番外749 精霊との交信に向けて
「それじゃ、アル。魔道具についてはお願いするよ」
アルバートにネフェリィとモルギオンの遺した術式を書き付けた紙を渡し、魔道具化の準備をしておく。
それらの紙を受け取ると、アルバートは微笑んで頷いた。
「任せておいてくれ。ネフェリィさんの意志は無駄にはしない。僕達も――魔王陛下に会いに行ける事を楽しみにしている」
「ん。メギアストラ陛下には伝えておくよ」
魔界の門の移設が上手くいけば援軍もしやすくなる。
そうすれば工房の面々も応援に行けるだろうし、今後の事を考えても魔王国や精霊と連係した門の管理体制が確立し、もう少し自由な行き来が可能になるだろう。
「それじゃあ、行ってきます」
「お気をつけて、グレイス様」
と、グレイスとセシリアが言葉を交わす。オズグリーヴもレドゲニオス達、元魔人の面々と穏やかな表情でやり取りをしていた。
そんなこんなで城のみんなに挨拶をし、諸々やるべき事を終えて再び魔界に向かう為の支度を整えた。まだシリウス号の船倉には十分な余裕があるが魔界でも食糧や物資の調達が可能になったのは色々と楽だ。
準備に時間を取られる事もないので、シルヴァトリアに旅行に行っているので不在という偽の情報に合わせた工作もしなくていい。
「ではテオドール。次はあちらで会える事を期待しています」
「こちらこそ楽しみにしています」
「話を聞くだけでも厄介そうな相手……。十分に気を付けるのだぞ。今の所、敵は魔界から出る手立てがなさそうだが軍備は整えておく。援軍がてら、というわけだな」
「ありがとうございます、メルヴィン陛下」
オーレリア女王、メルヴィン王とそれぞれ言葉を交わす。
「状況が判明し次第、儂らも合流するつもりでおる。重々気を付けてな」
「はい。お祖父さん達もお気をつけて」
そう言って、お祖父さん達が俺を代わる代わるハグしてくる。
「では――行きましょうか」
クラウディアが言うと、みんなも気合の入った表情で頷く。そうして転移魔法の光に包まれて、俺達は満月の迷宮奥にある要塞区画へと飛んだのであった。
「エレナ様の武運長久を祈っています」
「はい。ガブリエラ様もお気をつけて」
魔界の門を前にエレナとガブリエラが手を取り合い、そんなやり取りを交わす。パルテニアラも穏やかな表情で二人を見守っていた。
「魔界の子達を頼みます」
ティエーラも別れ際に俺の髪を撫でていった。七家の長老達と、ティエーラの顔を見て頷く。
コルティエーラが「応援する」というように明滅し、ヴィンクルもまた声を上げていた。そんなコルティエーラやヴィンクルにも笑みを向ける。
そうしてスティーヴン達、後詰めの面々にも見送られて魔界の地下拠点に移動した。
「まずは――状況確認かな」
周辺の状況をティアーズ達から確認を取る、異常は見られないと、マニピュレーターを振ってくる。各所に配置したハイダー達も、特に何かを見てはいないとモニターの視界に入るように手を横に振っていた。
「それじゃあ迷彩を施したシリウス号で外に出たら、周辺の索敵をしてからジオヴェルムへ向かうよ」
「では、私は引き続きこの場所の防衛任務を続けます」
と、アルクスが言う。
「ああ。門が移設できたら本体もみんなにも紹介するよ」
そう言うとアルクスは「楽しみです」と、バイザーの奥を明滅させていた。
魔界の門の管理が安定した場合でも、アルクスは門番として門と浮遊要塞を守る点については変わらないからな。その辺の事情もあって、魔王国のみんなと本体で顔合わせができる時を楽しみにしているようである。
そうして俺達は迷彩フィールドを施したシリウス号で地下拠点を出て、周辺の生命反応、魔力反応を見た後、小さな精霊達から何か見ていないかの情報も聞いて異常がない事を確認する。それから王都ジオヴェルムへと向かったのであった。
索敵をしながら移動していき王都に到着すると早速メギアストラ女王達が迎えに来てくれた。
「良く戻ってきてくれた。隣り合った世界の事にも関わらず、約束を違えずにいてくれる事を嬉しく思う」
「隣り合った世界ではありますが無関係ではありません。僕達にも因縁のある事ですから」
メギアストラ女王の言葉に答える。
「そう思っていてくれても、だな。高潔な行いだと感じる以上は、礼の言葉は伝えておきたい。当たり前だ、などと思うと傲慢になってしまうからな」
「それは――ありがとうございます。工房やあちこちの国の皆も、陛下によろしく伝えて欲しいと言っていました」
「嬉しい事だな」
メギアストラ女王は笑顔で頷くと、俺達を城の奥へと案内してくれる。儀式で使う魔石の粉が入った樽をゴーレムが持って、まずはみんなでファンゴノイド達の待つ地下区画へと向かった。
そこにはブルムウッド達やベヒモス親子、ロギ、ボルケオール、エンリーカ、セワードといった魔王国のみんなが揃い踏みで待っていてくれた。
再会の挨拶を交わして、キノコ茶を飲みながら話し合いを行う。
「こちらの首尾は上々といった所です。儀式の安全性を確立するために前もって実地試験を済ませてきました」
「それは何よりだ。だが、こちらからは――少し良くない報せだ。エンリーカ」
メギアストラ女王に促され、エンリーカが頷いて口を開く。
「はい。郊外にある複数の墓地を確認しましたが、大分昔に暴かれた形跡が確認できました。棺の中に……土魔法で作ったと思われる白骨の偽物を入れる偽装工作までなされていました」
「その中に儀式の事情を知る文官も含まれていた」
「やはり、ですか」
「情報が渡ってしまったという前提で考えるべきでしょうね」
ローズマリーが眉根を寄せると、ボルケオールが目を閉じてかぶりを振った。
「死霊術とはいえ状態如何では情報の取得が難しいという話でしたが、この期に及んで楽観はできませんな」
そうだな……。懸念が当たってしまった形だ。捕食者は、それを知ったから魔界の不安定さを増すような方法を取った、とも取れる。
ただ、まだ目的がはっきりとしない。魔界そのものを崩壊させてルーンガルド側への道を開く為なのか。それとも魔王国を切り崩す一手に過ぎないのか。
精霊という性質やその成り立ちで出自が分かったから、力を横取りして自身の増強を図る為、という可能性も浮上してきたが……いずれの場合も危険な相手というのは変わらないし、阻止するために動いていくという点でも変わらない。
「差し支えなければ、このまま交信の為の儀式に移ってしまいますか」
「そうだな。余の方は問題ないし触媒も用意した。危険性が無いという事であれば、尚の事交信は急いだ方が良かろう」
魔界の精霊と最も繋がりやすい場所――魔王城地下の儀式場から、メギアストラ女王を交えて儀式を行う予定なのだ。
俺達も高位精霊の加護を受けている身とは言え、魔界の精霊達とは完全な初対面である。夢の世界についても精霊に説明する必要があるとなれば……メギアストラ女王にも同行してもらった方が、事情も説明しやすいし、安心してもらえるだろう。
善は急げという事で、まずは儀式用の触媒を見せてもらう。地水火風の性質を持つ魔界の魔物の触媒と、魔界で作られた水晶球。交信するのはティエーラではなく魔界の精霊なので、それらが必要だ。
一つ一つ、問題が無い事を確認。それが終われば儀式場へ。魔法陣を描いたら……いよいよ魔界の精霊と対面する事になるだろう。魔界の精霊か。どんな姿や性格をしているのか、色々と気になるところだ。
魔界の歪みの原因を突き止めるという目的もあるから、儀式には気合を入れて臨ませてもらうとしよう。




