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番外770 山麓に吼える

「間もなく現地に到着します。戦闘準備を整え、いつでも動ける状態で待機して下さい」


 ティアーズの合図を受けて頷いたシオンが船内各所に通達を出す。シリウス号に乗っている面々も戦意は十分なようで武器を傍らに拳を握ったりと、いつでも動けるという様子だ。


「いよいよ、ですね」

「そうだね。まずは平野部の状況確認からだけど、俺達も準備しよう」


 グレイスの言葉に答え、オズグリーヴとテスディロスの封印術を順番に解いていく。オルディアはイグナード王と一緒にいるので封印術はかかっていない。そもそも彼女の場合は自分自身の力を抑制する事も自在だしな。


 それからグレイスの呪具の封印を解く。マジックサークルを展開。指輪に口付けをすると、グレイスの瞳が赤く染まる。そうしてグレイスはみんなと一緒に俺を見ながら頷いた。


 シリウス号の速度を落とし、みんなと共に甲板へと向かう。周囲の状況――生命反応や魔力反応を直接この目で見るためだ。

 生命反応については……シリウス号のモニター越しに見る事ができるので、既に異常な兆候が表れているのは分かっている。

 あの雪山に近付くに従って、段々魔物と言わず動物と言わず、生命の数が明らかに少なくなっているのだ。ベルムレクスが糧としたか。或いは兵隊として作り替えたか。


 甲板に出てみるが、陰に偏った性質を持つ小さな精霊達がシリウス号の周辺を横切って行った。

 雪原には――何もない。何もだ。魔力反応はおろか、生命反応が殆ど感じられない。僅かに小動物の反応を検知した程度だ。元々雪原という事で生命は少なかったのだろうが、これは……。

 山岳地帯から吹いてくる風の音だけが響く、白い白い死の荒野が眼前に広がっていた。


「何も、ない。呪法系の罠を仕掛けられてないのは僥倖なんだろうけれど、生命体の反応が殆どない」

「……ベルムレクスが狩りつくした、というわけね」


 クラウディアが眉根を寄せる。


「そしてそれは、妾達が負けた場合に、他の場所でも起こる出来事でもある」


 パルテニアラの言葉に、みんなが表情を引き締め直して正面の雪山を睨む。

 敢えて雪原に罠を仕掛けずにおいたのは、この付近に立ち入っただけで攻撃を仕掛けていたら雪山の異常を自ら知らせてしまう事になるからだろうか。


 もう少し時間を与えればこの付近にもベルムレクスも色々罠を仕掛けられていたのかも知れないが。


 ともあれ、雪原は軍の駐屯地にもできるし野戦での迎撃をする場所としても使えるというのが判明した。飛行船がある以上はこちらから攻め込むだけの話だが。


 水晶板モニターと通信機を使い、各所の状況を把握。周辺と味方の状況確認を終えて――シリウス号は更に前へと進む。魔界の濃い環境魔力のせいで魔力反応や生命反応が見えにくいのが問題だ。だが……近付くに従って、その異常さが明らかになってくる。


「――アルファ、シリウス号の前進を停止」


 傍らのアルファに言うと、シリウス号が空中に停泊する。眼前に広がる光景に、表情が険しくなる自覚があった。


「魔力反応が――雪山全体を覆ってる。多分、ベルムレクスの魔力だけれど、濃い部分と薄い部分があるな。それから生命反応も複数……どっちも雪の下だ」


 奴が根城にした雪山がまともなわけがない、と思っていたが、これ程にか。別の生命が生き残っているのは少し予想と違ったが、生命反応も何やら普通の状態ではない。雪山の状況は、未知数だ。

 分かった事はどんな些細な事でもいい。通信機で全て、リアルタイムの報告として各所に流して情報を共有する。


 マジックサークルを展開。遠隔呪法弾の応用による探知だ。まずベルムレクス本体の居場所を明らかにしなければ、これ以上踏み込めまい。

 照準の条件としてベルムレクスの出自や魔力波長等々、俺の知る限りの情報を練り込む。


「行け――」


 ウロボロスを振るえば三つの頭蓋型呪法弾がシリウス号の船首、右舷、左舷方向に散らばり――照準に従って真っ直ぐに青白い光を放った。光が交差するところに、ベルムレクスの本体はいる。


 魔力の濃い中心部分を光が指し示す。最も高い山の中腹。地中深く。そこに奴はいる。


 だがこちらが場所を特定したその途端に、異変が起こった。山が、大地が。鳴動するように震えだしたのだ。眼前に広がる白い雪山のあちこちが、内側から弾け飛ぶようにして漆黒の奔流が噴き出す。


 地面を覆う氷が砕け、雪が吹き飛び、白い山のあちこちに不死者の群れが姿を見せる。蛮族に魔物。大型の獣。無数のアンデッド達。その手には飾り気がないながらもしっかりとした武器が握られていて、鎧の隙間から黒いオーラをくゆらせるように立ち昇らせている。


 雪の中にあった生命反応の正体も判明した。不死者に混ざるようにして、生きている蛮族や魔物がいるのだ。但し、身体のどこかに、蠢く黒いヘドロのような何かを付着させている。


「あれ――! 見た事ある!」


 エルナータが艦橋から声を上げる。そうだ。エルナータの傷口に寄生していた生物。

 あれだ。ベルムレクスが寄生生物の力を取り込んだのか。それとも寄生生物を不死化するなどの手段で隷属しているのか。どんな方式を取ったにしても、生きたままベルムレクスの支配下にあるのは間違いない。

 雪の下から現れたばかりだというのに不死者達と共に、一糸乱れぬ、隊列を組んで見せる。


 さながら王に仕える騎士達のように。蛮族達の死体や魔物達の死体が。寄生生物に乗っ取られた生命体が。武器を眼前に構えて直立不動の姿勢を取る。その動きはさながら訓練された兵士のそれだ。

 寄生体もアンデッドも、どちらも動きに遜色がないというのはベルムレクスの構築した術式の制御能力が非常に高い事を示している。


『……あんなものまで連れているのか』


 水晶板モニター越しの、メギアストラ女王の声。感情は抑えているが、どこかに不快を覚えている響きがあった。

 それは――雪山の稜線の向こうから姿を見せた。あちこち肉が削げ落ちて白骨の覗く竜の死体。赤い鱗を持つドラゴンゾンビだ。

 黒竜ではないようだが……それでもメギアストラ女王にとっては同族意識があるのだろう。


 ドラゴンゾンビはシリウス号を睥睨すると、天高く咆哮を山麓に響かせる。


 そして……呪法弾の光が指し示す山の中腹からそれが現れる。


 雪山の斜面から染み出すような黒が広がり――空中に浮かんで巨大な暗黒球体を作り出す。蠢く暗黒の球体表面が波立ち、亀裂が生まれたかと思うと巨大な目が形作られた。その目が――右に左に動いて真っ直ぐに俺を見据える。

 そうして巨大な目はさながら、三日月のような形に歪む。嗤っているのだ。


「ベルムレクス――」


 縮小し、圧縮されていく暗黒の球体。大きさに反比例するように魔力も生命反応も途方もなく膨れ上がり、充実していく。探知の光は球体の中心部を差したまま。


 人間大まで凝縮された暗黒が形を成す。腕を、足を、身体を。人型をした闇のようなそれに、白磁のように真っ白な人間の顔が浮かんだ。血のように赤い虹彩。黒い眼球。


 奴を造り出したエルベルーレ王とゼノビア、両者の面影もそこにある。二人の因子をどこかで引き継いでいるのかも知れない。


 骨組だけの翼のようなものが背中から展開する。紫色の光が手の中に展開し、槍とも剣ともつかない長柄の武器が握られた。


 不死者と寄生体が、一斉に武器を掲げて咆哮する。雪山を揺るがすように響き渡る雄叫び。一糸乱れぬ陣形のままで、ゆっくりと空中に浮かび上がってくる。

 ……飛行呪法か。地上戦力よりも空中を飛べる戦力を揃えたのだろう。アンデッドにも寄生体にも、それらの術を仕込んでいるところを見ると、奴にとってはどちらも呪法兵のようなものなのかも知れない。


 それでも。それでも俺達の戦意に陰りはない。


「いやはや。月の一戦を思い出しますね」


 サフィールに跨ったエリオットが笑う。

 シリウス号の周りを守る様にエリオットやエギール達が飛ぶ。


「これほどの化物とは思いませんでしたが……尚の事、負けてやるわけには参りませんな」


 ロギを始めとした魔王国の面々が陣形を組む。動物組も魔法生物組も、シリウス号の周辺に立体的な陣形を展開した。

 訓練を積んだ精鋭であるのはこちらも同じだ。如何に奴の準備した軍勢の完成度が高かろうと――。


「ベルムレクスに率いられるだけの意志のない軍勢等に負けるわけにはいかないな。奴を叩き潰して、凱旋と行こうか!」

「おおおっ!」


 俺の言葉にみんなも武器を掲げて咆哮する。

 俺を見据えて笑うベルムレクスもまた、俺を目標として見定めている。さあ――。戦闘開始といこう。

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