番外771 魔界決戦
不死者の軍勢が隊伍を組んで迫る。雪の下から現れた者達。稜線の向こうから現れた者達。迫ってくる連中は雪山を埋め尽くすかと思うほどの数で。魔界の魔物については調べた。雪山にいると言われていた魔物達。ここに棲息しているはずのない魔物。
それはベルムレクスが淡々と――或いは嬉々として狩ってきた命の数だ。
「行くぞッ!」
「おおおおおッ!」
ベルムレクスを見据えたままで、みんなと共に咆哮を上げて敵の軍勢――その先陣へと突っ込む。シリウス号も着かず離れず。いつでも撤退や交代ができる位置で俺達を支援する。
アンデッドの軍勢はその手にしている得物や自身の掌に黒いオーラを集中させると、こちらに向かって斬撃波や弾丸として放ってきた。
当たらない。俺もグレイス達もエリオット達も。当たる軌道の物だけ弾き散らし、シールドで逸らし、お返しとばかりにこちらも弾幕を張って、その只中を突き抜けて敵へと切り込む。激突の瞬間、剣戟の音が響き渡り、火花が弾ける。
魔力循環。スパーク光を散らすウロボロスを、その呻り声と共に振るえば、受け損ねたゴブリンのアンデッドが側頭部に直撃して真横に吹っ飛んでいった。
黒いオーラを闘気や魔力のように使う。ゴブリンを基にしたアンデッドとは思えない程の運動性能と判断力がある。魔界のゴブリンはルーンガルドのそれより強力ではあるらしい。
だが、それを差し引いても相当なものだ。アンデッドの兵士として元より底上げされていると考える必要があるのだろう。だが――。
マジックサークルを展開。火、風複合魔法、第5階級ブラストフレア。
ウロボロスの先端から凄まじい炎が噴き出す。普通の炎というよりはさながらトーチやバーナーのような高出力の炎を浴びせる魔法だが、魔力循環から放つそれは有効射程が短くなる分、火力も出力も凄まじいものになる。
正面に迫る剣。絡めて跳ね上げ、敵陣目掛けて薙ぎ払えば一瞬の交差で高出力の炎を浴びせられてアンデッドの身体が炭化していく。結局のところ、使役される系統のアンデッドが動けるのは元の肉体の構造をゴーレムとして流用しているからだ。
骨が砕ければ性能も落ちるし、筋組織が焼かれて駄目になればそれだけ動きも鈍る。
不浄な物を高熱で焼き尽くすという意味もあるが、火属性がアンデッドに有効、というのはそういう事だ。
炎の風車のように振り回して当たるを幸い薙ぎ払って突き進む。炎の奔流と交差して動きの鈍った連中に、グレイスやイグニス、エギール達やロギが突っ込み、粉砕し、切り刻んで叩き落としていく。
そこに……凄まじい勢いで突っ込んでくる影があった。ベルムレクスだ。
閃光のような斬撃をウロボロスで受ける。重い衝撃。交差したベルムレクスの魔槍を、斜めに逸らして受け流す。火魔法を解除しながら体勢を崩される前に切り返し、跳ね上がる槍とウロボロスの先端が交差、互いの魔力が干渉して火花を散らす。
他の皆を捨て置き、数の有利も差し置いて。俺を自由にさせるのは拙いという判断か。それとも――自らの手で俺を喰らうという腹積もりか。
ベルムレクスの支配する精霊達の力があまり機能しないのも、高位精霊の加護があるからだ。それを考えれば俺から優先的に撃破するという考えだとしても間違っていない。
ベルムレクスの考えはどうあれ、一対一での戦いは望むところだ。飛び回りながら周囲から離れた戦場へベルムレクスを誘導する。奴もまた、笑いながらそれに応じる。
一瞬、ベルムレクスの視線が後方へ向く。それに応じるように、山頂に姿を見せていたドラゴンゾンビが、シリウス号目掛けて大きく口を開く。
黒い閃光。そうとしか形容しようのない輝きが放たれ――そして中空で大爆発を起こした。
「貴方の相手は私がします」
ドラゴンゾンビの吐息を押し留めたのはグレイスの手から放たれた漆黒の闘気砲弾だった。両手の斧を構えて闘気を漲らせるグレイスに、ドラゴンゾンビは目標を定めたのか。山頂から飛び立って突っ込んでくる。
グレイスもまた大きく横に跳ぶ。他の者を戦闘に巻き込まないようにする為だ。高度を上げて戦う俺達に、敵が割って入れないようにクラウディアの簡易結界が分断する。これでいい。敵に分断されているのと違い、状況に応じて俺達は任意に合流できるからだ。とはいえ、ベルムレクスからの軍勢への指示を断絶できるわけでは無いが――。
「受けなさいっ!」
甲板から――アドリアーナ姫が火魔法をぶっ放す。アンデッドの一団目掛けて放たれた赤い火線が着弾すると爆発を巻き起こす。
火と言えばベリウスもだ。甲板のクラウディアの近くに陣取ったまま、三つの首から火線が放たれ凄まじい火力で迫るアンデッドを吹き飛ばしていく。
エリオットの一撃が不死者に突き刺さる。そこから体内に叩きこまれた水が急速に凍りついて不死者の身体ごと内側から粉砕していた。エリオット程の技量になれば、相性も無視して致命的なダメージを与える手段の一つや二つぐらいはある。
それでも敵の数が多い。アンデッドを使役して攻撃に使う理由の一つとして痛がらず、恐怖もしないという一点にある。焼かれ、砕かれ、性能の低下したアンデッドは肉の盾に。数で押しきる。技を力と数で押し潰す。そういう戦略。事実としてベルムレクスもそういう戦法をとってきた。
それを――有無を言わさない巨獣の一撃が薙ぎ払っていった。
「小兵に集られるのは面倒だが、こうしてみると人化の術は便利だな!」
吹き飛んでいくアンデッドの一団を見ながら、そう言って牙を剥いて笑うアルディベラ。身体を勢いよく回転させながら、一瞬だけ人化の術を解除して一撃を浴びせたのだ。
恐らくは多対一の戦闘も慣れているのだろうが、巨体だけに死角から小型の敵に取りつかれるのには辟易しているのだろう。
寄生体は――前に出てこない。生きていて判断能力を有するからこそ、不死者の軍勢の司令塔になり得るのだろう。寄生体と言ってはいるが、魔力波長から見るに実質的なベルムレクスの分体だからだ。
と、その時だ。歌声。歌声が戦場に響いた。歌っているのは寄生体。闇の底から響いてくるような悍ましい怨嗟の歌。
呪歌の対象は、俺達だ。どんな効果があるのかは知った時には致命的なのだろう。
同時に不死者の軍勢も動く。鳥の群れが一つの巨大な生物のように動くように。黒い津波のような軍勢が大きく外に膨らんで――シリウス号を中心に戦う俺達を包囲するように迫ってきた。
だが。
寄生体の呪歌を掻き消すように。澄んだ歌声と美しい音色が。戦場に響き渡る。
それは――飛行船の伝声管から聞こえる、ハーピーとセイレーン達の歌声。彼女達の奏でる旋律。呪歌を呪歌と呪曲で以って、相殺して押し返す。ベルムレクスが呪歌を使って狩りをしていたという情報から、対策は立てている。
2隻目、3隻目、4隻目と、四方から次々飛行船が突っ込んでくる。隠蔽術を解除し、包囲しようとしていた敵の軍勢に衝角戦法を敢行したわけだ。
そう。今まで建造した飛行船達の、最低限の改修は終わっている。つまり――召喚魔法で境界門を行き来できるように。俺達が隠蔽術を使わずに雪山に接近したのもこれが目的だ。伏兵として奇襲を仕掛けて、敵軍を叩く。
陣形を乱されたそこに、飛行船から更なる追撃が見舞われる。七家の長老達による大魔法だ。巨大な火炎旋風が巻き起こる。
シリウス号一隻に乗せられる人数では、ベルムレクスが時間をかけて構築した軍勢を相手取るには頭数的に厳しいだろうと、それぐらいの予想は立てている。当然、数で勝るなら包囲も仕掛けてくるだろうというのは予想済みだ。
それでも尚、ベルムレクスは笑っていた。或いは対策されている事も、伏兵がある事も承知の上か。アンデッドを軍として運用する以上は体力も魔力も消耗させた上で押し潰すという戦略を思い描いているのだろう。
稜線を越えて現れる新手。更なる軍勢が動き出す。大型の魔物のアンデッド。その姿は異形だ。黒いオーラを纏う四足の獣の背から融合するように人型の魔物が生えている。
合成獣を更にアンデッドや寄生体にした、異形の軍勢だ。現れたそこにベリウスが3連の火線を叩き込む。
が、不死者部隊を率いる寄生体達が黒い障壁を展開してそれを受け止めていた。爆風を突っ切り、飛行船団に向かって突っ込んでくる。
一括りにはできない性能差を持つ連中だが、突出した能力を持つならば、こちらも相応の戦力で迎え撃つまでの事、とばかりにそれらに突っ込んでいく。
「あいつらは私達が相手をする……!」
シーラが。イグニスが。デュラハンが。寄生体達へ突っ込む。数の多い蛮族達のアンデッドを各国の武官達が抑える事で、戦線が崩れないように支える。魔界の空を舞台に、互いの総力を結集した戦いが始まろうとしていた。




