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番外729 女官の懺悔

「少し、横にならせてね。私達は……ルーンガルドという世界……いえ、土地からこの魔界に来たわ」


 ネフェリィは体調が悪いのか寝台に横たわると、天井を見ながら言った。


「……パルテニアラ殿下や皆さんが、遠く離れた生まれ故郷に帰る為に行動しているという話は聞いています」


 モルギオンの言葉にネフェリィは頷くと、自分の胸のあたりに手を当てる。そして言った。


「故郷……あちらの土地には姫様達の生まれたエルベルーレだけでなく、他にも国があってね。私と妹は……月で生まれたの」


 その言葉に――幻影を見ているみんなの表情が驚きに変わった。


「月……?」

「――空の高い所に浮かぶ、巨大な浮遊島……のようなものかしらね」


 ネフェリィの説明も……俺と同じようなものになったか。月を知らない相手に説明するなら、魔界の浮遊島を例に出す方が良い。実際、モルギオンも納得したらしく、それを見て取るとネフェリィは言葉を続ける。


「父は情報収集を主とする組織に所属していたのだけれど……上昇志向が強くて野心的な人物だったわ。だから独自に功績を立てるために、国にも秘密で娘達を密偵として育て、対立していたエルベルーレへと送り込む事を思いついた」


 密偵……か。一人ではなく二人。他人よりは肉親を。そうする事で信用されやすくなるし、連係して行動もしやすくなるだろう。一緒にいる事に理由が生まれるからだ。

 争っていた二国なのだから密偵の類はいてもおかしくはないと、魔界について話し合った時、そんな話を前にみんなとした事があるけれど、それが実証されたわけだ。


「それは……実行されたのでしょうね。貴方がここにいるのですから」


 眉間に皺を寄せてモルギオンが言うと、ネフェリィは目を閉じて笑う。


「そうね。父は冷たい人だったけれど、それでも私達姉妹にとっては肉親だったわ。だから……私達が上手くやれば父も私達を褒めてくれる。見てくれる。愛してくれる。姉妹揃ってそんな風に思っていた頃も……あったわね」


 皮肉げに笑うネフェリィは言葉を続ける。


「最初は……そうね。上手くいっていたと、思う。エルベルーレに潜り込み、偽りの身分を手に入れて。エルベルーレの情勢や彼らの魔法技術を本国に送ったりね」


 呪法か。相手の技術を得る、というのは対策を取る意味合いでも有効だろう。魔人化の解除にベシュメルクの技術を元にした解呪儀式が効果を発揮した事を考えると……呪法が月に伝わっていた可能性は考えていた。

 ネフェリィとイシュトルムに……家系や職場等で関係があるのかは気になるところだ。


「最初は、と言うと……何か、誤算が起きたのですか?」


 モルギオンが尋ねると、ネフェリィは肩を竦めて自嘲するように笑う。


「妹がね……。エルベルーレ王に見初められたのよ」

「それは……」

「密偵の立場として見るなら、好機でもあるし危険性も高くなるわ。けれど……妹もまた、エルベルーレ王を愛してしまった。それが誤算かしら」


 エルベルーレ王の側室……或いは寵姫となった、という事か。


「妹も最初は目的があったのかも知れない。密偵として父の役に立てると、状況を利用するつもりでいたのかも知れない。けれど、あの子は王を愛した。私には、あの子の気持ちも……分かるわ。功績故にではなく、自分を見て、愛してくれる人。それは私達姉妹が求めていたものだけれど――私達の立場が。あの王の野心が、めでたしめでたしではお話を終わらせてくれない」


 妹は、愛する人の役に立つために、月の民を捨てた。裏切ったのだと。そうネフェリィは言う。


「あの子から、説得されたわ。私達の事を見てくれない父なんて捨てて、共にエルベルーレに仕えようとね。王は、もしかすると私達の事に気付いていたのかも知れないと、私もあの子に言った。あの子はそれでも構わないと答えたわ」


 ネフェリィは天井に向かって手を伸ばし、虚空を掴むように拳を握る。


「私にとっては父も妹も肉親で……。迷ったし、悩んだわ。あの頃の私にはどうするのが良いのか分からなかった」

「仲間であったはずが、敵同士、ですか……」


 モルギオンはネフェリィの胸中を想像するように目を閉じる。きっと、雌雄の区別がないファンゴノイド達には本当の意味で姉妹の気持ちを理解するのは難しい事なのかも知れない。

 それでも理解しようと努力をしてくれている。そんなモルギオンの姿に、ネフェリィは僅かな間だけ、小さく嬉しそうな微笑を向けていた。


 ネフェリィにして見れば……妹を選んで月を捨てれば、発覚した時に父が破滅するのが分かる。父親を選べば……例え月に逃げる事ができたとしても妹の身が危うくなるだろう。王の本心が分からない以上、妹が月を捨てた事が発覚すれば、用済みとして始末される事だってあり得るのだから。


「結論から言えば……私は妹を選んだ。妹と共に、月を裏切った。父は私達の事なんて見てくれはしない。その事に薄々と気付いていたの。私を慕ってくれる妹の事も、見捨てられなかった。それとも、王を選んだ妹に見捨てられるのが怖くて……結局我が身が一番可愛かっただけ、なのかしら?」


 ネフェリィはそう言って、力ない笑い声を漏らす。

 そして妹は側室になり、姉であるネフェリィは女官として取り立てられた。その裏で二重スパイとして、当たり障りのない情報を密偵として月に流したりしていたらしい。


 だが、だからと言ってすぐに割り切れるものではない。ネフェリィは父親が断罪される事を望んでいたわけではない。二重スパイを続けたのはそういう心理もあるのだろう。父が月の役に立っている間は、責を問われる事もないだろうから。

 そうして裏切りの発覚を恐れながら、ネフェリィは日々を過ごしていたそうだ。


「その代償が……これだわ」


 ネフェリィは窓の外に視線を向けて、吐き捨てるように言う。


「王は魔法実験に失敗し、故郷に災厄を呼び込んだ。私達はそこから逃れるためにこの場所に。もし私達が自分達の任務に忠実であれば。精霊達を傷付ける彼らの行いを止めようと思い直していれば……こうはならなかったかも知れない。月の民達が、あの魔法研究を止められたかも知れない。私は私の行動が間違っていた事を悟ったけれど……その時には戻る道なんて無くなっていた。ね、私は、姫様の敵でしょう?」


 敵。確かに、な。この頃のパルテニアラにとって月の民は味方とは言えないだろうが、そういうことではなく。エルベルーレ王の行いを正そうとし、打倒しようと立ち上がったパルテニアラの敵である、という認識は間違いない。

 止められたかも知れなかったけれど、その為の行動をしなかったというのも……ネフェリィの立場からしたら、悔やんでいるから許して欲しいなどとは言えないだろう。


「けれど、あの子は――ゼノビアは私のように後ろを向きはしなかった。王と共にまだ故郷の覇権を望み……月から情報を得て、月の船を王の手中に収めようと動いていたわ。だから私は……もうこれ以上間違いを積み重ねないように、姫様が攻め込んできた混乱に乗じて、宮殿の設備を破壊した。父から預けられた、月と連絡を取るための秘宝もその一つね」


 ああ。だから、エルベルーレの密偵達が魔界の門から抜け出し、月の船へと向かったのか。そして彼らは迷宮深層に忍び込み……ラストガーディアンと交戦して全滅はしたが、迷宮核を機能不全に陥れた。


「私が王を裏切ったのはすぐに発覚したわ。戦って戦って、そして逃げて。何の意味もなく生き延びてしまった。そしてこの有様、というわけね。覚悟もなく道を選んで後悔し、主君にも肉親にも何度も裏切りを繰り返したどうしようもない女。それが私だわ」

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