番外741 地の底に残された手がかり
「あれはどうも……。私が考えていた以上に危険な代物のようだ。自分が見た事なら何でも答えよう」
セワードはそう言って、意気込んでくれているようだ。有難い話なので頷いて質問させてもらう。
「捕食者は……まだここにいるのですか?」
「いや……。暫く前に地下を出て行ったきり、戻っていないはずだ。私の感覚だから何時、とは言えないのだが」
俺の質問に、セワードは首を横に振った。戻っていない、か。だとするなら宮殿内部は割と安心して探索できるのかな? 罠が残っているとか、このタイミングで戻ってくる可能性も否定できないから警戒を解くわけにもいかないが。
「では……閉ざされている区画について何か知っている事はありますか?」
エレナが尋ねると、セワードは顎に手をやって思案するような仕草を見せた。
「あれは普段……狩りの時以外は扉のあちら側にいたからな。出る方法がないか模索する為に床伝いに立ち入った事があるが、私にはよく分からない人工物が色々と置いてある部屋を見た事がある。あまり参考になる話でなくて済まないが」
「いえ。その情報は助かります」
セワードにとってはよく分からない物であっても、それはこれから調べれば良いだけの事だ。それに今の話からすると浮遊宮殿において重要な物が残されている可能性が高い。
「それから……私が扉の向こう側に立ち入った時の話だ。あれが楽しそうに笑いながら水晶球を砕いているのを見た。思えば、あれが地下を出て行ったのは、その後……だったかも知れないな」
本当に……重要な情報を持っているものだ。
「楽しそうに笑いながら……ですか。何でしょうね」
「捕食者の心理や精神の面が、人と同じか分からないから何とも言えないね。その壊した物を調べて、そこから推測するしかないかな」
やや心配そうなグレイスの言葉に答える。
では……再び宮殿内部の探索に戻るとしよう。
「僕達は、これから再び宮殿内部の調査に向かいます。セワードさんは……そうですね。一先ず僕達の乗り物に避難していて貰えれば、用事が済んだら同族の方々のところにも送っていきますよ」
「――いや、扉の向こうを多少案内できると思う。危険がないと分かっているのに尻込みしていては恩人に顔向けできない。前は確かに負けたが、あれが相手でなければ私も多少は戦える」
セワードは俺の言葉に少し考えていたが、首を横に振って道案内を申し出てくれた。そう、か。それは……義理堅いというか、その気持ちを無碍にしたくはないな。
「分かりました。ただ捕食者が不在といっても、まだ罠が残っていたり、丁度戻ってくる可能性もあります。僕達も支援しますが、油断しないようについて来て下さい」
アピラシアがこくこくと頷いて、セワードの周辺に兵隊蜂達が隊列を組んだ。
「これは頼もしい。では、同行しよう」
というわけで、浮遊宮殿の調査を再開する。セワードと出会ったあたりまで戻り、そこから更に奥へと進む。
『シーカーの監視上では、異常ありません』
「ありがとう」
シオンが扉の状況を教えてくれる。捕食者は不在という事らしいからな。異常があるなら懸念していた罠や帰還という事になる。
程無くして閉ざされた扉の前にやってくる。扉そのものから強い魔力反応。どうも施錠されているようだが、扉に残された魔力の質は……。いや、まだ不明な点が多いから断言はすまい。
解呪の術式を扉に用いる。シーラが物理的な罠も確認したが、そもそも普通の鍵での施錠はされていないようだ。軋むような音を立てて、扉が奥へと開く。
「下層部が私達の放り込まれた広間――狩り場だな。あの時は建材と同化して扉のこちら側の区画に逃げたのだ。問題の場所は扉の向こうの上層にある」
と、セワードが教えてくれた。
「では――上層部から見ていきましょうか」
セワードが頷き、道案内を買って出てくれる。
「……王の間の方向だな」
パルテニアラがやや険しい表情で言った。魔法の灯かりに照らされる柱や壁の装飾も細かなもので……静まり返った宮殿と相まって張りつめたような空気があった。回廊を進んで少し開けた部屋に出る。
そこには――果たして実験器具の類が並べられていた。ガラス瓶や大鍋。
研究や実験がしやすいようにという事なのか、地面と水平になるように床が作られている。これは……瓦礫を土魔法で組み直したのかな。
無造作に書物が転がっている。ぼろぼろになっているが、読める部分も残っている。内容は――予想した通りだ。
「召喚術と死霊術、か」
狩った獲物は捕食する為だけではなく、召喚術や死霊術の研究や実験にも用いていたのだろう。下層の狩り場から上層の研究室に持ってきて、全ての用事が済んだら骨塚に捨てる、といった具合だ。
「これらの器具については元々宮殿にあったもの、ということになるかしら」
ローズマリーが思案しながら言う。
「そうだね。後になって自作した可能性も否定はできないけれど……触媒の類もないと研究を進めるのは難しいだろうし」
パルテニアラは反旗を翻す以前からエルベルーレ王と距離を取っていたからな。
浮遊宮殿の詳細は当然知らないらしい。実際隠し書庫も存在していたし、激戦の後に溶岩に呑まれたという事もあって危険物を完全に撤去というのは難しい状況にあっただろう。
「捕食者が壊していたという物品については?」
「あの奥、だな」
セワードが指し示した奥の部屋を覗いてみれば――家財道具等は朽ち果ててしまっているものの、王族の居住空間として使われていた場所らしい。
その中に、明らかに家具とは異なる物体があった。やはり、地面と水平になるように作られた床の上に――ミスリル銀でできた台座が据え付けられており、かつてはそこに配置されていたであろう水晶球が砕けて床に散らばっている。
「これだ。私が見たものは」
セワードが断言した。……なるほどな。見たところ何かの魔道具のようだが。
「これを何らかの理由で捕食者が破壊し、そしてそのまま戻って来なかった、と」
より正確には胞子の谷に姿を現し、ファンゴノイド達を襲撃し、ロギと交戦したわけだが……。
「ここで、襲撃者とそれに捕まった者達以外の誰かを見た事はありますか?」
「……いや、ないな」
少し思案した後にセワードは答えてくれた。
セワードはきちんと思い出しながら答えてくれているようなので信憑性は高いが……それはセワードが見ている範囲での事だ。
時系列的にもっと前の段階で、襲撃者を作り出し、指導した誰かがいた可能性は高いと考えている。実験器具は使い回しが利くものなので、例えばエルベルーレ王やゼノビア、側近の誰かが生きていて、魔法生物を生み出し、対話をし、魔法の前提になる知識を与え……行動原理を決定づけるような事をした、とか。
「……壊された魔道具を復元してみるか」
「グランティオス王国の慈母像を修復した時のように、ですか」
「そうだね。術式も絡むから少し複雑になるけど」
アシュレイの言葉に答えると、マルレーンと一緒に微笑む。
「ん。感情を見せて、壊すだけの理由があった」
「残された物の中でも重要な手がかりになりそうよね」
シーラとイルムヒルトも俺の提案にそう言って同意してくれる。そう。そこにどんな感情があったにしても、襲撃者の事を理解する上で役に立つはずだ。
どこまでうまく修復できるかは分からないが……それをするだけの価値はある。
「みんなそのままの位置で、部屋に立ち入らないで貰えると助かる。破片は出来る限り回収したい」
俺の言葉にみんなが頷いて、戸口から神妙な面持ちで少し距離を取った。
風魔法で空気の動きに干渉して小さな欠片がどこかにいかないようにすれば準備完了だ。では――回収作業を始めよう。
幸いな事に……単純な方法で破壊されただけのようだ。宮殿自体が溶岩に呑まれて地の底に沈んでいたという事もあって、風でどこかに飛ばされたりもしていない。
欠片を余すところなく集めて、繋ぎ合わせてやれば、そこに残された術式も上手く機能する公算は高い、と見ている。
水晶球の大きな欠片、小さな欠片を浮かべて、ウィズと共に解析。接合面を調べて目に見えないぐらいに細かい欠片がないかを確認。
カドケウスに床を調べてもらい、微弱な魔力反応から微細な欠片を残らず回収していく。新たに見つかった欠片をウィズの仮想空間上で繋ぎ合わせる。
暫くその作業を続けていくと……仮想空間上ではあるが、壊される前の、元の完璧な形の水晶球が出来上がった。
……必要な部品は揃った。では、ここからだな。