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番外772裏 亡者の軍勢・1

 咆哮――というよりは怨嗟の声を上げて迫る不死者の群れ。飛行船の戦力を結集させて尚、数の上で勝るその軍勢は、黒いオーラとアンデッドの見た目の無残さから、地獄から抜け出してきたような有様だった。


 迎え撃つのはルーンガルドと魔王国の連合軍だ。亡者の群れにも臆する事なく、飛行船の艦橋から温かな輝きが一帯に広がり、将兵達の身体が、騎獣が、武器が、淡い光を帯びる。


「光の領域を上手く使って迎え撃て! その輝きがそなたらを呪法から守ってくれる!」


 パルテニアラがセラフィナの力を借り、戦場に声を響かせる。

 ネフェリィとモルギオンが遺した対呪法術式だ。攻防を兼ねて補助を行う術式で、一度光の領域に入れば、外に出ても効果は多少の間持続する。


 隊列を組んで旋回してきた不死者達が一斉に呪法弾を放つが、輝きの中に入ると弾幕も減衰して散ってしまう。


 それでも不死者達は止まらない。数の暴力を以って間断なく攻め立て、最終的に圧殺するという一貫した考えの下に動いているからだ。

 四足の獣に跨った騎兵達に、後列から姿を現したゴブリンメイジのアンデッド達がマジックサークルで強化魔法を用いる。亡者の騎兵は隊列を組んで、全身から黒いオーラを噴出させながら、槍を構えて突っ込んでくる。


 光の領域内でも本体ごと強化して突っ込んできたとなれば、減衰させ切るには至らない。が、将兵達はマジックシールドを展開。攻撃を逸らし、闘気を練り上げて突撃を受け止め、そのまま切り結ぶ。


「不死者が仲間を術で強化するとはな……!」


 ヴェルドガルの飛竜騎士チェスターが表情を顰める。チェスターが槍を絡めて跳ね上げたかと思えば狼の首に飛竜が爪を立てて動きを止め、次の瞬間には闘気を纏った槍が不死者の喉元を深々と貫いていた。

 本来ならば、その程度では不死者が活動を停止する事もないのだろう。だが、対抗術式を纏っている状態なら話は変わる。傷口から体内に光を叩き込まれた不死者が身体をがくがくと痙攣させながら地に落ちていく。


「ある程度破損させれば止まるのですね。不死者相手にこれは大きい!」


 それに応えたのは同じくヴェルドガルの地竜騎士メルセディアだ。メルセディアもまた、数合切り結んだかと思うと、鋭い刺突を放つ。当然不死者であるからと言ってそれを食らうわけにはいかない。

 アンデッドでありながら短い攻防の中で学習して行動を変えているという事実はさておき、真っ当な攻防で体勢を崩したところに、地竜がアンデッドの狼に体当たりを食らわせて吹き飛ばす。離れ際、メルセディアは気合と共に闘気の斬撃波を放ち蛮族を切り伏せる。


 戦闘状況から見るに、破損の度合いは――生物なら戦闘不能になるぐらいのダメージを与えれば事足りると思われた。少なくとも、光の領域の中では。

 黒いオーラは闘気のように攻防に使われるが、光の領域の中であるなら間違いなく有利に立ち回る事ができるだろう。


 だが、領域の中に篭って戦い続ける事を許す程敵も甘くはない。後方に控える寄生者が咆哮を上げれば、隊列を組んで突っ込んできたアンデッド達がマジックサークルを展開。

 魔法の弾丸を雨あられと降らせてくる。呪法弾ではない、減衰させられない石礫。

 別々の部隊から交差するように放たれたそれらが、将兵達に届く事はない。その場に現れた巨木の魔物、オールドエントが弾き散らし、巨大な枝を振り回して不死者の群れに一撃を叩き込む。


 ライブラの召喚獣だ。ライブラの召喚獣達もまた、一部を説得して魔界に呼んでいるので自由な召喚が可能な状態だ。


 膨大な時間を与えられたベルムレクスが、凄まじい数の軍勢を得ている事は予想され得た事だ。ましてや、繁殖力に優れるゴブリンを支配下に置いたならば、尚更だ。如何に同盟各国の戦力を結集させようと、数の上での不利は否めない。

 だから要所要所を突出した戦力で支え、それをまた全員で補う。そういう作戦だ。


 翻ってベルムレクスの視点で見るならば、雑兵で埒が明かないとなれば強力な個体を前に出して均衡を破らなければならない。


 飛行船自体が敵の前線基地であり橋頭堡。負傷したり疲労したりすれば、後方に下がって治療も休息も可能な状態なのだから。


 故に――突出した戦力にはより強力な戦力をぶつけるなり数の力で押し切るなりして端から潰していかなければならない。

 自ら相手をしている魔術師の少年に対してもそう。ドラゴンゾンビに相手をさせているダンピーラに対しても、シリウス号の周囲で戦う面々に対してもそうだ。


 雪山に来るまでの囮を買って出た以上は、最も呪法に対して防御が厚いのがシリウス号である。ベルムレクスはそう見立てているし、事実その通りではある。

 心理的に揺さぶりをかけて直接対決を有利に進める上でも、シリウス号に乗っていた面々を排除する事こそが勝利に繋がるという見通しを持っている。


 だからこそ――司令塔にもなり得る寄生者達を部隊と共に前線に出してきた。


「まあ……横槍など入れさせはしませんが」

「ああ。少しばかり引っ掻き回して来るとしよう」


 そう言ったのはオズグリーヴとテスディロスだ。

 敵の軍勢を相手にして尚、圧倒できる実力を持つならば――光の領域内での迎撃に拘る必要はない。故にオズグリーヴやアルクスを始めとした幾人かの者は、行動に比較的自由が利く。思う様戦場を駆け回り、不利になりそうな戦線を支える。そういう役割を持っている。


 オズグリーヴ達が選んだのは、シーラ達の補助。不死者の兵隊が邪魔をしないように抑える。そういう役回りだ。


 オズグリーヴの放った煙がテスディロスと同じ姿形を取ったかと思うと、そのまま敵陣へと突っ込んでいく。オズグリーヴの狙いは前衛に強化を施せる後衛、魔法を使える不死者達だ。


 不死者の軍勢は当然のように煙の軍勢を迎え撃ち、そしてオズグリーヴは当然のように接敵したテスディロスの偽物を煙に戻して拡散させた。


 身構える不死者達に、オズグリーヴは薄く笑う。


「学習能力といい、統率の取れた動きといい……出来の良い事です。感覚器官があるとするなら、生前の肉体の物を流用しているのですかな?」


 拡散した煙が再結集。敵の前衛の顔面を覆って――固まった煙が針のように内側に向かって伸びる。兵が煙へ。煙が凶器へ。変幻自在の技こそがオズグリーヴの武器だ。


 アンデッドの兵としては規格外に個々の判断能力が高い。しかしもしそれが感覚を流用してのものであるなら視覚を潰してしまえば良いと、オズグリーヴは笑う。

 この程度のダメージではアンデッドの活動を止める事はできない。しかし、オズグリーヴの推測が正しいのならば、感覚器官を潰すというのは、そのまま戦闘を継続させるならば司令塔――寄生者による直接制御を必要とする。


 個々の判断から制御下での対応へ。切り替えを必要とする一瞬の間隙と混乱。そこを突いて無数のテスディロス達が悠々と突っ切りながらその手にする得物を引っ掛けるようにして切り刻んで、敵部隊の前衛を突破。後衛へと肉薄する。

 マジックサークルを展開したゴブリンメイジ達が風の弾丸を放つ。煙のデコイへの対処としては正しい。しかし、テスディロス個人に対しては不十分だ。


 本物のテスディロスが全身に雷を纏ったかと思えば、ゴブリンメイジ達の間を雷そのものといった凄まじい動きで突き抜けていった。


 使役されるタイプのアンデッドが魔法を行使するという時点で特殊だが、これはオズグリーヴの立てた推測通り、魔力の回路を生前のまま流用すればこそだろう。

 雷撃で体内から焼き焦がされれば、体内魔力の流れにも損傷を受け、精密な制御も意味をなさなくなる。事実として、ベルムレクスは大きく破損したアンデッドは、抱きつかせて相手の動きを封じるだとか、率先して敵の弾幕を防ぐ肉の盾として運用してくる。そしてそれは――本来後衛であるゴブリンメイジとて、例外ではない。


 強烈な雷撃を浴びせられて口から黒煙を噴きながらも、ゴブリンメイジ達は愚直にテスディロスに掴みかかろうとする。それをウィンベルグが放った光弾が貫いていった。僅かな隙であってもテスディロスが離脱するには十分に過ぎる。


 入れ替わるように閃光のような速度で敵部隊の只中へ飛び込んでいったのはアルクスだ。すれ違いざまにブレードで切り裂き、至近から魔力の散弾を浴びせて、有無を言わさず木端微塵に粉砕する。


 後続部隊を引っ掻き回し、数の利を殺し、分断し、組織だった動きでの横槍を入れさせない。それを目的とした動きだ。


 そんなアルクスを部隊の司令塔たる寄生者が捨て置く事はしなかった。巨大な白豹の器を持つ寄生者がマジックサークルを展開すると、破壊された不死者達の器から黒い靄のようなものが立ち昇り、その身に集まっていく。


 死霊術と呪法を組み合わせた応報の術式。仲間が破壊されればされるほど、力を増す。そういう術だ。白豹の魔物の身体に隈取のように黒い靄が紋様を作り出す。黒い炎を纏い、寄生体が凄まじい勢いで飛んだ。


 それはアルクスに追いつくほどの速度。空中で、二度、三度とブレードと黒い炎の爪撃が交差する。


「雑兵の手には、余る者が、まだいるようだな。応報術式の、手札を切るのは癪、だが」


 そうして白豹の肩口から湧き上がるように蠢く獣の顔――寄生体が言葉を紡いだ。


「……自意識があるとは驚きですね。分体と思っていましたが」

「器の元の人格が。個々の性能差が。あの御方の呪法兵としての差異を形成する。貴様は――このまま我と、踊ってもらうぞ」

「できるものなら」


 そう言って。パラディンと白豹は魔力光と黒い炎の尾を引いて、空中で幾度も交差し、衝撃と火花を散らす。




 めきめきと軋むような音を立てて、シーラと相対する寄生者の身体が変形していく。内から膨れ上がる黒いオーラを鎧として練り固め、瘴気剣と同様に刃を形成させてその手に握る。元の器は――オーガと四足の獣の半身を持つ、キメラであったはずだ。

 それが人馬一体の黒い騎兵へと変化していく。


「あの魔術師と……貴様らは縁が深そうだ。故に、貴様らを血祭りにあげる事が、あの魔術師を攻略する鍵、となる」

「それは無理。お前らは私達が倒すし、あの人はベルムレクスに勝つ」


 両手に真珠剣を構えてシーラが言う。テオドールの名前を出さなかったのは、呪法に影響する可能性を考慮してのものだろう。


 小さくスパークを放つ黒い炎に合わせるように、シーラもまた闘気を練り上げ、高めていく。互いに向かって踏み込むのは殆ど同時だった。真正面から突っ込んでいったかと思えば、シーラが右に左に飛んで、一瞬後に姿が掻き消える。


 シールドでの反射移動を繰り返し、斜め後方から逆さになったシーラが真珠剣での刺突を見舞う。黒騎兵は頭上から繰り出された一撃を、正面を向いたまま長剣で受け止めた。関節の可動域が通常の生物のそれではない。無数の剣戟を散らしながら疾駆し、追いすがるシーラと高速移動しながら切り結ぶ。


 黒騎兵が駆け上がるように身体を反転。斬撃と同時に猛獣の爪が空間を引き裂き、爪撃が走った。転身。身体を回転させて斬撃と爪撃の隙間をすり抜けたシーラの姿が掻き消えたかと思うと、下方――至近から蜘蛛の糸が浴びせかけられる。獣の前足と後足の力を揃え、直上に向かって大きく飛ぶ事で、網が閉じるより早く離脱する。開いた左腕から呪法誘導弾が放たれるも、あらぬ方向に誘導弾は飛んで行ってしまう。


「呪法対策か。厄介なものだ」


 黒騎兵はひとりごちるように言った。獣の反射神経とオーガの瞬発力。その器を束ねるのは知性を持ち、呪法をも操る寄生体。対策はあるとはいえ、相当に危険度の高い相手と言えた。




 イグニスを操るローズマリーが対峙したのは、カラスの鳥人とその器に宿る寄生体であった。カオスレイヴンと言われる鳥人の魔物だ。魔界固有種ではあるが、好戦的で身体能力が高く、生き物を見かけると積極的に襲い掛かってくる為、非常に危険度が高いとされている。


 図書館で調べた魔界の魔物の記憶を思い起こしながら、イグニスとマクスウェルに構えを取らせる。

 じわり、と黒い水が染み出すように、両手持ちの大鎌がその手に現れる。


「オルジウスを思い出す出で立ちね。気に入らないわ」


 そう言って眉根を寄せるローズマリーを見て、カオスレイヴンはさながら機械仕掛けのようにぎこちない動作で首を傾ける。寄生体が肩口から染み出し、そして口を開く。


「……人形と戦、車。興味深い機工。主に捧げれば、お喜びにな、る。術者は、邪魔。殺、す」

「――わたくしの命も含めて。お前らにくれてやれる物など、何一つとしてないわね。来るがいいわ下郎」


 羽扇で口元を隠しつつ、片目を見開いて笑うローズマリー。その言葉を合図にしたかのようにカオスレイヴンが突っ込んでくる。大鎌をマクスウェルで受け止め、戦鎚を叩き込めば、金属板を叩いたような硬質な音が響いた。


 翼だ。烏の羽根に黒いオーラを纏い、武器や防具の代わりとする。飛翔能力は飛行呪法に任せ、大鎌と黒翼でイグニス、マクスウェルと猛烈な密度での剣戟が繰り広げられるのであった。

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