番外736 宮殿探索
ネフェリィとモルギオンの実験、研究内容について調べ、その内容をウィズに記憶して纏めてもらう。
悪用防止に暗号化されてはいるが……実験と研究の内容について、ネフェリィは惜しげもなく石版に内容を記してくれていた。これは自分用の覚え書きではなく、あくまで後世に伝える事を目的とした研究だったからだろう。
その中でも驚いたのは、月の民の性質と呪法が組み合わさった時の危険性について言及していた事だろうか。
元々精霊に近しい性質を持ち、想念にも影響を受ける月の民だ。変化に耐え得る頑強な肉体、精神など、幾つかの条件が重なれば、呪法の使い方によっては危険性の高い変化を齎すかも知れない、と結んでいた。
呪法には怒り、恨み、悲しみといった、負の感情を力に変えて自己を強化する術もある。本来一時的な強化ではあるが、術式を改造すれば……精霊的な性質も備える月の民の場合は話が変わってくる。
その一つの完成形が俺達の知る魔人、という事になるのか。オーレリア女王から調べ物の内容に関して返事があれば、そのあたりにも裏付けが取れる、かも知れない。
「この拠点を、そのままにしておくわけにもいかない、かな」
石版の内容としては魔人になる事を目指すようなものではなく、精霊から邪精霊になるような変化を想定して警鐘を鳴らすような内容だったが、見る者によっては悪用を考える可能性もある。ネフェリィとモルギオンの遺した術は呪法対策のものが主だし、対策術は敵に知られていないから意味があるのだ。それに、そういう実利面を除いても……状況が一段落したら墓所を移しても良いのではないか、とも思う。
石版だけ持ち出して、墓所はそのままというのも二人に対して不義理に思う。あのゴーレムや二人が過ごした拠点も含めて、できるだけそのままの形で場所を移したい、と思うのだ。
「状況が落ち着いたら、なるべくそのままの形で石版や墓所を移す……というのはどうでしょうか。墓前でしっかり考えを伝えて……移転先の候補も考える必要がありますが」
「それは……良い考えかも知れませんな」
「確かに、ここでは中々お墓参りができないでしょうからね」
「もっと人の来やすい場所の方が寂しくないわ」
俺の考えを説明するとボルケオールが目を細めて頷き、グレイスとイルムヒルトも微笑んで同意してくれた。
「そうだな。妾もそれには賛成だ。二人の墓所がここにあるのは贖罪であり、浮遊宮殿監視の為。ネフェリィはその生き方を貫き、妾は赦し、宮殿に関しては引き継がれた。ならばもっと暖かな場所に迎えるのが筋というものであろう」
『秘匿性が高い情報ばかりではあるから、移転先を考える必要はあるが……そうだな。賢人達にも話を通してみよう』
と、執務を終えてこちらの状況を見ていたメギアストラ女王が言う。
「我らにとっては暑さや寒さから身を守る為の魔道具を開発してくれた恩人でもあります。皆も迎えられるなら喜んでくれそうですな」
ボルケオールがうんうんと頷く。そうだな。ネフェリィはファンゴノイドにとっては恩人でもあるわけだ。
一先ず、拠点の移転までは元通りに隠しておこう。退かした土砂部分はゴーレムメダルを埋め込んで、また何時でも立ち入れるようにしておけばいい。
そうして、俺達は一旦ネフェリィとモルギオンの拠点を後にし、シリウス号に戻る。
ネフェリィが探知の為の魔法を仕込んでくれているので……それを使って浮遊宮殿の沈んでいる場所へ向かおう、というわけだ。
「こっちについては――ネフェリィとモルギオンの拠点と違って危険が予想されるからね。皆、気を付けて臨んで欲しい」
そう言うとみんなも真剣な面持ちで頷いた。だが気合は十分といった様子で、良い意味で適度な緊張感を持ってくれているようだ。この辺みんなも実戦経験が豊富だからな。
エルベルーレ王とゼノビアが……襲撃者や災害に関係があると確認されたわけではないが、その目的が魔界やルーンガルドの破壊、或いは魔界からの脱出にあるのなら、ファンゴノイドを狙う理由にも説明がつく。
パルテニアラと交流を持っていたファンゴノイドならば魔界の脱出に繋がる情報を持っているかも、と考えてもおかしくはない。
魔界から脱出したベシュメルクの面々が、魔界に来て接触を図るとしたら、やはり繋がりのあったファンゴノイド達だろうという考え方もあるか。
ところがメギアストラ女王の動きも迅速で、ファンゴノイドのガードが予想以上に固い。足取りが掴めなくなったので別の手段を模索した結果が歪みや澱みの加速なのだとしたら……魔界の扉を経由せずにルーンガルド側に脱出したり、影響を与えられる可能性を狙ってのものという事は有り得る。
そうして出自や動機の面から見た場合、浮遊宮殿に敵や危険物が残っている可能性は否定できない。十分に警戒して動くとしよう。
「この辺り、かな」
ネフェリィとモルギオンの記憶から、浮遊宮殿が沈んだと思われる地域に移動。そこで甲板に出て、ネフェリィの遺してくれた探知魔法の術式を用いる。
自分のいる場所を中心に、球状の光のフレームが展開した。胸の前あたりに生まれた小さな光球から外殻であるフレームに向かって光が伸びる。この光の指し示す方向に探知対象となる魔道具があるという、割とシンプルで直感的にも分かりやすい術だ。
術式に反応させるにはある程度の距離制限があるそうだが……どうやら問題なく効果範囲内だったようだ。
大渓谷を流れる溶岩に押されて、少しずつではあるが下流の方へと宮殿が移動しているというのはネフェリィの記録にも残されていた。
「アルファ。高度はそのままで、光の示す方向に向かってくれ」
アルファがこくんと頷くとシリウス号がゆっくりと回頭。船首と光の指し示す方向を合わせて真っ直ぐに進んでいく。やがて探知魔法の光の針も地面に対して垂直方向に傾き出す。
「このあたりで停泊しよう。直上に停泊させるのは、何かが飛び出してきた時にシリウス号の船底に突っ込まれる危険性がある」
そう言うとアルファが頷き、シリウス号も動きを止めた。眼下の一帯には相変わらず森が広がっているが……光の指し示す地下に浮遊宮殿が埋もれているという事になるな。
「どうなさいますか?」
アシュレイが尋ねてくる。
「まずは――そうだね。メダルゴーレムを送って少し探りを入れてみよう。もし敵が残っていて索敵能力があるなら迎撃に出てくるかも知れないし、そうでない場合も、宮殿がある深さや今どんな形で沈んでいるのかとか、多少は分かると思う」
位置関係が分かったら内部に潜入するための通路や空気穴を作る事になるな。宮殿内部も一部溶岩に埋もれているようだし、場合によってはそれらも除去しなければなるまい。
元々宮殿探しにはメダルゴーレムを活用する予定だったので、地層の状態や進んだ距離を計測するための術式も組んである。
土中にある火山性の岩石に変化が見られたら戻ってくるようにセットして、光の針が指し示す場所を中心に、魚型をしたメダルゴーレムを複数枚地中に潜航させた。
浮遊宮殿の形はパルテニアラの記憶を幻術で映し出した物と、モルギオンの記憶に残っていた物を合わせて、一応の外観模型を作ってある。どんな姿勢で沈んでいても、ある程度特定可能だろう。
そうして待っていると、次々メダルゴーレム達が宮殿の材質に反応して地表に戻ってくる。変形して収集したデータを文字にして表示してくる。それをウィズが記録し、分析。
……ふむ。壁の角度から見て、宮殿は少し傾いだ状態で、かつての大渓谷の底に沈んでいるようだ。もっと角度が急だったりしたら動きにくかったろうが、このぐらいなら探索もしやすい範囲内だろうか。