番外764 境界公と迷宮核
転移門の意匠を合わせ、起動試験も滞りなく完了した。
各地に設置した水晶板モニターの監視は、ティアーズ達が24時間体制でやってくれる。これが人の見張りだと集中力持続の関係でどうしても気を抜いてしまう瞬間というものが存在するが、ティアーズ達なら常時警戒態勢を維持できるからな。
元々迷宮中枢の防衛を任されているという事もあって、不動のまま監視し、異常を発見して知らせる、というのはティアーズ達の得意分野でもある。
「なるほどな。交代の人員が必要かと思っていたが、そちらの方が確実、というわけか」
魔道具作りの様子を見に来たメギアストラ女王に、ティアーズ達が監視している事とそのメリットを伝えると、感心したような声を上げていた。
「一応、魔力消費と補充の観点から、交代のティアーズを用意していたりはしますが」
と、言いつつ先程監視を終えて交代してきたティアーズを腕に抱えて魔力補給を行っていく。ティアーズ達も身体に光のラインを走らせ、マニピュレーターを軽く振ってお礼を言っていた。
「小動物のようで中々に愛嬌のある者達よな」
そう言って目を細め、軽くマニピュレーターと握手するメギアストラ女王である。同じく魔力補給の為にティアーズを抱えたマルレーンがにこにことした笑顔で頷いている。
「まあ、こういう受け答えは迷宮外で活動できるように、少し手が加えてある個体に限るのですが」
「任務以外の事もできるように遊びを持たせたわけですな」
ボルケオールが目を細める。地下区画に色々機材を持ち込んで、ファンゴノイド達にも手伝ってもらっての魔道具作りであるが、こんな調子で中々に和気藹々とした雰囲気だ。
「魔道具作りの方での不足はあるかな?」
メギアストラ女王が少し真剣な面持ちで尋ねてくる。
「今のところは大丈夫ですね。ファンゴノイドの皆さんがほぼほぼ全員魔道具作りに参加可能というのは嬉しい誤算だったと言いますか」
「ふっふ。知恵の樹があれば、ある程度の技能は種族全体で共有できますからな」
ファンゴノイド達が笑って教えてくれる。
なるほどな。過去の魔道具作りの記憶を共有化すれば、そうした技能関係の微細なノウハウも感覚として習得できるというわけだ。
まあ、そういうわけでファンゴノイド達も種族を上げて魔道具作りに協力してくれているという事もあり、ベルムレクス討伐に向けた準備はかなり捗っている、と言えよう。
「僕の見立てではまだもう少し時間がかかるのかなと思っていましたが、熟練した魔法技師の役割を果たせる方が予想以上に多くて助かっています」
空中戦装備。広範囲を防寒する魔道具。パルテニアラやネフェリィの広域対呪法術式。アンデッド対策の装備等々……。作るものは色々だが、外に出せる技術は魔王国にいる魔法技師が。外に出せない技術を使った物はファンゴノイド達にも手伝って貰う、という感じで並行して進めている。
「アルバート殿下やヴァレンティナ殿の技術が高度で、我らとしても大変良い刺激になっております」
「そう思って貰えるのは嬉しいね」
アルバートがファンゴノイド達の言葉に笑みを見せる。
「そうか。こちらの軍備もこのまま進めさせてもらおう」
「よろしくお願いします。僕も今の仕事が一段落したら、またルーンガルド側に行ってきます」
「うむ。テオドール公の動きが的確で助かっておるぞ」
ルーンガルド側でも軍を動かしたり、物資の集積をしている真っ最中だ。
俺の今の仕事としては魔道具作りだけでなく、ルーンガルド側から物資を魔界に持って来て、それらの物資をそれぞれの陣営が使いやすいように整頓したり、新しい面々を魔界に招待してみんなと引き合わせ、連係をしやすくしたりといった内容だ。
魔道具作りに参加できない面々は迷宮で大型の魔物を狩って、その肉を冷凍保存したり、長期保存しやすいように燻製や塩漬けに加工したりといった作業もしてくれている。
「狩りや料理の腕が役に立つなら嬉しいですね」
と、楽しそうにマンモス肉や恐竜肉の燻製や塩漬けを作っているグレイス達である。
「開拓村の避難民の皆さんはどうしていますか?」
「若手は物資の運搬等を精力的に手伝ってくれているな。村の方はゴーレムが良くやってくれていると、感謝の言葉を伝えて欲しいと言っていた」
メギアストラ女王が楽しそうに教えてくれる。開拓村の村民は割と気合が入っている様子だったからな。村人も村の方も、その後が順調なようなら何よりだ。
そうして魔道具作りが一段落したところで境界の門を潜り――ルーンガルド側でも仕事を進める。
「物資については前回までの輸送で落ち着いた感がありますね」
「シリウス号を使って一気に輸送していってくれたからね。当面の糧食、兵器については試算の上では大丈夫だろうと見積もっている」
フォレスタニア居城でジョサイア王子に会うと、資料に目を通しながらそんな風に説明してくれた。この辺、ジョサイア王子の調整能力や実務能力の高さもあって、こちらとしても仕事をしやすい。
「造船所の進捗に関しては何と言っていましたか?」
「七家の長老方は予定通り順調だと」
「それは何よりです。討伐戦にも間に合いそうですね」
ジョサイア王子の言葉に俺も笑顔を返す。
さてさて。そうなると少し手が空いた形になるだろうか。フォレスタニアやシルン伯爵領の様子も気に掛けつつ……今日は迷宮核で術式のシミュレートを行っていくとしよう。
フォレスタニアとシルン伯爵領における実務、各種施設の稼働、前々から進んでいる計画等に関しては大きな問題もなさそうだ。
魔界とは直接的に繋がるものではないが、このあたりの確認もしっかりしておかなければならないからな。この辺、家臣団が優秀なので俺達としても有り難い限りである。
さて――そんなわけで執務回りの事も済ませたので、迷宮核に移動し仮想空間にて術式のシミュレーションを行う。
無数の術式の輝きが遠くを流れる星空のような光景。迷宮核内部の仮想空間が視覚化されたものだが……何時見ても綺麗だと思う。
仕事の合間を縫ってこうして迷宮核内部でシミュレーションを行うのは――以前から構想していた術式の構築に目途が立ちそうだからだ。
この前の変身呪法の実戦投入でデータが取れたというのが大きい。竜に変身して一瞬に爆発させるような術の使い方も一つの使い方だとは思うのだが、凌がれたら状況が良くない。もっと俺の戦い方に合った使い方があると思うのだ。
そんな変身術式の応用と、前々から構想していた術式を組み合わせて一つの術式に昇華させようと思っているのだが。
ただ……その応用の術式となると反動や影響が未知数だから、こうして迷宮核で事前にシミュレーションを行っておいた方が良い。構想している術式の形態から考えても、な。
暫くの間目を閉じ、術式の構築に集中する。そうして実際に術式を使った場合の効果や影響、反動等、一つ一つ検証を行う。
迷宮核に蓄積されたデータは流石というか……出自を考えれば当然にと言うべきなのか。俺の構想している術式に対し、参考になりそうなデータも提示してくれた。
「――これなら……実戦でも使えそうだな」
未知数な部分があるから敢えて完成させる必要もないと思っていた術だが……ベルムレクス討伐で活用する機会がある、かも知れない。
善悪はともかく、相手が自己を高める事に主眼を置いて力を積んできた精霊である事や、こちらと接触した時の、あの対応やそこから想像される性格を考えると、かなりの難敵である事が予想されるからな。使えそうな手札は出来る限り増やしておいた方が良いだろう。




