番外772表 光と闇の大渦
ウロボロスを振り払うと、奴はあっさりと後ろに跳躍して俺から僅かに間合いを取る。
構えながら、観察する。長柄の先端に三日月型の刃。槍というよりは薙刀……バルディッシュと呼ぶべきか? 名称はともかく長柄の武器を手にしている。形状からするなら斬撃も刺突も打撃も。いずれの攻撃手段も繰り出せるだろう。
人間型の身体の上にローブ風の衣服を纏っているような出で立ちだが……奴の場合は装束ではない。
身体が不定形だからだ。それでも人間に似た形を取るのは――出自が人に由来するが故だろう。身に着けた戦闘技術が人間のものだったから。
そう考えればあのローブのような出で立ちも攻撃の出所を分からなくするためのものかも知れない。
クラウディアの展開した結界で分断されてもベルムレクスは落ち着いていた。或いはこちらの誘いにわざと乗ったか。俺との戦いに邪魔が入らないのは望むところという事らしい。
観察しているのは向こうも同じだ。少し離れた所から俺を値踏みするように見て……目を見開き、薄く笑う。そこにある感情は歓喜か。
糧として合格か? それは何よりだ。俺も――この手で叩き潰してやりたいと思っていたところだ。お前のような奴が野放しになっている事には我慢がならない。
竜杖を構え、魔力を練って高めていく。ウロボロスが呻り声を上げ、余剰魔力の火花が散る。奴の魔力もまた、充実して膨れ上がっていくのが分かる。不穏な気配の魔力。様々な相手を見てきたが……魔力から受けるその印象を例えるなら暗黒の海。或いは底の見えない深淵だ。いずれにしても高位の邪精霊として、凄まじい程の魔力を秘めているのが分かる。
互いの魔力が十分な高まりを見せたところで、ほとんど同時に踏み込んだ。
ウロボロスとバルディッシュが衝突する。重い衝撃と共に互いの得物が後方へと弾かれる。斬撃一つに込められた魔力が尋常ではない。
斬り返し。二撃目は力の流れをコントロールし、受け流してから打ち込む。上体を逸らしてこちらの攻撃を避けた次の瞬間、奴の得物が凄まじい速度で跳ね上がる。
首元を刈るように放たれた斬撃を、こちらも転身して回避。そのままの勢いを乗せて横薙ぎの一撃を叩き込めば、バルディッシュの逆端が跳ね上がってこちらの攻撃を受け止める。
バルディッシュの切り返し。足元を薙ぐような一撃と共に、奴の背面から影が伸びる。弧を描くようにして折りたたまれた蟷螂の腕のような物体が展開。バルディッシュの逆方向から首を狙って迫る。
バルディッシュの刃はウロボロスで止める。魔力を宿したネメアの爪が跳ね上がって蟷螂の腕を迎撃すると、奴はますます嬉しそうな笑みを見せた。
ローブが変形。鳥の鈎爪のようなものが飛び出した。それをカペラの角で弾く。
変形攻撃は瞬間的なもので、速度は凄まじいが変形や変身自体に魔力を使うからか、出所や軌道がトリッキーな事を除けば、バルディッシュの一撃程重くはない。
ウロボロスとネメア、カペラ、マジックシールド、魔力の弾丸で、奴のバルディッシュと変形と呪力の弾丸による波状攻撃に対応する。
目まぐるしい程の密度の攻防。マジックシールドを薄く展開して全方位にレーダーを張り巡らす。バルディッシュの一撃を皮一枚で掻い潜り、ウロボロスの打撃に魔力衝撃波を乗せて叩き込む。
ベルムレクスは一瞬目を見開き、そのまま至近で攻防を重ねる。循環魔力の打撃は恐らく有効だ。返礼、とばかりにベルムレクスの半身が変形する。回転のこぎりのような形状となって、そのまま火花を散らしながら押し込んでくる。
奴が大きく後ろに引いたバルディッシュに膨大な魔力が宿った。マジックサークルが展開。空間操作系の術式――!
横薙ぎの斬撃波。危険な気配を察知し、魔力光推進で攻撃範囲から無理矢理に離脱する。
次の刹那、寸前まで俺のいた空間が引き裂かれていた。
全方位に展開していたマジックシールドを残して性質を探ったが切断のされ方が異様だ。恐らくは――物理特性や強度を無関係に、斬撃を基点に切り離す、空間切断とも言える魔法。この術を使っても、奴は魔界から外に出る事は叶わなかったのだろうが――。
こちらが高速で飛んだのに合わせ、奴もまた翼に呪力を展開。逃げるつもりはない。弧を描いてベルムレクスに突っ込めば、バルディッシュにまたも膨大な魔力が宿る。
薙ぎ払うような一撃を掻い潜る。空間切断の波を飛び越えて、マジックサークルを展開すれば、ウロボロスが眩い輝きを纏う。
光魔法第6階級ブライトネススマッシュ。古代の月の武官が使っていた術で、ネフェリィが呪法系の対抗術として有効だと文献で遺してくれたものだ。
光の魔力を錫杖やメイスに宿して叩きつけるという――単純ながらもそれ故に破壊力のある術だ。すれ違いざまに叩き込めば衝撃と共に火花が散って、奴の飛行軌道がブレた。
奴は楽しそうに笑いながら反撃を見舞ってくるが、一瞬次の動作が遅れているのを見逃してはいない。決め手までには至らないが、攻防を重ねる上での有効打には成り得るという事だ。
一方で回避した空間断裂はと言えば――クラウディアの展開している簡易結界を突き抜けて、山の稜線を斜めに切断していった。
結界は即座に修復されるが、これは――駄目だ。このまま切り結んでは周囲を巻き込む。回避だけでは足りない。だから……攻防の中で術式を構築していく。
飛び回りながらマジックサークルを展開。身体の周りにフィールドを纏って突っ込む。
ウロボロスとバルディッシュが交差して火花を散らす。切断は――されない。ベルムレクスが驚きの表情を見せ、ウロボロスが愉快そうに喉を鳴らす。
即席ではあるが、対抗術式を組んだ。自分の周囲の空間に干渉して制御下に置く事で空間操作系の術式を無効化するフィールドを展開したのだ。同じ系譜の術者であるザナエルクも転移系の攻撃術を使ってきたからな。その応用で事足りる。
ベルムレクスはそれを理解するとますます嬉しそうに笑う。効かないとなれば即座に術式を解除し、そのまま高速機動戦に応じてくる。
青白い魔力の光と、黒いオーラの尾を引いて、空中で交差しながら激突。凄まじい速度で天地を入れ替えながら、すれ違いざまに斬撃と打撃を応酬する。激突の度に光の打撃に魔力衝撃波を乗せて叩き込む。
二度、三度。衝撃が奴の身体を突き抜けていく手応え。
牙を剥いた奴の身体から紫電が散る。バルディッシュの先端にも紫色の光が宿った。互いの得物が交差する。
ウロボロスに宿った循環魔力が干渉を受けて減衰するような気配。ウィズは――反生命反応とでも言うべき分析結果を伝えてくる。
恐らくは奴自身の、精霊としての能力だ。目的もなく、他者を取り込んでただただ自己を高める。
魔力から暗い海や底の見えない深淵と連想したが――それが奴の本質だ。行きつく先には、何もありはしない。何もかもを内に呑み込んで外には還元しない。その在り様が、自身の分体としての寄生体と物言わぬ死者の兵達の群れを従えるこの有様を生んだ。
物理的な魔法は恐らく効果が薄い。分解術式も、膨大な力を宿すベルムレクスを殺し切るには至らない。確実を期すのなら、やはり精霊としての性質から効果の高い光の術式が最も有効だろう。
魔力循環をしているので生命力が直接奪われるということはない。しかし減衰されて一部が取り込まれるので相性が良くないのも確かだ。
だが――それが何だと言うのか。取り込むというのならやって見せればいい。奴に対して相性の良い光の術式に魔力を変換して叩きつける。
光の魔力を取り込む事で痛手にもなっているだろうに、奴も引く気はないらしい。或いはそれが捕食する側としての矜持なのか。ますます自己の特性を前面に押し出して、切り結ぶ。
変形と刺突。逸らして踏み込む。至近から光の弾丸を叩き込めばそれを手中の暗黒で握り潰し、バルディッシュが跳ね上がる。皮一枚を掠めて反撃。全身が変形して、巨大な掌底を放つように平面的な変形から衝撃波を叩き込んでくる。
多重シールドを展開するも衝撃を殺し切れず、大きく後ろに弾き飛ばされる。元の姿に戻って突っ込んでくるベルムレクスに応じる。バルディッシュの一撃をウロボロスで受け止め、干渉を受ける事にも構わず、間合いの更に内側へと踏み込む。
「飛べッ!」
螺旋衝撃波。収束された光の衝撃を受けて、今度はベルムレクスの身体が後ろに吹き飛ばされる。吹き飛ばされながらも奴はこちらに掌を向けた。瞬時に全方位に無数の呪法弾が展開。握り潰すような動作と共に弾丸が降り注ぐ。
マジックシールドを展開。錐揉みに突っ込んで弾幕を弾き散らしながら迫る。体勢を立て直したベルムレクスが迎え撃つ。得物を激突させて、互いに弾かれあったと思った次の瞬間には同時に同じ方向へ飛ぶ。
並走しながら切り結ぶ。魔界の空を飛びながら火花と散らし力と技を応酬する。
受肉しているとはいえ、元々高位精霊というのは自己の領域では無尽蔵な力を発揮するものだ。コルティエーラをその身に宿していたラストガーディアンが術式の常識を無視した規模で力を振るったように。ショウエンが混沌から生命に変容を与えたように。ベルムレクスの反生命、吸収の力もまた精霊としての性質を見せているに過ぎない。
奴の身体がまたも変形する。魔力の火花を散らし、渦を巻く錐のような形態変化を見せた。
まただ。先程の衝撃波は魔力衝撃波の模倣であったし、今度は恐らく、螺旋衝撃波の応用。吸収し、取り込むという事は理解するという事。奴の変形攻撃や技法もそうだ。
爆発的な速度で突っ込んでくるそれに、魔力光推進と重力制御を上乗せした第9階級魔法テンペストドライブを発動して対抗する。
魔力消費の常識を超えた術式行使。それを可能としているのは、エレナとパルテニアラが境界門を開いてくれているからだ。そして、この場で戦っているみんなも、力を貸してくれている。
門の周りの結界を一時的に解く事で、タブレットを通してティエーラ達が力を貸してくれる。みんながベルムレクスを倒すために力を合わせている。だから……高位精霊に対抗する為の膨大な魔力が扱える。
音と衝撃を置き去りにした速度を以って空中で幾度も激突する。真正面から激突し、俺も奴も大きく吹き飛ばされた。互いに示し合わせたように術式と変形を解除して再び真っ向からぶつかり合うその、瞬間に。
マジックサークルを展開。短距離転移と同時に更なる術を行使。ブライトネススマッシュとソリッドハンマーの応用にして複合。ウロボロスの先端に一抱えほどもある眩い光球が生まれる。それを――思い切り叩きつける。
ベルムレクスは左腕でそれを受け止めた。凄まじい手応えと共にベルムレクスの身体がブレる。
吹き飛ばされて尚、ベルムレクスは笑っていた。頭上に手を掲げると地上の戦況に変化が起こる。無数にいた不死の兵達が怨嗟の声を上げる。ベルムレクスに命を奪われた際の記憶は肉体に留まっていて。絶望の苦悶の記憶を強制的に引き出している。それは共鳴。怨嗟こそがベルムレクスにとっては慣れ親しんだ自分の領域。
命を奪われた者達の無念と恨みを身の内に取り込んで――凄まじい勢いで力が増大していく。火の精霊が炎熱の中で力を増すのと同じように、自分の力を最大限に発揮できる場を作り上げた。
こいつ……。こいつは――今まで一体どれほどの命を奪ってきたというのか。
次の瞬間、こちらを上回る速度でベルムレクスが切り込んできた。ウロボロスを打ち合わせ――光の術式でダメージを与えるも、押し負けて後方に吹き飛ばされる。二度、三度。攻撃を受けながらも勢いを殺し切れずに弾き飛ばされる。
追撃をかわすように転移。転移の位置を察知して正確に追尾してくる。先程よりも更に速度を増した斬撃を皮一枚で避けて反撃を見舞う。ダメージを受けながらも止まらない。シールドを展開して攻撃の軌道を察知して避ける、避ける。
恐らく技術だけならこちらの方が上。奴は優れた力を持つが故に、同格の相手と戦うという事が少なかった。高位魔人達と同じような弱点を持っている。
だがそれを塗り潰して有り余る程の物量での攻勢。攻防の度に幾度となく重い衝撃が走り、軋むような鈍痛が身体を突き抜けていく。
激突の負荷によって、指先から血がしぶく。恐らくは、大魔法の撃ち合いになっても押し切られる可能性が高い。
ならば、どうするか。遠からずして支えきれずに押し切られる。判断を保留する時間は、ない。
答えは最初からある。奴の積み重ねてきた殺戮と怨嗟、絶望を上回る力が必要だ。
使わずに終わらせたかったというのが本音だが、奴に負けるという事は、この先もこの馬鹿げた殺戮を続けるという事だ。それを看過するわけにはいかない。これ以上奴が誰かに何かをする前に。徹底的に叩いて潰して――終わらせる。
激突する瞬間。展開していた光魔法を少しだけ変質させて、音響閃光弾と共にその場で炸裂させる。視界を焼き焦がすような凄まじい光量と大音響が響き渡った。
同時に迷彩フィールドを展開。転移魔法を使って大きく後ろに飛ぶ。今のは流石に、魔界育ちで強い光を見た事のない奴には利いただろう。
俺の推測が正しかったようで、奴は――光の中で防御の態勢を取っていた。身体の周辺に呪法の魔法円が幾重にも重なり、俺が不意を打って攻撃してくる事に備えている。
だが、俺の目的は奇襲ではない。時間稼ぎだ。深呼吸をしてウロボロスを両手で握り、奴がこちらの位置を把握する前に術式を展開する。身体を、竜杖を、覆うように幾重にも立体的にマジックサークルが重なる。
そう。発想自体は――暫く前からあったのだ。
魔人達は呪法を交える事で月の王族になり損ねた。では、月の王族とは? 答えは――王家を慕う者達の心を束ね、庇護を与える者だ。月の民にあって、魔人として堕ちずに覚醒した者の系譜。
半精霊の種族として月の民達を裏切らない限り、月の民の力を増幅し、自らの力も引き出す。オーレリア女王の力はそうだし、クラウディアも月女神としての神格を得ているから変化しているが、神官や巫女達を通して類似した力を示す事ができる。
では――。同じく月の民に連なる系譜を持つ者ならば? 魔人として身を落とさずとも覚醒を果たす事ができるのではないか?
その為に必要な情報は迷宮核が教えてくれた。月の王家と魔人との差異に対する俺の推測が正しい事も、迷宮核内部の情報で確かめた。
――誰かを導くだとか、心を束ねるだとか。そんな性分ではない。俺は俺の好きなようにやってここまで来ただけだ。それでも。この戦いに駆けつけてくれたみんなの気持ちには応えたい。知り合ったみんなを守りたいと、そう、思う。
それはみんなも同じだ。ベルムレクスを野放しにはできない。自分にとって大切な人を、物を、世界を守りたい。そんな心を束ねて一つにしていく。
「――行くぞ」
自身の変革。内に秘めた魔力が。俺に力を貸してくれるみんなの魔力が。膨れ上がっていく。共鳴。ティエーラ達だけでなく、ジオグランタも俺に向かって笑ってくれた気がした。
月の民の系譜としての覚醒と共に、青白い魔力が金色の輝きを持つそれに変わっていく。
自分自身の資質に疑問を持っていたが瘴気――ではない。どうやら魔人化はせずにすんだようだ。
ああ、確かにこれは……クラウディアやオーレリア女王の持つ魔力に雰囲気が似ているな。自身の力を掌握していく。
みんなが貸してくれる力を集めて、循環錬気の要領で更に力を高めていく。ようやく視界が回復してきたのか。奴は俺を見て目を大きく見開いた。
そして――もう一つ。これは高位魔人達から学んだことだ。彼らは自身の固有能力を上手く扱う為の形態を持っていた。変身呪法であれば応用が利く。竜の姿になるような、大規模なものでなくていい。変身呪法は一時的なものなので尚更都合がいい。
魔力回路を少しだけ作り変えて最適化する事で、力を行使しやすくする。
ウロボロスが嬉しそうに呻り声を上げた。オリハルコンを通じて竜杖と今まで以上の一体感を覚える。ウロボロスの負荷に関しても問題はないようだ。さあ。始めよう。
構えて、踏み込む。初速の違いで反応が遅れたベルムレクスの頬をウロボロスの先端が捉えていた。躊躇わずに、振り抜く。
小気味のいい衝撃と共に奴の身体が吹き飛ぶ。すぐさま空中で反転して留まるが、反応できなかったのは明らかだ。何が起こったか分からないといったような奴の表情。次に現れた感情は憤怒だった。
捕食者としての矜持を傷つけられたか。自身が生態系の頂点に立っていると信じて疑わなかったからこその反応だろう。
「オオオオオッ!」
咆哮。先程までのベルムレクスの魔力が更に膨大に膨れ上がる。ああ――。これは先程までの戦闘で吸収して学んだ、循環錬気の模倣か。俺との戦闘で、最後のダメ押しとして使うつもりだったのだろうが。
精霊としての性質を考えて、こうした可能性を危惧していたが、循環錬気まで応用するか。あまり多くの技を見せなくて正解だったな。それに、逃がすわけにはいかない理由が増えた。
憤怒の咆哮と共に突っ込んでくるベルムレクス。
先程よりも更に速いが――見える。反応速度も上がっているらしい。ウロボロスでバルディッシュを受け止めて、踏み込んで裏拳を放つ。命中する瞬間に纏った魔力を光魔法に変換。 ベルムレクスの顔が横に弾かれる。
だが先程のようには吹き飛ばされない。踏みとどまって斬り込んでくる。斬撃。刺突。降り注ぐ呪法の弾丸とそれを止める光壁。こちらも四方八方に光弾を展開して呪法弾を撃ち落とす。
強化はされたが循環錬気を覚えたベルムレクスとの間にそこまで大きな差はないと感じる。切り結んで間隙を縫って打撃を叩き込む。
渦を巻く紫色のオーラをバルディッシュに纏って刺突を見舞う。左手に光壁を纏って逸らせば、それでも尚、余波だけで凄まじい衝撃を伝えてくる。
但し、防壁の減衰はしない。ベルムレクスにとってはそれも予想外だったのか、目を見開く。先程のように精霊としての奴の吸収能力はこちらに及ばない。戦いの中で力を吸収させて練り上げられるという事もない。俺自身の性質がやや変わった事による影響だろうが。
循環錬気に、作り出した己の領域。条件は似たようなものだ。
そして――戦場にも変化が生まれていた。この場で戦っているみんなにもこちらからの力が届く。
俺の力は月の王とは違うものだが、魔人達の術を再現したように、同じような効果の術を行使する事は出来る。未だ怨嗟の声を上げる不死の兵達を、みんなが更なる勢いで叩き潰していく。程無くして奴の領域は縮小していくだろう。
それを見て取った瞬間。奴は身の内に練り上げた力を一気に解放した。そうだな。俺に勝つのならば天秤が傾く前でなければ望みがない。
「来い。叩き潰してやる」
渦巻くような力を身に纏って。黒い流星のようにベルムレクスが魔界の空を飛ぶ。こちらもそれに応じる。光の煌めきを散らして、馬鹿げた速度で飛び回りながら力と力をぶつけ合い、幾度かの攻防を交えて互いに弾かれる。
直線上。俺の背後にシリウス号が来る位置。その位置を取った瞬間に奴は笑った。バルディッシュを頭上に掲げ、己の持てる力の全てを解放する。
火花を散らす巨大な暗黒球体が膨れ上がっていく。その中に浮かび上がるのは、苦悶の顔、顔、顔。ゴブリンにオーク。トロールに大蛇。鳥や昆虫。そして竜種。様々な種族のもので。それは奴が奪ってきた生命の力を術式に練り込んだものだ。
溜め込んだ力も放ってしまえば正真正銘後は無い。それでも。この場で負けるよりは良い、という事だろう。
応じる。ベルムレクスの溜め込んだ苦悶と絶望を押し切る為に俺も選択をしたのだから。
竜杖を構えて、マジックサークルを展開する。刹那。今まで辿ってきた旅の記憶が胸を過ぎる。二つの世界とそれらを繋ぐ迷宮。あの、冬の光景。
竜杖の先端に輝きが宿る。作り上げた領域から光の粒が集まってくる。それはみんなとの絆の力でもある。それがあれば奴の全てを打ち破るだけの力に届く。
ただ俺の領域は二つの世界に跨る。そして魔界ではなくルーンガルドの住民だ。だから奴よりも力の収束は遅い。それを見て取った奴が笑う。
それは……甘い見通しというものだ。次の瞬間、時間の流れが緩やかになる。だというのに力の収束は先程よりも加速していく。
先程の踏み込んでの一撃や、反応速度の明らかな向上も……恐らくこれが原因だな。
魔人達のように覚醒した固有能力にも目覚めるかと思っていたが、どうやら時間操作に関わるものらしい。
並行世界に跨っての干渉を受けた事が影響したか。それとも過去の無力を変えたいと願った俺自身の性質が影響したか。まだ覚醒したばかりでそこまで自在に操れるわけではないが――今はこれで十分だ。
目覚めたばかりで無理に慣れない力を引き出そうとする必要はない。そうヴァルロスが小さく笑ったような気がする。
牙を剥くベルムレクスが、バルディッシュの先端を俺に目掛けて振り下ろす。視界を埋め尽くすほどの膨れ上がった暗黒の球体が俺に目掛けて落ちてくる。
応じるように、力を解き放つ。俺にとってはいずれも使い慣れた術。ただ、規模と挙動が違うだけだ。
光闇複合魔法。分類するなら恐らく第10階級を超える。名付けるならギャラクシーテンペスト。
ウロボロスの先端から収束された光弾が放たれる。大技の撃ち合い。こちらの光弾の方が大分小さく頼りが無い――。その見た目にベルムレクスが笑った。
激突する。接触して火花を散らし、ウロボロスに反動の過負荷を伝えてくる。だが、奴の術と性質が違う。巨大な暗黒球体を一気にうねりの中に巻き込んで、次の刹那、膨張した光球がベルムレクスを呑み込んだ。
呑み込まれようとするその瞬間、信じられない、というようにベルムレクスが目を見開く。黒いオーラを全身から噴き出して、防御態勢を取ったのが見えた。
構わない。持てる力を放出し続ける。術式の制御に従いその真価が解放される。
超高密度に収束された魔力の中心核が円盤状に光を広げて超高速回転する。一切合財を巻き込む魔力場を作り出す。スターライトノヴァ。ブライトタービュランス。螺旋衝撃波。ヴァルロスの重力弾。それらの要素を組み合わせた術だ。
回る、回る。空を覆う程の巨大な眩い輝きとなり、ベルムレクスも、奴の放った暗黒球体をも巻き込んで何もかもを無に帰す光の渦が回る。ベルムレクスの放った術と干渉しあって渦から巨大な雷が四方八方へと飛び散り、凄まじい轟音と閃光をまき散らす。
その内側でベルムレクスの力が俺の術を打ち破ろうと抵抗しているのを感じた。ウロボロスを通して渦の流れに逆らおうとする力。一度放ったはずの力を再利用して内側から術を食い破ろうとする。制御する手に過負荷がかかり指先の血管が更に弾けて血がしぶいた。
「――消えろ」
しかしそれも――削れていく。端から削れて。死の苦痛も絶望も苦悶も。そしてベルムレクスも。眩い光の中に散っていく。回転する渦の中心核へと呑み込まれていく。そうして広がった魔力場が中心部に収束していき――限界を超える密度に達した瞬間に、大爆発を起こした。




