番外755 魔王城への移設
諸々仕込んだ魔道具も回収し、撤収前にパルテニアラの仕込んでいた人払いの呪法を解除、通路に配置されていた呪法兵も回収する。
パルテニアラの呪法兵は、上層部の通路――自然の岩に見せかけたその内部に収納されている。
呪法兵は有事の際に起動して侵入者を撃退する役割を担っているが、今は俺達が地下拠点を使っているので機能停止されている状態だ。ただ、予備戦力としては十分な程強力なため、こうして回収してベルムレクスとの戦いに活用しようというわけである。
「さて」
と、パルテニアラがマジックサークルを展開すると岩が内側から切り裂かれ、内部に収められていた呪法兵が姿を現す。
黒装束に顔を見せないようなフード付のマフラー。フードの下には白い仮面。手足に手甲と脚甲。両腕にブレードを装着しているようだ。見た目は暗殺者のような出で立ちだ。
両腕のブレードはジャマダハルと言われるような特殊な刀剣の形状をしているが、刃の部分が仄かに青白く輝く水晶のような材質で出来ており……強い土の魔力を感じるので、これは恐らく刃の部分だけ再生できる。
刃の部分だけを使い捨ての弾丸のように飛ばしたり、必要に応じて長く伸ばしたり、という事もできるのではないだろうか?
黒装束も経年劣化で朽ちてしまっていたのだろうが、今まさに自動修復が働いているようで、ぼろぼろになっていた黒装束がきっちりとしたものになっていく。
要するに、長期間魔界の門を防衛する事を想定した作りになっているのだろう。
岩の中から姿を見せるとパルテニアラの前に跪くようにして、己がパルテニアラの術式の制御下にある事を示してくる。
「これはまた……随分と強力そうな……」
ボルケオールがパルテニアラの呪法兵を見て目を丸くする。
「かなりの魔力を秘めていますね」
魔力反応は大きいが黒装束にも何か細工がしてあるのか、些か反応が分かりにくい。生物なのか非生物なのかを分からないようにしているように見える。
黒装束と仮面の下が分からないので、初見では対処に困るかも知れない。パルテニアラとしてもそれを狙ったデザインなのだろう。
「魔界の扉を守る為、当時の技術や素材で出来るだけのものを、と気合を入れて作ったものだからな。名を……アポクリーズという」
封鎖、を意味する言葉のもじりという事らしい。
長期間の防衛を目的としているので自意識はなく、パルテニアラの命令に従って動く呪法兵という事だが、使われている魔石がかなり良質なものなので、かなり複雑なアルゴリズムを組んで防衛任務に就かせる事もできるし、呪法の応用で制御をする事で臨機応変に動けるという話だ。
「一先ずは妾の守りに付くように調整しておくとしよう。アポクリーズがあれば妾も前に出やすくなるからな」
と、マジックサークルを展開してパルテニアラが言う。アポクリーズはブレードを引っ込めると、パルテニアラの傍らに胸に手を当てて控える従者のような構えを見せた。
「ここに来て心強い戦力が増えましたね」
そんなアポクリーズの様子や立ち居振る舞いを見て、グレイスが微笑みを浮かべる。
「そうだね。かなり強そうだ」
魔界の門の防衛役ではあるが、どうもパルテニアラが制御する事で真価を発揮するようにも見えるしな。
アルクスは「同じく門を守る者として親近感が湧きます」と言って、嬉しそうな笑みを浮かべたパルテニアラがアルクスと握手させたりしていた。
さてさて。アポクリーズも回収したら、次はあちこちに配置したハイダー達に召集をかける。監視の目は無くなるが、これで地下拠点を引き払う事ができる。念のために少しだけ監視の目をこの場に残しつつ、門の移送を安全に終わらせる事に専念するとしよう。
地下拠点の人員、魔道具、設備等諸々をシリウス号に積み込み、人員を点呼してから迷彩フィールドを展開して王都ジオヴェルムへ向かって出発する。
「今回は魔界の門移送だからね。道中襲われる可能性もあるから気合を入れていこう」
「はい、テオドール様」
アシュレイが真剣な面持ちで言うと、マルレーンもこくんと頷く。このタイミングでベルムレクスが動く可能性は低いと見ているが、油断するわけにもいかないからな。
高度は高め、移動速度も速めだ。魔界に住む魔物の生態も段々分かってきたという事もあり、不意の遭遇戦に陥らないような高度での移動が可能だ。
取り込んだ空気を火魔法で燃焼させて噴出。ジェット推進でできるだけ移動に要する時間を削り、魔界の門の防御が甘くなる瞬間を減らす。ただ、魔力光推進についてはまだ手札として伏せておく、という事で。ジェット推進でも相当な速度なので追いついて攻撃を仕掛けるのも難しいだろう。
「とんでもない速度だな……」
「いやはや、テオドール公には驚かされます」
水晶板モニターから外の様子を見て、目を丸くしているヴェリトとボルケオールである。最短距離を移動しているという事もあって、それほど時間もかからず地平線の向こうにジオヴェルムの王城が見えてきたのであった。
魔界の門に関しては最重要機密の品を運んできてくれたという扱いだ。王城の敷地内にシリウス号を停泊させると、メギアストラ女王、ロギ、エンリーカが迎えに来てくれる。
魔界の門については現時点では公にできない為、出迎えにしても人員を選ぶ必要があるからな。魔界の門に関しては一先ず儀式場に運び込み、更に奥のスペースを造って、そこに安置する、という事になっている。
「アルクス殿の本体と……ルーンガルドと繋がる門。そして門を守る呪法兵、ですか」
「この姿ではお初にお目にかかります。どうぞお見知りおきを」
「こちらこそよろしくお願い致します」
城の奥に進んで人目が無くなったところで、エンリーカが言うと、アルクスは丁寧に挨拶を返す。そんなアルクスの様子にメギアストラ女王は相好を崩して口を開いた。
「よろしく頼む。アルクスも、呪法兵のアポクリーズも……余の想像していた以上の力を持っているようで心強い事だ。それに魔界の門も……隠蔽されているようだが随分と強い魔力を秘めておるようだ」
「門に関しては封印を強固なものとする為に様々な呪法を施しているのでな。歴史の積み重ねもあって、内に秘めた力は結構なものだ」
パルテニアラが説明するとボルケオールが感心するように頷いていた。
刻印の巫女も含めて子孫にも関わってくるものだからな。その守りはかなり強固なものだったりする。
「それにしても……魔界の門という呼び方はルーンガルド側の見方に沿ったもので、今後魔王国と共同管理する事を考えると適当とは呼べぬな」
ふと気になった、というようにパルテニアラが言った。
「確かに……魔界から見ればルーンガルドに繋がる門よね」
と、クラウディアが言う。何か適当な呼び名はないものか、と俺の方に視線を向けてくるパルテニアラである。メギアストラ女王やみんなも俺に視線を向けてきて……これは俺が名付ける流れなのだろうか。
「無難ではありますが……境界の門……あたりが妥当でしょうか?」
そう答えると「ふむ。確かに」と、腕組みをしながら頷くパルテニアラである。
そんなわけでまずは儀式場へ到着したところで、パルテニアラが空いているスペースに一時的に魔界の門を固定してくれる。固定した門の傍らにアポクリーズが立ち、頷いたアルクスがその隣に立つ。二人揃って門番役といった雰囲気だな。
さてさて。門に関してはまだ仮設置の状態である。ここから更に色々と手を加えていくわけだ。
「儀式場内部は色々と魔力の経路が作ってあるからな。資材置き場ならば儀式に影響も出ないので使えそうではないかな?」
メギアストラ女王が言う。俺の役割としては、魔法建築で資材置き場から更に奥へと通路を掘って、魔界の門を安置する為のスペースを造っていくというわけだ。
魔界とルーンガルドの協力体制を整えるためにも、しっかりと仕事をこなさせて貰うとしよう。




