番外774 魂の咆哮
一先ず諸々の話も纏まった。
明日、雪山内部の調査を行うが……円滑に進めるなら前もって地形と魔力反応を確認しておいた方が良いだろう。覚醒状態の感覚に慣れる意味でもシリウス号に乗って一回りして来ようという事になった。
雪山なので遺骸が腐敗しての疫病等は起こりにくい。とはいえ、野晒しというのも流石に忍びないから、この辺も何とかする予定ではあるが……その中で炎竜についての話も出た。
炎竜についてはグレイスとの戦いの顛末も聞いている。その為、竜達としてはグレイスの意向に任せたい、という事らしい。竜達もまた独立独歩だが、だからこそ炎竜の気持ちを尊重しての事だろう。
「――でしたら、魔石を抽出してそれから埋葬、という訳にはいきませんか?」
というのが、竜達の話を受けてのグレイスからの返答だった。
素材化は確かに抵抗があるな。魔石化は……何か残せるかも知れないという望みもあってのものだろうか。
同時に、炎竜は死後利用されたという事もあって……安らかに眠って欲しいという気持ちもあるそうだ。だから、そういう気持ちも炎竜に委ねたいと、グレイスは言った。
アルファやヴィアムスと同じように炎竜が応じてくれるかは何とも言えないが、いずれにしても抽出を挟んで残りは埋葬するというのは悪くないのではないかと思う。
アルファやヴィアムスとの経緯も説明して竜達に話をする。それで上手くいくかは分からないという事も含めて話をすると、竜達は真剣に耳を傾けていたがやがて口角を上げて笑った。
「それは良いな」
「上手くいくかは分からない……だとしても、きっと奴も喜ぶだろう」
そんな反応が得られたという事もあり、見回りに向かう際、炎竜についてはそのまま魔石を回収してくる事が決まった。
「ん。デュラハンと戦っていたあのゴブリン王も気になるって」
と、シーラが言うとマルレーンとデュラハンも揃って頷く。そうだな。それは確かに。
まずは竜達と一緒にシリウス号で移動し、炎竜のところへ向かう。
雪上に落ちた炎竜の表情は……安らかというか満足そうな印象だった。ゴブリン王の遺体も回収してきて、炎竜と一緒に並べて……メギアストラ女王や竜達が背後から見守る中で炎竜に向かい合うと、グレイスとデュラハンがお互い顔を見合わせあってから「できれば私達も一緒に良いでしょうか?」と一歩前に出る。
「分かった。それじゃあ、一緒に術を使おうか」
「はい」
笑顔で頷くグレイス。グレイスとデュラハンにもウロボロスに触れて貰い、循環錬気を行いつつマジックサークルを展開する。
二人は目を閉じて炎竜やゴブリン王の事に思考を巡らしているらしかった。
グレイスとしては……炎竜がベルムレクスに敗北した後、状況をどうする事もできずに無力や憤りを感じていた、という部分に共感を覚えたらしい。多分それはゴブリン王も一緒だろう。そういう気持ちは……俺も分かる。
俺は炎竜やゴブリン王と戦ったわけでは無いけれど……昔の事を思い出しながら二人と共に術に思いを込めていく。と――炎竜とゴブリン王の身体が術に反応して輝きを纏っていく。
「おお……。これは――」
メギアストラ女王も驚きの声を漏らす。グレイスの右手にも呼応するように淡い輝きが宿っていた。そうして炎竜とゴブリン王の身体が――光の中に溶けるようにして、それぞれ魔石に変換される。
炎竜の方は火属性の力を秘めた魔石、ゴブリン王の方もかなり大きな魔石だ。
それぞれ強い輝きを宿したまま宙に浮かんでいた。
そうして炎の魔石から薄らと赤い竜とゴブリン王の影が現れたかと思うと、こちらをじっと見やる。
その視線の先にはデュラハンがいて――デュラハンもまた静かに頷くと、炎竜の影は天高くに咆哮をするような仕草、ゴブリン王も拳を掲げて声を上げるような仕草を見せた。
強い意志を宿した魔力の波動が魔石から広がっていき――デュラハンも共鳴するように魔力を高めて、大剣を頭上に掲げる。そうしてあちこちから淡い光がいくつも地面の中から浮かんで、そして空に向かって飛んでいき、渦を巻いて光を発したかと思うと薄れるように消えて行った。
……ベルムレクスの犠牲者達の魂、か。
亡くなってから時間が経っていたからな。そのまま土地に留まっていた魂を、二つの魔石の咆哮が無理矢理起こして、そのままデュラハンが導いた、というところだろうか。
二つの影はにやりと笑って魔石の中に戻っていくように消えた。
ああ。ベルムレクスのやった事の後始末として、魔石化すれば出来る事があったというわけだ。だから二人ともこちらの呼び掛けに応じてくれたのかも知れないな。
空に向かって魂が散っていく。そんな光景に飛行船の甲板やベリオンドーラの城壁から、みんなも見入っている様子であった。
事情を通信機で説明しつつ魔石をシリウス号の艦橋に移し、そのまま地形の確認に向かう。
覚醒したことで前よりも広い範囲での魔力の動きの感知ができるようになった。力の届く範囲が増えたというよりは、小さな精霊達の感覚に同調して色々分かるというか、自然との感覚の同調というか……。
そんな調子で魔力感知を行い、模型を作って気になる場所に印をつけていく。
と……その作業の途中で、何やら雪山の谷合――岩陰から魔物や合成獣達がシリウス号の前に並んで姿を見せた。魔物達の先頭には――あのアルクスと戦った寄生体の、器になっていた白豹がいて。
アルクスと白豹の戦いがどうだったのかと言えば……アルクスが優勢だったが決着が着く前にベルムレクスが倒れて戦闘が終わったという印象だ。
白豹の見た目は合成獣らしくないが……恐らくトロールかなにか、再生能力に優れた魔物の因子を持っているらしい。氷の鎧に防御呪法の強化。再生能力と機動力と、かなり防御面で優れた能力を持つアンデッド兵達の司令塔だという印象があった。
アルクスも、ガーディアンとしての切り札である主砲を使えれば、氷の鎧や再生能力を押し切って決着をつけられていたのだろうけどな。乱戦且つ機動戦になったが故に、撃つ機会が無かった、というのが正解だろう。
これで仲間が全員ティアーズなら連携を取って主砲を撃てる状況を作ってしまうのだろうけれど、門番としての切り札でもあるしな。
まあ、そんな耐久型の戦闘の中でアルクスは戦いに敵部隊を巻き込んでブレードを叩き込んだり散弾をぶっ放したりと、敵軍の損害を大きくするように動いていたあたりは流石であったが。
「何か、言いたい事があるのかも知れませんね」
先程まで戦っていた相手が再び姿を見せたという事で、アルクスも何か思うところがあるのか、そんな風に言った。
そうだな。自分から姿を見せたし、何か伝えたい事があるのかも知れない。翻訳の魔道具もある事だし、話を聞いてみるというのが良いだろう。
そんなわけでアルクスと共に魔物達から話を聞いてみる。魔物達は明確な人語を操るわけではないが、翻訳の魔道具を使えば言いたい事は分かる。
白豹が代表して彼らの総意を語ってくれる。
まず、いきなり意識が戻ったので混乱した事。恐れを成して逃げてしまったので、それを詫びる、と謝罪をされた。
そしてその後で……追わずに逃がしてくれた事や、無数の魂が散っていくのを見て、少し考えを改めた、という事らしい。ここに集まっているのは魔物や合成獣達でも、寄生体がおらずともある程度判断能力を持つ者達、との事だ。つまりは、ここにいない連中は寄生体がいないとブラッドレイヴンのように凶暴だったり、あまり会話や交渉ができなかったりといった面々なのだろう。
「まあ……寄生体を付けられた面々も、ベルムレクスの被害者だと思っているよ。魔王国に危害を加えないなら、こっちも何かするつもりはないよ」
そう伝えると白豹は「感謝する」というように喉を鳴らしていた。
それから白豹は、こうして姿を見せたのは、ベルムレクスのした事の後始末をするなら、自分達も何か手伝えるのではないかと思った、という意思を伝えてくる。
「だったら……雪山地帯のどこに何があるのか、知っていたら教えて貰えたら助かるかな」
そう言うと、白豹は「分かった」というように声を上げるのであった。
よし。これなら後始末も円滑に進みそうだな。




