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番外772裏 亡者の軍勢・3

 符術による幻影の一軍を送り込んで――身構えた敵団に隙を作り、死角から飛び込んできたのはヒタカの鬼にして仙術の道士、レイメイだった。


 裏拳でゴブリン兵を吹き飛ばし、オーガのアンデッド兵が振るう棍棒を正面から打ち払い。何気ない動作に仙気が込められており、見た目以上の凄まじい膂力はそれが理由だ。

 仙気を叩き込まれたアンデッド兵は、がくがくと身体を震わせる。そこにツバキとジンが踏み込んで当たるを幸い薙ぎ倒していく。


食人鬼(オーガ)……鬼、か。こいつらと同種と思われるのは癪だが、不死の人形に言っても仕方がないか」


 棍棒を打ち払われて態勢が崩れたツバキが踏み込む。掌底を叩き込めば回転しながらオーガの巨体が木切れのように吹き飛んでいった。


 東国の面々もまた、魔界の戦場を駆ける。レイメイ達は呪法の存在を知っているし対策もしているが、向こうから見れば仙術も陰陽術も全く未知の術式だ。それを幸いと暴れ回るが、敵も未知の術式には警戒や分析が先決なのか、あまり深追いはしてこない。


 それに付け込んでいるのがゲンライとレイメイ、それにイチエモンあたりだ。相手が警戒しているのを見て取るや、好き勝手に遊撃を行い、同郷の者達と共に戦場を引っ掻き回している。

 そのあたり、実戦経験が豊富故の老獪さだろう。イチエモンの場合はそうした心理に付け込むのも専業としている部分があるからだが。


 好き勝手させていては被害が広がるばかりと、突出した動きを見せるイチエモンを不死兵の一団が追う。それもまた計算の内だ。イチエモンであったはずのそれが虚空で消えて――罠を察知して動きを止めた時には手遅れだった。オリエと小蜘蛛達の展開していた糸の結界が狭まり、兵隊達を一纏めに固めてしまう。

 そこに鎌鼬の力を借りたアカネの渾身の斬撃が見舞われる。身動きを取れない所に強烈な斬撃を受けて身体を両断され、アンデッド兵達が地上に落ちていく。


 それでも構わないとばかりに山の向こうから更に増援が駆けつけてくる。無尽蔵とも言えるその物量にオリエが「やれやれ」と肩を竦めるのであった。




 凄まじい勢いで真珠剣と呪法剣の間で剣戟が閃く。シーラとイルムヒルトの相手をするのはオーガと獣の合成獣を寄生体が駆る、異形の黒騎兵だ。


 手にした剣と呪法の弾丸。尾の先端にも槍と発動体を兼ねた器官を形成し、機動力を以ってシーラと切り結びながらイルムヒルトとも弾丸を撃ち合う。

 黒騎兵は闘気を扱うわけではない。強化呪法により身体能力を底上げしているのだ。それはそのまま、アンデッド兵にも応用が利く技術ではある。


 技術。その一部は役に立たない。如何に速く、幻惑的な動きをしようと本来なら呪法による追尾がある。近接戦闘の練度はともかく、本来問題にならないそれらの戦闘技術は、呪法対策により潰されている。


 二刀の真珠剣と呪法剣、尾槍が空中で絡み合い、シーラが後ろに跳んだかと思うと姿が掻き消える。刹那のズレもない、光の矢の援護射撃。直進する呪法弾を以って弾幕を撃ち返す。


 黒騎兵は勘と鋭敏な感覚によってシーラの動きについていく。その攻防の中で先を読ませないようにイルムヒルトにターゲットを変える。それは幻惑する動きを追い切れないシーラへの誘いでもある。死角から斬り込んで来ようとするその動きを捉え、剣を合わせては応射。


 ベースになったのがオーガとはいえ、愚鈍で力任せというわけではない。肉体を操るのは寄生体であり、知性や判断能力はそちらに依存する。元々高い技術を持っていて、寄生体から戦い方を参照されるゴブリンの王が特殊な例、というだけだ。


 従って、優れた器を合成した場合は、それに合わせた戦い方をそれぞれで模索する、という事になる。

 どのぐらいの時間を研鑽に費やしたのか。黒騎兵の体術も相当高い水準にある。合成獣と寄生体というのはベルムレクスの研究開発の中でも後発にあたり、同じ寄生体であっても性能に差がある。当然、後発故に制御能力もかなり高度なものになっているのだ。


 オーガをベースにした反射速度と身体能力、合成獣の手数の多さに、寄生体の優れた認識能力と計算速度が相まって、シーラとイルムヒルトを相手に凄まじい速度での攻防を繰り広げる。


 元々多数対多数の戦い。黒騎兵がアンデッド兵への制御を行えば、あらぬ方向から呪法弾や魔力弾の援護射撃が降り注ぐ。シーラもイルムヒルトも、視覚外から飛んでくるその一撃を正確に回避、或いは撃ち落として見せる。


 横に跳ぶような仕草を見せて――姿が掻き消えたはずが、不意に至近に出現してシーラは独楽のように回転しながら横薙ぎの斬撃を見舞う。斬撃を受け止めた瞬間に、そのままの位置から動かずに再びシーラの姿が消えた。


 マントの力で、寸前まで透明化していた光の矢が飛び出してくる。物理的に出所が見えない一撃を、黒騎兵は刹那で認識、首の捻りで回避する。皮一枚。僅かに浅く薙いだ瞬間に左腕が跳ね上がりシーラの身体を黒いオーラを纏う拳が捉えていた。


 否。マジックシールドごと打ち上げただけだ。レビテーションを併用し、衝撃に乗って大きく跳ぶ。それを追って、飛行呪法を制御して黒騎兵も追撃を仕掛けようとするが、光の矢がその空間を潰すように通り過ぎていく。フェイントだ。上に飛ぶと見せかけてイルムヒルトへ突進。


 分かっている、というように鏑矢が番えられていた。音響で破邪の力をまき散らすそれは――飛行呪法に干渉する。動きが崩れたそこにシーラが降ってくる。

 マジックサークルを展開。召喚呪法で役立たなくなったアンデッド兵を呼び出し、肉の盾として活用する。斬り込まれた瞬間に防御呪法で固めて剣の動きを阻害する。シーラの判断は早かった。片方の得物を手から離し、消えながら飛ぶ。


 その円熟した動きを黒騎兵に見切る事はできないが、いずれの方向に跳んだと、勘で見当を付けて追尾する事ならできる。

 イルムヒルトからの援護があるとはいえ、シーラの本質はヒット&アウェイを基本とするもの。いずれ接触するのだから、その時にカウンターを食らわせればいい。そう割り切ってしまえば、予測が外れる事自体は大した問題ではない。


 が、この時はそんな割り切りが功を奏したのか。それともシーラの幻惑的な動きと相対し続けた事で予測が通るようになったのか。並走して動く気配を間近に捉えていた。

 大きく弧を描き、尾から伸びた槍が左から薙ぎ払う。同時に右腕の剣を合わせて、姿を掻き消した獣人の逃げ道を塞ぐように斬撃を見舞う。


「む」


 短い声。尾の一撃をシールドで斜めに反らし、真珠剣で斬撃を受け止める。交差させればまだしも、一刀では受け止めきれない。


 シーラは――勢いには逆らわない。身体を側転させるように回転させて衝撃を受け流し、離れ際に斬撃波を放つ。掌の内に溜め込んでいた呪法弾を波のように広げて放つ事で闘気の斬撃波と迫ってきた光の矢を同時に撃ち落とす。


 体術だけでない。実戦で修羅場を潜り抜けてきたからこその対応力。そのシーラの手並みと、仲間の動きを完璧に把握したイルムヒルトの援護射撃に寄生体は言葉を紡いでいた。


「すばら、しい。お前達の持つ技術や身体能力は、取り込んで我らの役に立ててやると、予告、しよう」

「論外だわ」

「お前らの為の、技じゃない――」


 イルムヒルトの言葉と共にシーラの姿が掻き消えてシールドを蹴って跳べば、それに合わせて声も立体的にブレる。左右に跳んで、今度は下から。尾の一撃と獣の爪で死角からの攻撃を受け止める。

 見えず音を立てず。一瞬現れるその瞬間にその方向に跳ぶような仕草を垣間見せてから別方向へ移動する。攻撃を繰り出された後にこんな動きをしたのだろうと、想像が働かせられるだけだ。それでも。黒騎兵は攻防の中で一つ一つ情報を集積している。


 こうした動きを繰り出せば。この攻撃に対してどう対応するのか。寄生体の中でシーラの動きを一つ一つ分析し、それを攻防の中に反映させていく。


 最初はまぐれでも。より正確に、精密に、動きを追う事ができるようになっていく。それはイルムヒルトの射撃についても同じ事が言える。

 細かな攻防の中での手傷は問題にならない。オーガをベースにしている以上は多少の傷はすぐに塞がる。致命的でないものは敢えて無視する事で届かない距離を詰める。


 光の矢は術式を解析し、込められた破邪の力を呪法で相殺してしまえば、ただの矢が刺さったのと同じ程度の意味しかない。二人の連係の根幹を成すのは互いの動きの正確さ故。イルムヒルトの矢が本命の事もあれば、それを囮に動きを制限してシーラが本命の一撃を叩き込む事もある。だから、どちらかの技を無効化できるというのは二人の呼吸を乱す事にも繋がるのだ。


 そんな戦法を取れるのも寄生体が駆る器である以上、痛みは信号以上の意味を持たないし、多少の手傷で鈍る事もないからでもある。

 飛行呪法では追い切れないならば模倣する。呪法防御の障壁を蹴って追う。


 剣を、槍を縦横に振るう。シーラと並走して無数の斬撃と刺突を交錯させ、光の矢と弾幕の応酬をする。不意に放たれる闘気を帯びた投げナイフや雷撃を防御呪法で受け止めて。鏑矢の術式干渉は風魔法で音を防ぐ事によって影響下から逃れる。


 手足に水の渦を纏い、更に速度を上げるシーラに、黒騎兵は更なる呪法強化で追いつく。逃げ道を塞ぐように弾幕を張り、動きの予測からシーラとイルムヒルトの連係に追随する。


 イルムヒルトが背に負った巨大な矢は、撃たせない。撃とうという気配を見せた瞬間に召喚術のマジックサークルを展開し、肉の盾と呪法防御で止めるという意志を明確にする事で牽制する。


 もっと速く。もっと、もっと。直線的な動きながらも圧倒的な出力でシーラに追い縋る。腰だめの、刺突。

 苦し紛れの一撃と判断したそれを、黒騎兵は敢えて防御を捨て、左手で受ける。あっさりと掌を貫通するも、そのまま黒いオーラを集めて鍔ごとに握り込むように動けば――シーラは残ったもう一方の真珠剣も手放し、代わりに幾つかの球体をばら撒いて後方に離脱していた。横合いから光の矢が撃ち込まれる。黒騎兵にではなく、球体の方に。


 アルバート製の、音響閃光弾。凄まじい音と光が黒騎兵の眼前で炸裂する。確かに――寄生体の感覚器は合成獣の器を頼りにしている。

 だが、シーラは五感に優れているとはいえ、この距離では自身の感覚も潰すに違いない。ならば警戒するのはイルムヒルトだけ。巨大矢の大技にだけ注意を払いつつシーラから離脱すれば、致命的な攻撃を食らうことはない。


 そう判断して、黒騎兵もまた後方へ飛んだ。閃光と共鳴音の中でも、体温は――変わらない。そこに向かってイルムヒルトは持てる限りの集中力を以って矢弾を撃ち放った。


 巨大矢で貫かれて致命傷になり得る部分は防御を固めている。問題はない、はずだった。


 光の矢が突き刺さり、全身に衝撃が走る。鏑矢よりも強烈な破邪の力が流し込まれて、呪法の力が崩れる。


「な、に!?」


 未だ回復しない視界では確認しようもない事だが、光の矢の当たった箇所に魔法陣が構築されていた。着弾した光の矢が潰れるように変形して張り付き、破邪の印を形作っていたのだ。


「七星蛇咬鏢という宝貝の奥義を参考に、あの人が考えた術よ」


 イルムヒルトの声が響く。ゲンライの弟子、ジンオウが操っていた宝貝だ。鏢に繋がれた赤布によって、単なる飛び道具に留まらず、陣を構築する事で遠隔から強烈な術を構築。飛び道具の先端や赤布から立体的に術を叩き込む事ができる。ただ、それには同時に七本を操る必要がある。


 その技術を――テオドールがイルムヒルトの光の矢に応用した形だ。手首に装着した腕輪により、一時的に様々な性質を光の矢に与えたり、破邪の力を増強したりする事ができる。

 但し効力を発揮させる為にはイルムヒルト自身が十分な魔力を練る必要があるが……小技の振りをして特殊な効力を叩き込んだり、光の矢の規模にそぐわない破邪の力を込める事ができるというのは、実戦ではかなり強烈だ。


 効果は十二分。減衰する呪法の力を、シーラもまた見逃してはいない。水の渦が全身を覆う。先程肉の盾で取り落としたはずの真珠剣を蜘蛛糸で引き寄せていた。

 シーラは――閃光弾を放ると同時に閉じていた目を見開く。それはイルムヒルトの支援を信じているからこそだ。


「行く――」

「お、のれ!」


 全身全霊。闘気を漲らせて飛び込んでくるシーラの姿を、ようやく回復してきた視界で捉えて迎え撃つ。残された呪力の全てを、防御では無く攻撃に注ぎ込み――大渦の突撃に向かって叩きつける。


 激突、交差。両者がすれ違い――動きを止める。

 オーガの胸板に大穴が穿たれていた。後方に突き抜けたシーラが闘気を纏った大渦を散らして息を吐く。


 それでも――黒騎兵は沈黙していなかった。正確には、黒騎兵の中に潜んでいた寄生体は、の話だ。大技を出し切ったシーラ目掛けて合成獣の肉体を捨てて飛ぶが――闘気を纏った巨大矢が問答無用の速度で撃ち抜いていく。


「私の友達に触れさせはしないわ」


 断末魔の悲鳴さえ上げられずに粉々に飛び散って地上に落ちていく寄生体を見送り、イルムヒルトは静かに言った。

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