番外768 決戦の地へ
一夜が明けた。いや、魔界なので一夜ではないが、賑やかな宴会が終わってから眠って、それから起きた、という事だ。
決まった昼夜のない魔界で。しかもベルムレクス相手に夜討ち朝駆けも何もない。しっかりと目を覚まし、準備を万端整えてから討伐に向かう予定ではあるので、急いで寝床から起き出す必要もない。
「ん……」
目を開けると横からグレイスに抱きつかれていたり、アシュレイに手をしっかり握られたりしていて……その、感触やら暖かさやらは結構刺激的なのだが……俺達のいつもの朝という感覚がこういう日には嬉しくもある。
俺が一番早くに目が覚めたからか、暫くそのまま、みんなのあどけない寝顔を堪能させてもらったりして。
クラウディアやローズマリーはあどけないなんて言ったら否定しそうな気もするけれど……まあ、実際そう感じるのだから仕方がない。
「……ん。おはよう。良い朝。朝じゃないけど」
「うん、おはよう」
そうやってみんなとの時間を過ごしていると、最初にシーラが目を覚まして、俺と視線が合うと耳と尻尾をぴくぴくと動かしながら目覚めの挨拶をしてくる。
大体同じ生活サイクルなので、誰か目を覚ますとその気配で他の誰かも目を覚ますといった事が多い。みんなも次々と目を覚まし「おはよう」という目覚めの挨拶を交わし合う。
「おはよう、テオドール君。今日は――頑張るから」
「ああ。そうだな。俺も……みんなと一緒に無事に帰れるように頑張る」
イルムヒルトはそんな挨拶を交わすと、嬉しそうに笑ってから抱きしめられた。それを見たみんなも顔を見合わせてこちらに微笑みを見せて、マルレーンがイルムヒルトに続くように抱擁をしてくる。
マルレーンは俺の胸のあたりに頬を寄せるようにしっかりと抱きついてから、口を開いた。
「うん。一緒に、帰って来る」
鈴が鳴るような綺麗な声ではあるが、強い意志も感じさせる。そんなマルレーンの言葉。
「それじゃ、姉としても頑張らないとね」
ステファニアもそう言って、にっこり笑って楽しそうだ。
ローズマリーはそんな抱擁の流れやステファニアの言葉にやや困ったような様子だったが――。
「まあ、その……わたくしも、全力は尽くすわ」
と、そう言って俺にそっと抱きついてくる。
「みんなと一緒に帰れるように、私も私の仕事を頑張ります」
「私もだわ。結界と転移魔法は任せてね」
抱擁しながらそう言って……魔力の流れにも気合が入っているアシュレイとクラウディアである。
「うん。いつも頼りにしてるし、助けて貰ってる。ありがとう」
そう答えると嬉しそうに笑って頷く。
「ダンピーラとして生まれた事を悲しく思った日も有りましたが……今は、私にテオと一緒にどこにでも行ける力がある事や、みんなを守れる力がある事を、嬉しく思っています」
グレイスは真剣な表情で言って……それから少し冗談めかして笑う。
「ここが魔界である事や、相手がアンデッドである事も……きっと私にとっては有利だと思いますから」
「けど、それを運命だなんて言わない。一緒に頑張ってきた結果だから。みんなで……ベルムレクスを倒して来よう」
「はい……!」
そうしてみんなと暫く抱きしめあってから離れる。静かで穏やかな時間。けれど、俺にとっては何の為に戦うかを見つめ直す時間でもある。昔の事。タームウィルズに向かってからの事。色々な記憶と感情が頭の中を過ぎる。戦いの前に、随分と気合も入った。
朝食を済ませて支度を整えて広場に出る。見送りの面々と討伐に参加する面々がそこで俺達を待っていてくれた。出陣の準備も諸々整って、いよいよ南方に向けて出発というところだ。
お祖父さん達と七家の長老達も見送りに来てくれていて、俺の姿を認めると代わる代わるにハグしてくれる。
「まずテオドール達が先行……重々気を付けるのだぞ」
「はい。後は作戦通りに」
「任せてくれたまえ。最高の仕事をしてみせよう。地下生活で鈍っていた身体や勘も大分取り戻せたと思う」
俺の言葉にシャルロッテの父であるエミールが自信ありげな笑みを浮かべ、七家の長老達もにやっと笑う。これでシルヴァトリアの魔術師――というより七家は実戦に重きを置いているからな。シルヴァトリアの魔法騎士団の面々はそれを知っているからか、うんうんと頷いたりしていた。心強い事である。
カミラがエリオットに見送りの言葉をかけたり、アシュレイやマルレーンがオフィーリアと手を取り合ったりと……各々見送り前に思い思いの者と言葉を交わす。
「僕がテオ君について行けるのはいつもここまでだけれど、気を付けてね」
「アルの作ってくれた魔道具は信頼してるから、安心して戦えてるっていうのはあるよ」
そう答えると、アルバートは少し目を開いてから、嬉しそうな表情を浮かべる。
「そう言って貰えると嬉しいよ。応援するつもりが僕の方が勇気付けられてる気がするけどね」
アルバートと笑い合い、軽く拳を合わせる。
クェンティンとコートニーもデイヴィッド王子を腕に見送りに来てくれる。
「皆さんに挨拶を」
と、デイヴィッド王子も俺達に顔を見せてくれる。
「行ってきますね、デイヴィッド殿下」
視線を合わせて顔を覗き込むようにしてそう言うと、デイヴィッド王子は嬉しそうに声を上げ、俺に向かって手を伸ばしてくれる。デイヴィッド王子には何だか気に入られているような気がしないでもない。
俺からも手を差し出すと、指を掴まれてキャッキャッと声を上げながら握手をするように軽く振ったりしてくれていた。
「ふふ、戻ってきたらまた会いましょう、デイヴィッド殿下」
エレナも微笑んでデイヴィッド王子の柔らかそうな前髪を軽く撫でたりして、女性陣も楽しそうな様子であった。
「ではな、テオドール。そなたの武運長久を祈っている」
「はい、行ってきます。メルヴィン陛下」
「また後で会おう、テオドール公」
「はい。また後程」
メルヴィン王やメギアストラ女王とも言葉を交わす。そうして――俺達と同行する面々を点呼しつつ、シリウス号に乗り込んだ。
俺達。アドリアーナ姫やエリオット、魔法騎士団を始めとしたルーンガルド各国の精鋭達。ロギやエンリーカ、ブルムウッドと魔王国の精鋭達。
それぞれがシリウス号に乗り込んで俺達と共に同行する。ファンゴノイド達は魔法が使えてもあまり実戦訓練していない。戦闘には向いていないので後方支援に回るが……ボルケオールは戦場の様子が後で何かの役に立つかも知れないと、記録係として同行することになった。エルナータは……王都で留守番するよりお互い親子で目の届く場所がいいとの事で、アルディベラと一緒だ。
「我の見立てではシリウス号内部も安全であるからな」
というのがアルディベラの弁である。納得するように頷いている面々もいたりするが。
そうして点呼も終わったところで、作戦や段取りをもう一度確認し、ゆっくりとシリウス号が浮上する。魔王城から、みんなが手を振って見送ってくれる。
王都の皆にも……既に俺達が南方に潜む怪物を倒しに行くと告知済みだ。魔王城の面々達と、王都の住民達が沿道に顔を出して手を振って見送ってくれる。
その中には図書館の司書であるカーラの姿もあって。甲板からみんなで手を振ると、俺達を応援するというように大きく手を振って、暫く大通りを小走りで見送ってくれた。
さて。いよいよベルムレクス討伐戦か……。奴も雪山で備えをして待っているのだろうが……こちらもやれるだけの事はやった。これ以上は――奴の好きにはさせない。




