番外766 決戦を控える前でも
ベルムレクスから遠隔攻撃があったという事もあって、魔王城に同盟の主だった者達で顔を合わせたり、水晶板越しに集まって話し合いをする、ということになった。
「――幸いな事にと言うべきか。攻撃自体はその一回きりで、防御をしっかりとしていた事もあり、大きな被害を出す事は無かった」
『逆に言うのなら……攻撃そのものが被害を出す事を目的にしていなかった、という事かしら』
メギアストラ女王が状況を説明すると、水晶板モニターの向こうでオーレリア女王が顎に手をやり、思案しながら言った。
「そうですね。僕も攻撃の目的は別にあったと見ています。込められた魔力の大きさに威力が釣り合っていませんでした」
恐らくは遠隔呪法を情報収集目的で使ってきた事。そこに込めた意思表示や揺さぶりの効果、想念結晶へ影響が出る懸念……それらの推測を伝える。
『何とも狡猾で、厄介そうな事だ』
エベルバート王が目を閉じてそう言うと、各国の王達も同感なのか険しい表情になっていた。
ベルムレクスの性質、性格についての認識はしっかり共有しておいた方が良いからな。
『しかしそうなると、こちらの準備期間も狭まってくる、か』
ファリード王がそう言って眉根を寄せる。
「そうですね。向こうは雪山に居を構えた時点で、居場所が発覚した時に迎撃も視野に入れていたと思います。実際にそういう状況になった事で、自分の陣容に問題がない事を確認したからこそ、次の一手としてこちらに手出しをしてきたのでしょう」
「性質上時間を与えたくない相手でもあるからな。こうなると、こちらの軍備もある程度の所で見切りを付けて、行動を起こす事を視野に入れる必要があるだろう。テオドールの計画した通り、こちらの軍備増強の速さまでは奴の想定外にあるだろうしな」
パルテニアラが目を閉じながらそう言って、みんなもそれに同意するように頷いていた。
「死霊術師やゴーレム使いのような術者を相手にするのなら、どれだけ数を揃えて質を高めようと兵士は術者の手足の延長ですからね。結局のところ……どこまでいっても奴はただ独り。本体を叩き潰せば――全体も止まるでしょう」
素性を知った以上は呪法探知の対象だ。潜伏は――させない。
『そしてそなたは……またしても矢面に立つ、か。そなたには苦労をかける』
メルヴィン王がそう言うと、エルドレーネ女王達も少し複雑な表情を浮かべるが――。
「ベルムレクスを放置すれば、魔界は勿論の事ルーンガルドも安全ではありませんからね。それに……諸々の因縁に終止符を打つ必要があります」
月と地上の争い。魔力嵐の事。魔人の事。魔界の事……。それらに関わり、立ち会って今日の状況を築いてきた身としては、ベルムレクスを捨て置くわけにはいかない。
俺の返答に、やや浮かない表情であったメルヴィン王も意を決したように穏やかな笑顔で頷いた。
『そうさな。今までもこれからも、そなたの事を頼りにしている。此度の騒動も、収めてくれるものと信じておるよ』
「ありがとうございます」
小さく笑って頷くと、討伐に参加する面々も気合が入ったような表情で頷いていた。
魔王城での話し合いの結果としては刻限を定め、それに合わせて動くという事に決まった。俺が予想するベルムレクスの対応よりやや早く、という時間設定だ。万全を期すというのならいくらでもやる事は思いつくが、現状、対策装備の魔道具は準備できているし、状況も動きつつある。時間に見切りを付けて動かなければならない局面である。
幸い転移魔法やシリウス号が進軍速度の面で恩恵が大きく、その分準備期間をぎりぎりまで多く取れる、というのはあるがな。
それと……出陣前にみんなで集まって食事会を行う事が決定した。
作戦前なので酒は飲めないが、みんなの絆を高めようというわけだな。非戦闘員ではあるが、メルヴィン王やエベルバート王達もこちらに訪問してくる、との事だ。
「酒が無いのは少々残念だが、魔界を訪問してくれる事を嬉しく思っている。歓迎と出陣前の宴だ。盛大にしたいものだな」
と、メギアストラ女王は上機嫌そうに笑ってそう言っていた。
そんな風にして諸々の話もまとまり、今日するべき仕事も終わった。
みんなと一緒に迎賓館に戻ってくる。戦闘要員でもある俺達は日々の準備でも疲れを溜めないように早めに切り上げる、という事になっているからな。その分、鍛練も兼ねて色々並行作業をしたりもしているが。
「決戦が近付いていると思うと、気合が入りますね」
アシュレイが気合の入った表情――というか、きりっとした表情といった方が正確な気もするが――で言うと、マルレーンも同様の表情でこくこくと首を縦に振る。
「ん。そうだね。頑張ろう」
俺がそう言うと二人はにっこりと微笑む。
「テオドール君は連日沢山働いて、疲れてない?」
「ん。肩や腰が凝ったりしているなら、揉み解す」
イルムヒルトが首を傾げてそう言うと、シーラがいつぞやのように指をわきわきとさせる。
「あー……それじゃお願いしようかな」
決戦の前という今の時間だからこそ、みんなとの時間は大切にしたいというか。のんびりさせて貰おう。
「それじゃあ、ここに横になってね」
ステファニアが楽しそうにぽんぽんと寝台の上を叩く。
うつ伏せになって転がるとみんなが楽しそうに集まってきて、肩や腰、腕やふくらはぎ、足裏等を分担して揉み解したり指圧したりと、マッサージをしてくれる。
「力加減はどうかしら?」
「あー……。丁度良い感じだ」
「ふふ。それは何よりだわ」
クラウディアが笑う。みんな程良い力加減で……息を吐き出しつつ弛緩してしまうな、これは。
「今度はこちらへどうぞ。耳かきもしますね」
と、耳かき棒を持ってグレイスが膝枕を申し出てくれる。
「ん……よろしく」
少々の気恥ずかしさを感じつつ体勢を変える。頬に柔らかな感触を感じながらも丁寧に耳掃除をしてもらう。耳を傷つけないように、そっと優しく耳かきを動かすグレイスである。
「それじゃあわたくしは……爪の手入れでもどうかしら?」
と、ローズマリーが尋ねてくる。その手には何やら薬の入った小瓶があった。
ローズマリーによると爪の形や艶を綺麗にすると共に、割れにくくする効果があるとの事だ。ローズマリーが調合した特製の品という話だ。
「まあその……王族として爪の手入れもしていなければならないのだけれどね。わたくしの場合は、隠れて魔法実験等もしていたから」
と、そんな風に言いつつ羽扇で表情を見せないローズマリーであるが。必要に駆られてこういうケアも覚える必要があったという事か。
美容関係にまではあまり詳しくないので、爪の手入れは普通に切るぐらいであまり工夫はしていないが、構造的に強くなるというのは杖を持って打ち合う俺としては割と耳寄りというか……有りかも知れないな。
「じゃあ、そっちもお願いしようかな」
「ええ。任せて」
と、ローズマリーは薄く笑うと俺の腕を手に取り、最初に爪を切ったりヤスリで形を整えてから小さなハケで薬剤を塗ったりしてくれた。
仕上がりはと言えば、きっちりコーティングされて光沢があって綺麗なものだ。薬剤も魔法絡みのものなのか、僅かに魔力を感じる。
「ああ。これは良い感じだ。身体も軽くなったしさっぱりした」
「それは何よりね」
頷くローズマリーである。みんなも爪の仕上がりには興味があるらしく、見せて欲しいと覗き込んでくる。
「綺麗なものですね」
「私もお願いしてもいいかしら」
「ええ。構わないわよ」
俺の手を取って笑みを浮かべたり、そのままみんなで爪の手入れや美容の話をしたりと、盛り上がる女性陣である。決戦は近付いているが、そんな中でもこうしてみんなと穏やかな時間を過ごせるというのは、嬉しいものだと、そう思う。




