番外773 覚醒と祝福と
一帯を揺るがす程の大爆発と共に、ベルムレクスの生命反応と魔力反応が消失する。同時に奴の作り出していた領域が崩れていくのが分かった。
後の反応は劇的だ。残っていた不死の兵も魔力を失ってその場に崩れ落ち、ベルムレクスの分体たる寄生体達も、自我を失ったかのような表情のまま固まってしまったが、弾けるように黒い靄になって空中に散った。
寄生体がいなくなった魔物や合成獣達はきょとんとしていたが、周囲の状況に動揺しているようだ。……というか、俺と視線が合うと悲鳴を上げて逃げて行ったりして。微妙な反応であるが……。
「追撃なさいますか?」
「いや、その必要は……なさそうだな。彼らもベルムレクスの被害者故、あまり追い立てるのは忍びない」
ロギの言葉にメギアストラ女王は俺の方を見てきたが大丈夫、というように頷くと小さく笑ってそう言った。
生命反応からすると寄生体は完全に消えたようだしな……。
俺への反応から、もしかすると寄生されていた間の記憶のようなものは残っているのかも知れないが、ここは辺境外でもあるし、あの調子なら大きな問題にはならなさそうだ。ベルムレクスに振り回されたのはやや気の毒ではあるがな。
やがて爆風も晴れてくる。後は綺麗さっぱりといった様子だった。ベルムレクスがいた時の重圧や、底の見えない暗い魔力のようなものは残っていない。
デュラハンも問題ない、と言うように首を縦に振っていた。俺も精霊をより身近に感知できるようになったが……術式の途中で肉体も散って、精霊としての体も維持できずに崩壊していたようだからな。ここからの復活は有り得ないだろう。
「ベルムレクスに関しては、もう大丈夫だと思う」
振り返ってそう言うと、みんなが顔を見合わせて喜びの表情を見せる。
「テオドール様……!」
戦闘も終わって安全も確保できたという事で、アシュレイがみんなやシリウス号と一緒にこちらに向かってくる。俺からもみんなの方に移動して、変身呪法も解いてからシリウス号の甲板に腰を下ろした。
「ああ。何とかなったよ。みんなの怪我は?」
大丈夫というように笑ってみせるとみんなも安心した様子だった。
「私は――大丈夫です。傷も自力で再生できる程度でした」
と、グレイスが胸の辺りに手を当てて微笑む。皆も大丈夫というように頷いたり、シーラは力瘤を作って見せたりしてくる。
そうしてアシュレイは俺の手を取りベルムレクスとの戦いで受けたダメージを治療してくれる。
「切り札を使われたのですね。お体の調子はどうですか?」
「んー。戦いの影響もあるから何とも言えないけど……調子は良い、のかな?」
戦いのダメージや疲労感を除けば、感覚も魔力の調子も悪くない、ように思う。
あまり例がないとはいえ、月の民の系譜として起こり得る変化ではあるのだろうが……良くも悪くも変化は変化だからな。みんなにはベルムレクスとの戦いの展開次第では使うかも知れないとは伝えてあったが……みんなからはどう見えているのか。
「覚醒したとは言っても、テオドールはテオドールよ。月の王の力も、任意に制御できるものだもの」
「まあ呪いではないものね。性格や感じ方が変わるわけではないというのも当然ではあるわね」
と、俺のそんな返答にクラウディアが微笑み、ローズマリーも羽扇で口元を隠しながら頷いていた。確かに……金色の魔力と通常時の魔力と……任意に使い分けできるようではあるな。封印術もいらないというのは便利ではあるが。
「それに……私達から見ても、今のテオはテオらしいですよ」
「ですから、安心して下さい」
グレイスとアシュレイがそう言うと、マルレーンとイルムヒルトもにっこりと笑って、シーラやステファニアはうんうんと頷いたりしている。
そう、か。それなら良かった。ともあれ、今回の勝利についてはみんなの力を借りられた事も大きい。その事について礼を言うとみんなも笑顔になる。
アシュレイの治癒魔法の心地良さと、みんなが近くにいてくれる事の安心感もあって、それらに身を委ねるように目を閉じるのであった。
将兵達の怪我の治療も落ち着いた様子だ。ベリオンドーラの城門前を中心に飛行船を寄せ合い、戦いについての報告や今後についての話し合いを行う。
覚醒についてはみんなとしても心配してくれていたようだが、問題がないと分かると笑顔を見せてくれる。
「まあ、テオドールは血縁的には月の王家にも近いですからね。正統な方法でそこに至る、というのは実力的にも納得できるし、祝福されるべき事ではないかしら」
と、オーレリア女王が言うと、水晶板モニターでこちらの報告を聞いていたメルヴィン王やティエーラ。それに七家の長老達や各国の王達、テスディロス達といった面々も笑顔で頷いていた。まあ……個人の資質の問題で片付けられる事でもないが……覚醒で何か社会的立場が変わるわけでは無いしな。
将兵達やこちらの損害についてはクラウディアや精霊の加護、ネフェリィやモルギオン、パルテニアラの対抗術式、それに治癒術師達の奮闘もあって、問題の無いレベルとのことだ。
このへんは、俺を糧としたいベルムレクスが自身の強化の為に戦力を温存し、領域を作り出すという作戦と噛み合った部分もある。
ベルムレクスが倒されれば軍勢も機能停止するし、軍勢に対抗できる戦力がこちらになければ不利になっていく戦況を見て取って奴が勝負を焦る事もなかった。結果から言うなら色々な準備も功を奏した形だな。
「損害が少なかったのは喜ぶべき事ですが……雪山にベルムレクスが残した物の処理などもありそうですから、調査は必要そうですね」
そう言うとメギアストラ女王は静かに頷く。
「それに関してはこちらで準備を進めておこう。生命反応を見るとベルムレクスのせいで空白地帯になってしまっているようだし、魔法的な罠や、残された物自体を除けば脅威は少ないだろうからな」
「分かりました。でしたら魔力反応などはざっと調べて、注意すべき点等の模型図を作っておきます」
覚醒時の感覚なら山の上からでもその辺りの感知は可能だろう。そう申し出ると、メギアストラ女王は「それは助かる」と、笑顔を見せていた。
場所が雪山という事もあって、アンデッド兵が残されたからとそれが原因で疫病が起こるという心配もない。ベルムレクスの後始末に関しては早めに済ませる必要はあるが、大きな問題に発展しなさそうなのは良い事だ。
ジオグランタを目覚めさせて儀式を行わなければならないから……メギアストラ女王はやや忙しくなりそうだが。
とはいえ、最大の問題は解決したので一つ一つ確実に進めていけばいい。とりあえず今日のところはここでベリオンドーラや飛行船を拠点に一泊し、念のために様子見をしつつ、後始末を済ませてから王都への凱旋、それから儀式を経て、ジオグランタも動けるようにしてから盛大に宴を行う、という事で話が纏まった。
「いやはや、お前達には驚かされたぞ」
そうして戦後処理の話が一段落したところで、メギアストラ女王が呼びかけて連れてきた竜達も、声をかけてきた。竜達に挨拶をし、自己紹介を済ませると興味深そうに顔をまじまじと覗きこまれる。
「ふうむ。もう一つの世界から来た魔術師か」
「ルーンガルドとやらには、小さな者達の中にもとんでもない者がいるものだな」
それから竜達はひとしきり俺を見たり、何か納得したように頷いたりした後で、グレイスにも向き直って言う。
「我らは特に仲間意識が強いというわけではないのだがな。あの者を呪縛から解放してくれた事には礼を言っておこう」
「そうだな。最期は満足していたように見えた。あのような在り様を見るのは忍びなかったが……同じ竜種として感謝を伝えておくぞ、娘よ」
「そう思って頂けるのは――嬉しい事です」
竜達からそう言われたグレイスは、自分の掌を見てから顔を上げ、穏やかな笑みで頷くのであった。




