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番外735 後世に託す想い

 実験室は結構広々としていて、天井まで届く大きな棚に石版が整然と収められていた。一枚一枚はそこまで分厚くもなく、大きくもないので実験室の机の上でも取り回しはしやすい方だろうか。

 石版に刻まれた文字はほぼ暗号化されている。暗号化されていないのは側面――書物なら背表紙の部分に刻まれた部分のナンバリング程度だろう。


 番号まで暗号化すると収納するのにも不便だし、解読のとっかかりにされてしまうからな。これもモルギオンが暗号を解除するための記憶を知恵の樹に残してくれていた。


「やはり、基本的にはモルギオンさんの記憶がなければ暗号解読も難しい、というわけですね」


 棚の石版を見てエレナが言うと、グレイスが静かに頷く。


「モルギオンさんにとっては特別な記憶でしょうからね」


 友人であるネフェリィの罪の記憶でもある。エルベルーレの残党がいればネフェリィは裏切り者だし、その後身であるベシュメルクにとっても罪人になる可能性があるのは容易に想像できる。……いずれにしても、近い時代では明かせるような内容ではなかったのは確かだ。


 とは言え、ネフェリィとモルギオンは必要になる時が来るかも知れないと後世に伝言を残した。後の時代になって月の民やエルベルーレに関する記憶を持つ者が知恵の樹に接触する事等が、モルギオンの記憶を呼び覚ます鍵になっていたのかも知れない。その辺は……推測の域を出ない事だが。


「さて。それじゃあ、試しに一枚見てみるかな」


 1番の番号が振られた石版を机の上に持ってきて、早速マジックサークルを展開。モルギオンの残してくれた暗号解読の術式を使ってみる。すると……淡い光が空中に浮かび上がり、古代語の形を取る。魔界の文字ではなく、ルーンガルドの古代語だ。ネフェリィの作った物だからだろう。


 石版に刻まれた文字に魔石の粉を敷設しておき、術式と連動させる事で、暗号をデコードしてくれるというわけだ。石版に掛けられているのは保存用の術式だけではないようで、色々と手が込んでいるな。


 ネフェリィ自身も、元々敵の技術……つまり呪法関係の事を探る為に送り込まれた密偵だったわけだし、魔法的な知識や技術が高い事を窺わせる。


「ああ。これは目次かな?」

「どうやらそのようだな。暗号の解読がしにくいように工夫もされているようだ」


 パルテニアラも浮かび上がった文字を見て頷いた。

 石版に書かれている内容と番号が記述されている。目次の文面では数字も暗号化されていて、石版の番号と本当に読むべき順番が割り振られているので、非正規の方法ではかなり解読しにくいような内容になっている。


 まあ、そうだな……。仮に何のヒントも無しに解読しようとするなら、1番の番号が割り振られた石版をとっかかりに、と考える者は多いだろうし、目次の記述も殊更分かりにくくするか。


 解読術式もしっかり機能するのが分かったところで、目次の内容を現代語に訳して紙に転写しておく。と、そこでシーラが言った。


「ん。まだ下に続く階段がある」

「拡張したのかな? 知恵の樹の記憶にはなかったようだけれど」


 このまま他の石版を解読する前に……実験室内部を隅々まで調べておくのが良いだろう。

 モルギオンの記憶には無かった区画だが――。

 階段を降りていくと……そこには丸っこいフォルムのゴーレムが一体、膝をつくようにして停止していた。このゴーレムは記憶にある。ネフェリィとモルギオンが作ったゴーレムで、身の回りの仕事をしていたはずだ。

 その奥に石で造られた二つの……ああ、これは棺か。石版にネフェリィとモルギオンの名が刻まれている。


「二人の墓所……ですね」

「そうみたいだ。……我らは友と共に平和を祈り、この場所で静かに眠りにつく。贖罪とそれを見届ける旅ではあったが、我らの日々は実り多きものであった――と書いてあるね」


 アシュレイの言葉に頷き、石棺に刻まれた古代語を訳して読み上げる。

 木魔法で花を作り、それぞれの石棺に置く。そうして、みんなでネフェリィとモルギオンの墓所に黙祷を捧げる。


 知恵の樹の記憶を受け取ってここに来た事や、残してくれた物は正しく使う、という事を祈りの中に込める。


 そうして墓参りをして顔を上げた所で――ゴーレムが少しだけ軋むような音を立てて動きを見せた。

 攻撃をしてくるような速度ではない。胸の部分に手を掛け、そこを開くと、空中に幻術を映し出す。それは在りし日のネフェリィとモルギオンだった。


「ええと……きちんと記録できている、かしら? いつか、誰かがこの伝言を目にする、かも知れない。私達の所にやってきて……そう。例えば私達の墓所に祈りを捧げてくれるかも知れない。そうね。それを起動の合図にしておこうかしら」

「これを見てくれる、誰かの為にここに記録を残しておこうという話になったのです。貴方がもし……私達が何者であるか知らず、どうしてここにいるのかを分からないという状態でこれを見ているならば、私の同胞の所へ、この記録を持っていって下さい。それによってもしかすると誰かが助かる、かも知れない」


 記録装置に向けて話すネフェリィとモルギオン。月にはそういった映像記録の魔法技術もあったな。


「そして、過去の事を知ってこれを見てくれている人には……お礼を言わせて欲しい。私とモルギオンはここであるものの監視を行い、彼らの使っていた術に対抗する為に色々と実験や研究をしているの。これから先もそうするつもりでいるわ。役に立つものが遺せるかは分からないけれど……知っていてここに来てくれた人達なら、私達の想いと共に託す事ができる」

「どうか、後の事はよろしくお願い致します」


 そう言って、こちらに向かって一礼してくる二人。


「んー。こんなところかしら」

「さてさて。この前の実験の仕込みが上手くいっているか、確認しなければなりませんな」


 と、そんなやり取りを交わしつつ笑い合うネフェリィとモルギオン。二人の幻影が薄れて消えて行った。幻影を見せてくれたゴーレムも、役割は終えた、というように動きを停止する。


 みんな……幻影が消えてもしばらくの間目を閉じたまま、そこから動かずにいた。そうして、やがて一人、また一人と顔を上げる。


「石版と浮遊宮殿の調査……頑張らないとな」


 俺の言葉にマルレーンが真剣な表情でこくんと頷く。

 上の実験室に戻って、石版を順に調べさせてもらおう。ネフェリィとモルギオンも……役立ててほしいと託してくれた。その想いに沿うようにしたいと、そう思う。




 ネフェリィとモルギオンの遺した石版を目次の順番に調べていく。石版の最初の記述は、谷底の浮遊宮殿に関する監視記録の要約だ。

 ネフェリィ達が監視している間に宮殿は段々と溶岩に埋もれていったが、大きな動きはなかった、との事だ。また内部にまで溶岩が流れ込んでいる事もあって、中に危険物が遺されていないかまでは、調査するのは難しい状況だったそうだ。


 宮殿自体が溶岩によって少しずつ流されている事が確認できたとの事で、将来場所が分からなくならないように、探知の為の魔道具を複数用意して、埋め込むつもりでいると書かれていた。


 魔道具を複数用意しているのは――破損対策であり、浮遊宮殿という性質も鑑みてのものでもあると明記されていた。


「色々と想定してくれているようね」


 と、ステファニアが感心したように声を漏らす。


「ありがたい話だね。探知用の術も記してあるし、埋めた魔道具側がまだ機能するなら、浮遊宮殿を探す時に十分に役立ちそうな気がする」


 他の実験、研究については――呪法の対抗術式といったものが目立つな。エルベルーレの呪法対策か。ネフェリィの使う術には古代の月やエルベルーレの技術が残されていて、実に興味深く感じるな。

いつも拙作をお読み頂きありがとうございます!


お陰様で連載開始1500話&16万ポイント達成となりました!

コミカライズの連載開始と合わせて嬉しい事が続いております。


こうして連載を続けてこれたのも、皆さんの応援のお陰です。


これからもウェブ版、書籍版共々頑張っていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願い致します!

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