番外765 激突の予感
迷宮核内部での作業やルーンガルドでの諸々の仕事を終えて魔界に戻る。こうして行き来する際は、討伐に加わる面々の中から交代要員を連れていったりルーンガルド側に一時的に帰還して貰ったりする。
早めに魔界の環境に慣れてもらった方が良い。一度でも魔界の光景を見て、そこで訓練を積んでおけば実戦でも大分違うからな。
というわけで今回同行するのは、エリオットとカミラ、ヒポグリフのサフィール。それからエインフェウスの面々――イグナード王、オルディア、レギーナ、イングウェイといった顔触れが同行する。カミラが一緒なのは――まあ、オフィーリアと理由は同じだな。もしも仮に門が閉ざされたら会えなくなるというのが大きい。俺達が前例になっている気がしないでもないが。
「ああ――。これは綺麗ね」
「魔界に行く前にこれというのは、良い意味で緊張が解れるね」
浮遊要塞を通り過ぎ、ガブリエラとスティーヴン達が待っている庭園までやってくるとカミラが声を上げ、エリオットが笑みを浮かべる。エリオットとカミラは相変わらず仲が良さそうで何よりである。そんな二人の様子にアシュレイも上機嫌な様子だ。
「フェアリーライトと、底から照らされた水路か」
「フォレスタニア城でも宵闇の森でも目を引きますからな」
イグナード王が言うとイングウェイも目を閉じてうんうんと頷く。
「私達も待機している時にフェアリーライトには目を楽しませて貰っているわ」
と、ガブリエラも笑顔になる。まあ、魔界から来た面々の歓迎用だが、ガブリエラ達にとっても魔界に向かう顔触れにとっても楽しんで貰えるというのならそれは何よりだ。
「よく来てくれた。皆の話はテオドール公よりかねがね伺っておる。こうして我が国の危機に駆けつけてくれた事をこの国を預かる者として嬉しく思う」
境界門をくぐり、地下区画から転移門を使って魔王城の練兵場広場に出ると、メギアストラ女王がイグナード王達に歓迎と感謝の言葉を口にする。
「此度の事態は我らも看過できない故に他人事ではない。共に肩を並べて戦える事を嬉しく思う」
イグナード王もそう返答する。そうして挨拶と自己紹介を終えた所で、初めて魔界に来た面々が改めて周囲を見渡す。
「おお……これが魔界の空と、魔王城ですか。水晶板で目にしていましたが、やはり空気というか雰囲気が違いますな」
と、イングウェイも空を見上げて声を漏らす。
「環境魔力が総じて濃く、変異点が各地にある事やあちらでは見ない生態系を除けば、僕達が行動するにあたっては大きな違いがありません。空の光の向こう――あまり高空までいけないのも注意が必要ですが……空を飛んでも中々その高度までは行かないかな、と」
俺から魔界での注意点について説明をすると、一同真剣な表情で頷く。魔界の住民だと慣れ過ぎているので注意点に気付かなかったりするしな。同じ視点での意見というのが重要だ。
「エリオット! カミラさんも!」
と、そこにシルヴァトリア魔法騎士団のエギール、グスタフ、フォルカといった面々がそれぞれの跨る幻獣と共に降りてくる。レアンドル王とヴェルドガルの竜騎士達とで空中戦訓練をしていたようだ。
「エギール! みんなも元気そうで何よりだ!」
エリオットが嬉しそうにエギール達に応じる。
「決戦前にサフィールも早めに魔界の空に慣れさせておきたくてね」
エリオットがサフィールの頭を撫でるとグスタフが頷く。
「あー。幻獣や魔物には魔界の空気は案外心地が良いらしくてな。最初は少し戸惑ってたようだが、今は普段より調子が良いぐらいだ」
そんなグスタフの言葉に、何やらグリフォンやペガサス達と揃ってコルリスやティールも頷いていたりするが。まあ……魔石を体内に持つ種族には魔界の環境は活動しやすいだろうな。
「ああ、それは良いな」
エリオットがサフィールの喉のあたりを撫でると、サフィールも嬉しそうに声を上げる。
「確かにゼファードも調子がいい」
レアンドル王も降りてきて笑顔で頷く。
「では、合同で訓練と参りましょうか」
インセクタス族の魔界の騎士達がそう言って――ルーンガルドと魔界の面々による飛行訓練や空中模擬戦等が行われるのであった。
軍備や訓練も順調だ。ルーンガルドと魔界の武官の関係も良好なようだし、連係の質も良くなるだろう。
異常が起きたのは、それを見届けて俺達がファンゴノイド達のいる地下区画へ移動し、魔道具作りを進めている時だった。
南方主要都市の片方を見守っていたティアーズが、警告音を鳴らしながらマニピュレーターを振ったのだ。
モニターを覗けば――南方主要都市の上空を、黒紫色に輝く流星のようなものが通過していく所だった。
「遠隔呪法弾か……」
呪法弾の飛んでいった方向からすると王都ジオヴェルムに向かって飛来しているようだ。
何を標的に呪法弾を飛ばしてきたのかは分からないが――こうした攻撃は想定の範囲内である。
魔王国の国民は――皆想念結晶と魔法的な繋がりがある。それは想念結晶との間に契約魔法での繋がりがあるのと似ているのだ。だから契約魔法でその繋がりを明確にした上で、身代わりの護符やそれに準ずる術と想念結晶を結び付けてやれば――魔王国の国民を狙った遠隔呪法弾を引き寄せる事が可能、というわけだ。
遠隔呪法弾は――条件付けした対象を呪う事で自動的に狙うというものだからな。こうしたデコイに反応してしまう。そして王都に飛んできた呪法弾に関しては問題がない。
地下区画から移動して外に出る。弾着を待っていると、4、5発の遠隔呪法弾が王都に展開されている呪法防壁に激突して弾け飛んだ。
防御呪法の結界には――影響がない。術式維持も、防いだときの消耗にも問題がない。だからと言って、安心はできないのだが。
「……様子見、かな。今の威力は」
「ん。返されても問題ない程度?」
シーラがこちらを見て首を傾げる。
「そうだね。今のを目視した限りだと、一発一発の威力が低めな割に込められた魔力量がそこそこだったから何かしら情報を収集したりといった付加がしてあるんじゃないかな」
「己や実働部隊は動かさないが呪法攻撃は行う。その際に情報収集もする……。こちらへの意思表示でもあると思う」
パルテニアラがその手口を分析し、思案しながら言った。
「こちらの防御手段に探りを入れて……対応策を練る、という事かしら?」
「応用呪法を構築する程度のことはするでしょうね」
ローズマリーが眉根を寄せると、クラウディアも目を閉じる。
それに加えて、こちらの焦りを誘って準備を不十分にさせようという腹積もりもあるかも知れない。
どちらにしてもベルムレクスは雪山からは動くつもりがなく、迎撃のための準備も整っているからこうしてちょっかいをかけてきた、と見るべきか。
「ああいった攻撃が続くと、不安や動揺も広がるだろう。想念結晶への力の蓄積に対して影響があるかも知れんな」
「それも狙っての物、というのは有り得ますね」
メギアストラ女王の分析にエレナが表情を曇らせた。魔王国は既に南方の雪山に敵がいると告知し、臨戦態勢を整えているからな。
様々な理由が考えられるが、全て並行して成り立つというのがベルムレクスの厄介さを表しているように思えるな。……いずれにしても探りを兼ねた散発的な遠隔攻撃がこれから増えるのは確実だろう。
となるとベルムレクスの遠隔攻撃がこちらの対策に合わせてバージョンアップする前に俺達から攻め込む、というのが理想になってくるな。討伐の時が近付いているのを実感させられる。
いつも拙作をお読み頂きありがとうございます!
コミックガルド様のサイトにて、
コミカライズ版境界迷宮と異界の魔術師の第2話が配信となっております!
詳細は活動報告にて告知しておりますが、今回も見所が沢山で楽しんで頂けるものだと思います。
ウェブ版、書籍版共々頑張りたいと思いますので今後ともよろしくお願い致します!




