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番外726 襲撃者の記憶

 そうして胞子の谷の光景が目の前に浮かび上がる。記憶の再現だけあって、映し出される光景もかなり真に迫っている印象がある。


「空気や温度が……少し変わった? いえ、違うわね。これは……」


 と、イルムヒルトが周囲を見回し、怪訝そうな面持ちになる。イルムヒルトが違和感を覚えて居る通り、ウィズの計測でも変化はない。ファンゴノイド達がその疑問に答えてくれた。


「幻術での記憶再現です。知恵の樹は記憶を再生する際、印象に残っている事があれば、それも再現します。風景だけなら目の端に入ったものまで記憶に残っているようではありますが……但し、当時理解しきれない物の再現までは怪しい所ですな」

「他種族の記憶再生は、記憶を知恵の樹に移す我らと違い、当人の主観が混ざりやすい傾向があります。本人が忘れている記憶も刺激して再生するので、それでも再現度は高いようではありますが」


 なるほどな。記憶からでは精密な解析までができるほどの再現度ではない、と受け取っておくべきか。


 槍を構えるロギと、後衛としてマジックサークルを展開するボルケオールと他2名のファンゴノイド。彼らの背後には切られた腕を抑えるファンゴノイドがいて。

 谷の中心部よりやや外れた場所のようだ。何か素材を集めに来たようで、傷を負っているファンゴノイドは背中に背負い籠を持っていて、状況的に見れば何かの理由があって薬草なりの素材を集めに来た、という感じだろうか?


「あの時は……魔王国の村で病気が発生しましてな。一刻も早く治療薬となる薬草が必要だったのです。以前も一度襲撃があり、胞子の谷周辺に怪しい動きをする者がいるのは分かっておりましたから谷と採集班、どちらにも十分な戦力を残して動けるようにと、谷でも魔法行使能力の高い者を集め、私が護衛として付き添ったのですが……」


 現在のロギがそんな風に状況説明をしてくれる。

 ロギと共にある程度腕の立つ4人のファンゴノイドがいるにも関わらず襲ってきた、というわけだ。


「――何者だ?」


 と、過去のロギが問う。対峙しているのは――黒い塊のような人影だった。人影は、答えない。応えない。ゆらゆらとそこに佇んでいるだけで。

 腕を切られたはずのファンゴノイドは――何時の間にかその傷も塞がっていた。


「傷の具合は?」

「問題はありませんが、繋いだばかりでは戦闘に支障が残ります。防御に徹して薬草を守る事に専念します」

「十分です。では私があの者に対処しましょう。目的が他にあるとは言え、姿を現したというのに見逃す理由もない」


 練り上げられた闘気を纏い、目の前の襲撃者から視線を外さずにロギが言う。

 その時だ。何がおかしいのか人影が笑うように肩を震わせた。

 いや……人影ではないな。漆黒をそのまま人型に固めたような存在、と呼んだ方が正しい。口元に三日月のような亀裂が生まれて、そこに鋭い牙が並んでいるのが見えたからだ。


「ク、クク。ククク……ギッ、ギギギギッ!」


 笑い声を抑えきれなくなったというような奇妙な哄笑。

 次の瞬間、影が膨れ上がる。身体から漆黒の槍のようなものが飛び出したのだ。その先端には牙の生えた口がついている。黒い蛇と言うべきか。同時にロギも槍を構えて踏み込んでいた。


「我らは大丈夫です!」


 その背にかかるボルケオールの声。後衛に向かって飛ぶ漆黒の槍を、ファンゴノイド達は光の壁を展開して弾く。ロギは振り返らず、槍の穂先に闘気の輝きを纏いながら襲撃者に切り込んでいた。大上段。振りかぶって打ち下ろされる槍の一撃を、伸ばした爪で受け止める襲撃者。枯れ木のような細腕だが、それでもロギに力負けしていない。

 鍔迫り合い。拮抗した瞬間、地面から飛び出す蛇の槍。足先から伸ばして、一度地面を迂回させてロギを串刺しにするように飛び出させたのだ。


 それを、闘気を纏った尾で打ち払う。一瞬ロギの体勢が崩れたのを見逃さずに、襲撃者が背中から翼のようなものを飛び出させる。翼――違う。虫の羽と蝙蝠の翼の混合だ。

 人型をした合成獣(キメラ)のようなものか。或いはカドケウスのように姿形を再現しているだけなのか。

 それは定かではないが、奇怪な姿と不気味な魔力だ。これを感じているのは間近で接しているロギなので、この記憶から魔力解析するのは難しそうだが――。


 闘いの場は空中へ。槍と爪牙、尾と蹴り、蛇と虫の大顎が交差し合って、そこにファンゴノイド達の操るマジックスレイブが飛ぶ。


 ファンゴノイド達とロギの連携は完璧ではないが、それでも退路を断って追い詰めるといった援護射撃は可能だ。それを見て取ったのか、襲撃者の脇腹から更に腕が生える。これも――。他の種族の腕を混ぜた、というような不揃いなもので。

 新たに生えた腕にマジックサークルが閃く。恐らく――召喚術の類。魔法陣から何かの塊が地面にぼとぼとと落ちて、そのままファンゴノイド達に躍りかかった。


 ゴブリン、オーク、トロールといった、魔界においては所謂蛮族と言われる者達。但し、身体に深い傷が刻まれていたり、身体が腐敗していたり、どれもこれも既に生きていないのは明らかだ。死霊術の類――。


「このような邪法まで……!」


 ファンゴノイド達は魔法が使えても空中戦は不得手なのか、迫りくるアンデッドを地上で迎え撃つ。飛びかかってきたそれを、地面から飛び出す岩の拳で打ち落とし、石壁を構築してマジックスレイブで弾幕を張る。


 召喚術に死霊術。奇怪な性質だけでなく魔法技術も有する。

 そんな襲撃者とロギの戦いは空中で更に苛烈さを増していく。ロギの纏う闘気の光芒が尾を引き、襲撃者の黒いオーラと激突して火花を散らす。


 闘気の槍と異形の爪牙が交差して弾き弾かれる。闘気の刺突が光弾となり、振るわれる爪撃が断裂を生み出して互い目掛けて撃ち放つ。掻い潜って、ぶつかり合うロギと襲撃者。


 打ち合いからの離れ際。襲撃者の身体全体が回転のこぎりのように変化して突っ込んでくる。火花と共に癇に障る金属を削るような音を響かせて槍の柄で受け止める。跳ね上がるロギの膝蹴りが側面から襲撃者を狙うも、その一撃をまともに食らって吹き飛ばされて尚、襲撃者には堪えたようなところが無かった。


 それでも――ロギは揺るがない。全身に闘気を漲らせて偽装しつつも、少しずつ少しずつ体内にある生命反応が増大している。ドラゴニアンの切り札であるブレス。それをまともに叩きつける機を窺っているのだ。


 だが、それが解き放たれる事は無かった。襲撃者が再び三日月のような笑みを浮かべると、大きく後ろに跳んだからだ。高い木の上に細い脚で立ち、周囲に黒い霧のようなものを撒き散らすと、枝から枝へ、飛び跳ねるようにして後方に下がっていく。


 それを――ロギは追うことはしなかった。襲撃者は余力十分。

 機動力を活かして逃げに入られたら、護衛対象であるファンゴノイドと分断されてしまうのが目に見えていたからだろう。分断か。それとも他の生物の能力を取り込むような術だとか死霊術を扱うのなら、目標をロギに変更した可能性も視野に入る。

 ファンゴノイドとロギ。どちらが目的であれ、相手が多数では本懐を果たすには骨が折れると判断したから、別の手に打って出た、というところか。


 襲撃者が見えなくなってもロギは闘気を漲らせたまま構えを解かずにいたが……やがて武器を降ろして地面に降り立つ。

 襲撃者が繰り出したアンデッド達は、ファンゴノイド達が残らず倒していた。ファンゴノイド達の使う術も多彩なもので、土魔法、火魔法、水魔法と、色々対抗する手段を持っていたようだ。


「召喚術の技量に比べてあまり完成度の高くない不死者……。研究途上か、使い捨ての時間稼ぎといった所ですな」

「やはり撤退は……誘いや陽動の類、でしょう。このまま警戒を解かず、早めに谷の中心部へ戻った方が良い。正直な所、あれの底が知れない」


 ボルケオールの言葉に自身の傷付いた鱗を見てロギは頷く。闘気で強化されたドラゴニアンの鱗に傷をつけてきた。殺傷能力も十分、という事だ。

 そうして、そこで、幻影の光景が遠ざかっていく。


「……確かに、警戒する理由も分かるわね」


 ステファニアが眉を顰める。みんなの表情にも、同感だと書いてあった。


「この後、潜伏して行動が下火になっているのが逆に不気味でな。これが本体なのか、従僕の魔法生物に過ぎないのか。他に仲間がいるのか。それすらも定かではない。分かっているのはファンゴノイドを狙っており、高い戦闘能力と厄介そうな魔法技術も持つ事のみ。探知の網を広げていたのも、犯人の後を追う為にというよりは、憂いを断ちたかったと表現した方が正確であろう」


 メギアストラ女王が言った。


「私があの場で決着を付けられていれば、と……不甲斐ない」


 ロギは目を閉じて頭を下げるが。


「いや。目的を見失わず、深追いしなかったのは間違いではないし、その冷静さは高く評価している。結果としてファンゴノイド達にも知恵の樹にも被害を出さなかったのだからな」

「確かに。この時に見せた手札以外も持っていて不思議ではなかったですからね」


 俺もメギアストラ女王の意見に賛成だ。時間を与えれば、与えただけ危険度が増していきそうな雰囲気もあるだけにロギの気持ちも分からなくもないが。


「ああして他種族の性質を見せられた以上は街に潜伏してくる可能性も警戒する必要も分かります」


 アシュレイも眉根を寄せる。そうだな。だからこそ、水晶球での守りを構築したのだろう。

 そして……この後の襲撃者の行方は杳として知れず、か。自身が警戒される事を分かっていて、潜伏したという事なのだろうな。何らかの計画を進めているか、或いはほとぼりが冷めるのを待っているのか。分からない事は多いが、何にしても油断ならない相手だ。

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