番外762 開拓村の不安を
管理官と相談しながら、転移門を設置する場所を決めていく。目的に沿った利便性と、警備のしやすさから選んでいくと、想念結晶塔の根元にある広場、ということになった。
近隣に石切り場もあるという事で、まずはシリウス号で移動。そこから石材をヒュージゴーレムにして運んでくる。街の外まで来たところで小さなゴーレムに分解。街の中へとゴーレム達を行進させる。
「石材の運搬があっという間に……。味方である事が心強いと申しますか」
と、ギガース族の管理官はその光景に目を瞬かせていた。ゴーレムの行列は威圧感を与えないように街の住民にはお辞儀をさせたり手を振ったりさせていたが、住民が時々つられてお辞儀をしたり、子供が楽しそうに窓から手を振ったりしてくれたので、そこそこ効果もあったのではないだろうか。
塔の根元に到着したところで、更にゴーレムを変形させていく。一体化するように周辺を広めの石材で囲って、外から門が見えないようにしつつ、作業を進めていく。
飛行機の整備場のように、入り口は広く取って大人数が行動可能なような作りにするわけだな。構造強化と結界により、転移門での移動中に外から攻撃を受けても被害の拡大を防げる、というわけだ。
「想念結晶の力を借りる事を考えると、この場所を選んだのは良かったかも知れませんな。多少離れていても力を供給する分には問題はありませんが」
ボルケオールがそう言って目を細める。想念結晶の利用に関しては、ファンゴノイド達もその技術の成立に関わっている為に、ボルケオールもまた結晶から力を借りるための術式を知っているとの事である。
一度石畳を剥がし、ボルケオールの描いた魔法陣を一番下に。転移門用の魔法陣を連動させてその上に重ねる。積層型魔法陣の上に転移門を構築する、というわけだ。
援軍や避難等の用途を考え、門は大きめに。契約魔法も組み込んで、転移門の使用はベルムレクスや蛮族への対抗手段や、避難、救助等の「民を守る為」に限定する。
門の意匠としては――ルーンガルドの種族と魔界の種族が同じ旗の下に剣を掲げる、というもので……今回のベルムレクス討伐を目的とした協力体制が後世にも伝われば、という期待を込めてのものだな。
「これは――討伐を控えて士気が上がりそうね」
「確かに、いい意匠ですね」
アドリアーナ姫が言うとエンリーカが同意を示し、ステファニアもうんうんと頷いていた。最初の転移門の設置が完了したので、水晶板モニターを使って王都にいるアルバートと連絡を取る。
「アル。こっちは最初の門ができたよ」
『やあ、テオ君。こっちも対になる門の魔法陣までは問題なく終わったよ。今、賢人の皆さんが門を構築してくれているところだね』
良いタイミングだ。門の寸法も大きめに取る、というのも事前に打ち合わせてある。こちらは門の設置が終わったらまた移動して事情を説明し、門を構築していくと考えると、王都側の門の構築速度とも釣り合いが取れてくるのではないだろうか。
そうして王都側でも寸法通りに門の構築が終わったところで転移門を起動。安全確認と王都での建材追加の意味を込めてゴーレムを送ってみる。
『どうやら問題ないみたいだね』
と、南方から転移してきたゴーレムを見てアルバートが笑みを浮かべた。転移したゴーレムはと言えば俺の直接制御が届かなくなるのだが、その場合は魔力が残っている内に周辺に何もない所まで移動し、体育座りしてブロック状に変形するようにプログラムしてある。こちらもきっちりプログラムした通りに動いてブロック化してくれたようだ。
「そっちに送ったゴーレムについては建材の足しにしてくれると助かるよ。こっちは都市と要塞を回って更に転移門を造っていくから、全部終わったらそっち側の意匠もそれぞれの門と合わせる事にしよう」
『了解。僕達もこのまま作業を進めておく』
アルバートが頷く。基本的には想念結晶に溜め込んだ力を動力にするので、節約できる場面ではなるべく節約しないとな。大規模運用の際は魔術師の力を集めて術式起動、というのも可能にしてあるから、臨機応変に対処できるようにはなっているが。
というわけで……管理官にハイダーと水晶板モニターを預け、もう一つの都市、要塞と順番に回って転移門を構築していく。それぞれの都市の管理官にも書状を認めてもらい、要塞を預かる司令官にもそれらを渡して事情を説明する。
要塞に関しては武官達しかいないので想念結晶塔がないのだが、ボルケオールによると同じ勢力下にあるという事で契約魔法に似た結びつきを構築し、二つの都市部から力を引っ張ってくる事はできるらしい。
「遠隔で力を送る場合は――やや力を多く消耗してしまいますな。二つが分担するので個々の消耗は減らせますが」
と、ボルケオールが教えてくれる。
「となると、都市部から要塞に援軍を送る形で済ませるのが理想でしょうか。いずれにしてもベルムレクスに対してはこちらから攻める方向で考えていますから、要塞を防衛拠点として使わずに済むならそれに越したことはありませんが」
守る場合は相手が南方主要拠点の、どこを攻めてくるにしても転移門があれば最適な兵力配分での対応ができるようになる、というのが大きいな。仮に相手が拠点を無視するなら内地の兵力と合わせて挟撃できるわけだし。
攻める場合は迅速な兵力展開と潤沢な物資による兵站面での恩恵がある。その辺りを有効活用する事でベルムレクスを抑えたいというのがこちらの思惑ではあるのだが。
そうして要塞にも無事転移門を設置し起動試験も行う。それぞれの場所とハイダーで通信して連係が取れるように準備を整えれば南方で俺達がするべき作業は一先ず終了だ。
「後は――例の開拓村も足を運んでおこうか。避難の手配は進んでいるらしいけれど、できる事はあると思うし」
そうして開拓村に関して俺の考えを説明すると――みんなも笑顔で頷いてくれた。
「ああ。それは良いですね」
グレイスが微笑み、ブルムウッドが納得したように頷く。
「ルーンガルドでは領主をしているんだったか……道理でな」
開拓村というのは……日々の苦労が大きい。森を拓き、畑を耕し、場合によってはゴブリン等を撃退し……といった生活が日常だからだ。
危険だから避難してもらうと言ってしまうのは簡単だが、避難している間は農作物がほったらかしになってしまうし、ゴブリンや野盗の類が空き巣に入るかも知れない。避難生活というのは暫定的なものだから不安が大きいし、安全になってから戻ってきて生活を立て直す、というのも結構大変なのだ。
その辺の対策をメギアストラ女王に打診すると「問題ない。そうして細かな事まで気にかけてくれるのは助かる」と、お墨付きを貰えた。
そんなわけでシリウス号を開拓村に移動させる。あまり騒ぎにならないように少し離れた所に迷彩フィールドを纏ったシリウス号を置いて開拓村に向かうと――丁度飛行能力を持つ騎士達が村に到着し、広場で避難についての通達をしているところだった。
村の住民達はやはり聞かされた話に不安そうではあったが「襲撃を受ける恐れがある」程度なら何とか村に留まれないのかと騎士に尋ねたり、避難しなくて済むならしたくはない、という様子だ。
避難しておいた方が良い理由も、したくない理由も、どちらも分かる。だから諸々の状況を良くするための後押しをしておく、というのが今回の訪問の理由である。
「これは騎士団の皆さん。お勤めご苦労様です」
エンリーカが話しかけに行くと、騎士達はエンリーカの服装を見て居住まいを正す。
「これは――中央の使者殿でしょうか」
「そうです。私は情報院諜報局の局長エンリーカ。南方の状況に関して陛下の名代として動いています」
肩書きを名乗ると、騎士達も村長も驚きを露わにしていた。突然現れた中央の使者という事でどんな話をするのかと、固唾を呑んで見守っているようだが……。
「避難に当たって……住民の皆さんには様々な不安があると思います。それを少しでも解消し、避難する事の不安や問題点を解決する方法を伝えに参りました」
そう言ってから、魔王国と同盟関係にあるヴェルドガル王国の魔術師、と俺の事を紹介してくれる。
「ご紹介に預かりました、テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します」
そう言って挨拶をしてから、地面にメダルゴーレムを複数体埋め込む。
「皆さんが留守の間、こうしてゴーレムを使って農作業を行ったり、結界を張る等して、留守中の村の安全を確保する事で、避難後も日常の暮らしに戻りやすくなる方法を提案しに来たわけです」
そう言うと、住民達は驚いたような表情で顔を見合わせるのであった。




