番外737 地の底の宮殿にて
他のメダルゴーレム達も動かし、大凡の宮殿の位置を確認したところで地下に向かう為の通路を作っていく。
まず木魔法で地表の植物を移動させ、それから土魔法で土砂や冷えた溶岩をゴーレムに変えて除けたり、メダルゴーレムを埋め込んで通路を作ってしまうというわけだ。
除けた土砂は固めて、簡易ではあるがそのまま建物にして魔物避けにしてしまう。
外側は自然の岩に見せかけ、内側は物資等が置けるようにしておくわけだ。地上の偽装拠点入口と、下方の宮殿に向かう通路はメダルゴーレムが塞ぐという寸法だ。
「あっという間に拠点が出来ていくな……」
「圧巻の技量です。職業柄、テオドール公が諜報局にいれば、等と考えてしまいますね」
ブルムウッドが目を丸くし、エンリーカがうんうんと首を縦に振りながら言う。
「ルーンガルドでは魔法建築で色々造っていましたからね。こうした作業は慣れているのです」
「確か、お話の中で要塞も改造しておられましたな。これは納得の作業速度です」
ボルケオールが目を細める。
そうだな。ヴァルロスとの戦いの時に魔法建築で要塞の改造を請け負った、という話を魔界の皆にもしている。
メギアストラ女王もこちらの作業風景を見て感心したような表情を浮かべていた。
そうして地上の偽装拠点と宮殿の――西側の塔まで繋がる通路が出来上がった。ネフェリィが魔道具を設置したのも、溶岩に呑まれていない西側の塔だったからな。つまり、宮殿の東側を下に、少し斜めに傾いだ状態になっている、という事だ。
かつては浮遊島の上に建てられた宮殿であるが……それを支えていた浮遊島もパルテニアラに仕えていた吸血鬼の騎士メイナードによって砕かれた。だから、今地の底に沈んでいるのも宮殿と建物の土台、その重量を支え切れなかった島の欠片、という事になる。
ただ、宮殿部分は呪法的な構造強化が施されているので、高所から落ちて溶岩に飲まれても形状を保っているらしい。
宮殿を支えていた浮遊島は本来呪法による守りが施されていて、それをパルテニアラが打ち破る事でメイナードも浮遊島に直接攻撃ができたわけだ。
ネフェリィも浮遊宮殿を離脱する際に設備を破壊したらしいので、他にも何か備えがあったのだろう。宮殿としての役割を持たせているとはいえ、その実態は軍事的な要塞であったというのは間違いがない。エルベルーレ王は地上に野心も持っていたから、侵攻に使うつもりだったのかも知れない。
「まずは――そうだな。シーカーを送って状態を確認する必要があるかな」
そう言うとみんなも真剣な表情で頷く。敵がいる可能性だけでなく、呪法を用いた備えが残っている可能性も有り得る。パルテニアラの記憶と合わせて地図を作ったり、退路の確保をしやすい状況を維持しながら、慎重に事を進めていくべきだろう。
出来上がった通路を通してシーカーを送り込む。シーカー達は動物組も通れるようにある程度大きく拡張した通路を真っ直ぐ下っていき、そうして西の塔に到着した。
窓はまだ溶岩で埋まっているが、シーカーは元々岩等に同化して建造物に潜入ができるので問題にならない。
窓枠から内側へと進んで溶岩を突破。立体模型と地図を作りながら、壁、柱、床と同化して進んでいく。
窓や扉。戦闘、落下での壁面の破損。そういった部分から内部に溶岩が流れ込んだ痕跡があったり、通路が瓦礫で塞がっていたりしたが……元の構造が分からない程ではない。
シーカーを慎重に動かし、そうやってこちらに情報を送ってもらいながら進んでいったが――。
「これは――」
異常は、すぐに見つかった。塔を出て宮殿の中心部に向かおうとした、その途中。一室の内部に、今まで得た情報からでは有り得ない光景が広がっていた。
それは――骨だ。大量の生物の骨が、部屋にうず高く積まれていた。
「昔の戦いのもの、ではないな。そもそも人骨ではない」
パルテニアラがそれを目にして険しい表情になる。
「大半はゴブリンにオーク。オーガにトロール……かな。魔物やら何やら、色々な種類のものが混ざっている、ようだけど……」
誰が、何時、何の目的でこれを行ったのか。時期について正確なところは直接調べてみないと分からないが。周囲の汚れ等を見て総合的に状況を判断すると、大昔のものではないが、そこそこ時間も経っている、という印象だ。
個々を詳しく見ていくと、何かが噛みついて骨を砕いたような……つまり捕食行動をした痕跡も見られる。
「これをやった輩は宮殿内部にいて、出入りが可能だった、ということになるかしら」
ローズマリーが眉を顰める。
「そうなる、だろうね。まだ見つけていないだけで、どこかに地上に通じる通路なり穴なりが開けられているかも知れない」
少なくとも……ネフェリィが監視している時代は、こんな動きをしている物がいたなら流石に発見しているだろう。
何度となく外に出るなり、何かの術で誘い込むなり……或いは転移術で出入りしていたというのも候補に入れておくか。
方法は定かではないが自分の縄張りに引っ張り込んでいるという事なのだから、頻繁に何かが出入りしていれば……監視していれば高確率で気付くだろう。
ネフェリィより後の時代になって、これをやった何かが宮殿にいた、と見るべきだろうか。
外から迷い込んでこの場所を根城にしたのならまだいいが、もし内側で、何らかの理由――特に人為的な方法で生じたと仮定するなら、その危険度は一気に跳ね上がる。
「野生の獣の仕業……と見る事は難しいでしょうな。捕食目的にしてはその狩りの対象に、作為的なものが見え隠れします」
「ん。蛮族扱いの種族ばかり」
オズグリーヴの言葉にシーラが答える。そう……。そうだな。魔王国に属する種族を避け、蛮族と呼ばれる種族を標的にしている。それは――行方不明者が出ても騒ぎにならないようにという、この捕食者に知性がある事の表れだ。
同時に、ファンゴノイドを襲撃したあれが、ゴブリン達の死体に死霊術を用いていた事も連想させられる。
単純に生きるためだったら……オーガやトロールのような厄介な種族を捕食対象にする意味はない。目に付かない場所でこれを行っていたというのは……より多くの力を蓄える為……だろうか?
「パルテニアラ様が宮殿に施した術の効果は……どれぐらいの間効果を発揮するものだったのでしょうか?」
「あくまで死者の無念が力を持つ事を防ぎ、怨霊、悪霊の発生を防止するためのものであったからな。そう簡単に効果が無くなるものではないが……何世代にも渡っての長期的な術式持続までは請け負えぬ」
エレナの質問にパルテニアラは目を閉じてかぶりを振る。まあそれは……本来なら対策としては十分なものだったし、魔界の門のように管理されているわけでもなかったからな。
「捕食者は……まだここを根城にしているのでしょうか?」
グレイスが思案しながら言った。
「何とも言えないな。襲撃者と同一だと見るなら外で活動している可能性も高くなるけれど……。群体や分体のような性質があるとか、別個体がいる事も視野に入れておくべきだし、そもそも同一の事案だとする根拠もまだないからね」
例えば……シーカーによる探索で死霊術の実験や研究をした痕跡が残っていれば、襲撃者と宮殿内部の捕食者はほぼ同一で根が同じだと見ていいのだろうが。
いずれにせよ……このまま慎重にシーカーで探りを入れて、その後で安全なら直接調べ、敵がいるなら逃がさないように叩き潰す方法を考えるという事になるか。