようにして力を高めていくのが分かる。
儀式場の膨大な魔力をメギアストラ女王が詠唱とマジックサークルによって制御。それは――清浄で雄大ながらも穏やかな魔力だった。治政によって得られた日々の感謝。糧を得られる事の喜び。そうした想念を集めた結晶塔の力だ。
魔王国への感謝の気持ちはそのまま、日々を魔界で暮らす中で得られた喜びの想いでもある。メギアストラ女王が束ね、操るその力はジオグランタに捧げられるためのもの。
皆の想いがジオグランタの力となり、浄化の為の力となって更に高まりを見せる。
ジオグランタが天を仰ぐようにして目を見開くと――高められた力が一気に龍脈へと流れ込む。大きな魔力の流れを通じて、魔界全体に浄化の力が波及していくのが分かる。
澱みや歪みから生じる災害を巻き起こす力の流れを打ち消し、押し戻す性質を宿した力。
夢の世界で感じたように、今ならば実際どの地方にそうした原因があるのかを感じ取る事も可能だ。魔力の動き、流れをできるだけ観察し、把握してウィズにも記憶させていく。
やがて――そんな膨大な魔力のうねりも落ち着きを見せていく。想念結晶の力も静かに収まっていき、壁の模様に宿った輝きも儀式場の上の方から薄れていき――結晶柱、床の魔法陣という順番で儀式場を満たしていた光も収まっていった。
「お疲れ様、メギアストラ」
「ああ。無事に終わったようで何よりだ」
ジオグランタの言葉にメギアストラ女王が安堵したように目を閉じて息をつく。魔力の状態を見ていると、竜であるメギアストラ女王でも結構消耗する儀式であるようで……確かにこれではメギアストラ女王が儀式を控えている状態で前に出るわけにもいかないというのも分かる。
「問題は無かったかしら?」
「儀式の間は、特に異常も感じなかったかな」
その後の状態も確かめさせてもらうという事でジオグランタの手を取り、循環錬気を行う。少なくとも……ベルムレクスのような輩による横槍はないようだ。浄化の魔力が万遍なく広がっていっているのが分かった。
「うん。大丈夫だと思う。何か異常を感じたらその時に教えて貰えれば対応するよ」
俺の言葉に頷いたジオグランタはそれからパルテニアラとエレナに声をかける。
「メギアストラとテオドールから話は聞かせて貰っているわ。門を後世に渡って守る為に、私と契約を交わしたいという話だったわね」
「はい。魔界の扉、改め、境界門と二つの世界を将来に渡り守る為に、お力を借りられれば望外に存じます」
「勿論だわ。既に伝えた通り……貴方達にとって辛い記憶であっても、私は私と私に連なる者達が今日ここにある事は感謝しているの。だからルーンガルドの人達やティエーラ、コルティエーラと、今後も寄り添っていくために必要ならば、私の方からお願いしたいくらいだわ」
ジオグランタの言葉にパルテニアラも微笑み、エレナもそんなやり取りに嬉しそうに目を閉じるのであった。




